3話、襲撃
~ハンク視点~
「……ん?」
魔人さんに魚を届けて数日後の深夜、村の中が騒がしいような気がして目が覚めた。
耳をすませてみると、悲鳴、怒号、金属同士がぶつかる音。
これはただ事では無い。
「おい、起きろ」
隣で眠る妻を起こし、状況を説明する。
「お前はグレンを起こしてきてくれ。俺は少し様子を見てくる」
「あなた……」
不安気な妻に何とか大丈夫だと伝えて玄関から外へ出た。
そこで見えた景色は……
「燃えて……る?」
真っ赤に燃える村の風景。
広場では多くの村人が逃げ惑い、武装した者たちが村人を追いかけその手に持つ剣で攻撃している光景だった。
「馬鹿な……まさか……」
襲撃者たちの装備に目を向けると、統一性のある装備品を身につけている。ということは山賊などではない。
つまり……見つかってしまった。
この村を立ち上げておよそ30年、ついに貴族たちに見つかってしまった。
何故、どうして、そんな考えが頭を過ぎるが、今はそんなことはどうでもいい。
「あなた……」
「おとうさん……」
振り返ると、奥の扉から不安そうに顔を覗かせている妻と息子の姿。
そうだ、今は家族を、村の住人を1人でも多く生き残らせなければ……
「ジェシー、グレン、逃げるぞ。魔人さんのところへ急ぐんだ」
魔人さんなら……あれだけ強大な力を持つ魔人さんなら、俺たちを救ってくれるかもしれない。
2人を連れて家の奥、寝室へと向かう。
我が家の玄関は広場に面している。それならば反対側の寝室の窓から逃げた方が目立たないはずだ。
周囲の安全を確認するため、俺が最初に窓から外へ出ると、そこには3つの人影があった。
「ハンク、良かった、無事だったか」
「兄貴か、それに義姉さんにルーシェも」
そこに居たのは兄貴とその家族だった。
「ハンク、頼む、2人も連れて逃げてくれ」
兄貴はいきなり腰を折り、俺に向けて深く頭を下げた。
「兄貴、なにを……」
「俺は時期村長として、村のみんなを1人でも多く逃がす義務がある。この2人も逃がしたいんだが、2人は森に慣れていない、だからハンク、2人も連れて行って欲しいんだ」
この森は、魔人さんのお陰で魔物は現れなくなっている。
しかし、野生動物は生息しているのだ。
魔人さんの家までは決して近いとは言えない、そんな森の中を女性と子供2人で抜けることは不可能だろう。
「兄貴……わかったよ、任せてくれ」
「ありがとうハンク。お前になら安心して任せられる」
兄貴は顔を上げて、いつものように笑って見せた。
なんで、なんでこんな時でも笑えるんだよ……
「アン、ルーシェ」
兄貴は俺の頭をポンポン叩きながら義姉さんとルーシェに声をかける。
「あなた……」
「パパ……」
何かを押し殺したような声で、2人は兄貴を呼んだ。
「またな」
俺の頭から手を離し、兄貴は2人を一度抱きしめてから広場に向けて駆け出した。
「兄貴! 死ぬなよ!」
俺は走り去る兄貴の背中に声を投げながらグレンとルーシェを抱き上げて、俺たちは森へと向かって走り出した。
「いたぞ!」
「放て!」
「クソっ!」
見つかってしまった。
敵兵は5人、そのうちの2人が俺たちに向けて矢を放ってくる。
「うっ……」
俺とジェシー、子供たちには当たらなかったが、放たれた矢の一本が義姉さんの右足を貫いていた。
「義姉さん!」
「来ないで!」
グレンとルーシェを降ろし、義姉さんを背負うために近寄ろうとするが、義姉さんの鋭い声で制止された。
「ハンクさん、お願い。逃げて!」
「でも義姉さんは!」
「私はいいから……この足じゃもう逃げられない。それに、私は女、ここに残れば少しくらいは足止めになるはずだから」
「それは……」
「早く行きなさい!」
義姉さんの覚悟は本物だ、たち例え俺が無理やり引き摺って行こうとしても義姉さんはこの場を離れないだろう。
それがわかってしまった俺は、何も言えなくなってしまった。
「行って! ルーシェをお願い!」
「すまない……すまない義姉さん」
義姉さん……兄貴……すまない……
流れそうになる涙をグッと堪えて子供たちを抱き上げて走り出す。
燃える村、殺される男たち。引き摺り連れ去られる女たち……
ここを地獄と呼ばずしてどこを地獄と呼ぶのか。
なんとか森が見えた頃、再び俺たちは兵士に見つかり必死で逃げていた。
「はあっ……はあっ……」
息が苦しい。今すぐ倒れて楽になりたい。
しかし俺の腕の中には最愛の息子と兄貴と義姉さんに託された姪が居る。俺が折れる訳にはいかない。
「あなた!」
隣を走る妻の悲痛な叫び。
何事かと思った瞬間、背中に焼けるような激痛が走った。
「ぐっ……」
斬られた? いや、違う、矢だ。
俺の背中に数本の矢が突き刺さっている。
子供たちは……よかった、無事だ。
妻にも当たってない、運良く俺の体が盾になってくれたようだ。
しかし、これで俺も終わりかな。
おそらく矢は内蔵まで達している。もう長くは持たないだろう。
「ジェシー……子供たちを……」
もう、長くは持たない、ならばせめてここに残って死ぬまで暴れてやる。
少しでも、ジェシーと子供たちが逃げる時間を稼ぐんだ。
「あなた……」
そっと、ジェシーが俺の背中に触れた。
暖かい魔力が流れ込み、背中の痛みが少しだけ引いていく。
「ごめんなさい。私の治癒魔法じゃこれが限界……あなたはグレンとルーシェを連れて魔人さんのところへ」
そう言うジェシーの瞳には、覚悟の光があった。
ついさっき見た義姉さんと同じ瞳だ。
「ジェシー辞めろ……辞めるんだ……」
「私じゃ魔人さんのところまでたどり着けないの。あなたじゃないと行けないの」
ジェシーは羽織っていた外套を脱いで子供たちに被せる。
「グレン、ルーシェ。2人とも仲良くしてね。強く生きて」
「おかあさん……」
「おばちゃん……やだよぉ……」
ジェシーは2人の頬にキスを落として俺に向き直る。
「お願い、2人を助けてあげて」
「ジェシー、お前は……」
それ以上言葉を続けられなかった。
ジェシーはその唇で、俺の口を塞いでいた。
「さよならあなた。愛してるわ」
そう言い残してジェシーは歩いていく。
敵兵の下に歩いていく。
「ジェシー! クソ……クソぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ジェシーのくれた最後の力を振り絞って、子供たちを抱き上げ森へと駆け込んだ。
――ここは、地獄すら生ぬるい。




