表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

3.願いは選ぶ

「何かをしなければ出られない部屋」において現れたものは、

やはり「何かをしなければ」この世界に出る事が出来なかったのです。


ねがい、のぞみ、いのり。

実の姉妹でもあり姉妹のように仲良しな幼馴染でもあり、

互いが互いの想い人でもある三人は、

いずれは自分の意志で選ばなければならなかったのです。

それで全員が傷つく事になろうとも。


これは、沙籐ねがいが。

沙籐のぞみと汐之いのりの告白を受けて。

どちらかを選んで結ばれ、どちらかを一生傷つけるお話。

「…のぞみ、その」

「分かってる。ねがいが起きるまで、このまま」

「足、辛くない?」

「しばらくは今のままで大丈夫、だと思う。ねがいは軽いから」

ねがいが崩折れるのに合わせて、私は胸元でのぞみの頭を抱いていた。

たまたま足に負担がかからない態勢になって良かったな。

「馬鹿げてる、なんて言えない。ねがいがこうやって生まれたってなら、私は切り捨てたくない」

「私には、何が何だか分からないけど。ねがいがここにいるなら、他の事はどうだっていいよ」

ねがいを起こさないように、少しだけ両腕に力を込めて。

私達の大切なねがいを抱きしめた。

生まれる前の事なんて関係ない。ねがいは私の妹だ。

それ以上ではあってもそれ以下ではありえない。

「…愛の告白、するんだよね」

ほんの少しだけいのりの声色が変わる。

ここに来る前から分かっていた。いのりもねがいが好きなんだ。

告白が叶うのはどちらか一人だけとも。

「こんな部屋に強いられるのはイヤだけど、そうするしかない。いつかは私もいのりも、ねがいに気持ちを伝えないといけなかった」

「私達のどちらかが傷ついたら、ねがいだって傷つくって、だから、私、私達はどうすればいいのかな」

「分からない、考えたくない…けど、もし、ねがいがいのりを選んだら。私はいのりを恨んだりしない、ううん、恨む事なんて出来ないよ」

「私も、私だってのぞみを恨んだりしたくない。だって、最初で一番の親友なんだから」

そう、どんな事があっても私達は一緒だ。

離れ離れになる事になんて耐えられない。

たとえそれがどんなに辛い事であっても。

「恨みっこなしだよ、のぞみ」

「うん、約束しよう、いのり」

二人でねがいを抱く両腕は動かせないけど。

指切りげんまん、って小さな声で、私達は約束した。

揃ってねがいを好きになった二人の約束。

傷ついても絶対に離れないという約束を。


──


…いつの間にか白い本が私達の足元に転がっていた。

体を動かせないから開くことは出来ないけれど、

中に書かれている物事は私とのぞみに伝わっていた。

「ユリゲーム」、何かをしないと出られない部屋で起きたこと。

ファンタジーやメルヘンに両足を突っ込んでる話もあるけれど、

ここにねがいがいるんだから、きっと現実に起きたことなのだ。

過去か未来か、この世界か別のセカイかは分からないけれど。

こうして私達は、ここに来る前のねがい、その原型に何があったのか、何をしてきたのかを知った。だから何だという話でもあるけど。


このまま三人で眠ってしまおうか、と思わなくもなかった。

ずっと三人だけで生きるのも悪くないとも思った。

けれど私とのぞみの好きなねがいは誰かを助けたいのだ。

何か一つでも誰かの願いを叶えたい。

そう言ったねがいが何から生まれたのか、今なら誰よりもよく分かる。

ずっとここにいるわけにはいかない。私達はこの部屋を出る。

私とのぞみでねがいを叶えるんだ。


ねがいが目覚める。時が来る。

私とのぞみのどちらかが選ばれて、どちらかが選ばれない時が。


──


「いくらでも待つから、無理はしなくていいからね」

「何かしてほしい事があったら、何でもする」

いのり姉ものぞみ姉もボクを気づかってくれる。

いつもと同じ、大好きなボクのお姉ちゃんたち。

「…大丈夫だよ。ボクは、選ぶから」

だからこそ、今、ボクが決めないといけないんだ。

のぞみ姉といのり姉をここに閉じ込めたくない。

何より、これはボクがやったコトだから。

ボクが決着をつけなければいけないんだ。

「告白は、どっちからがいいかな」

「コイントスでもして決めようか。表ならいのり、裏なら私が先」

「じゃ、じゃあボクがやる。ちょっと待ってて」

ポケットの中には五円玉が一枚。

稲穂が描かれているのが表、令和五年と書かれているのが裏。

親指で弾いた五円玉は…手の甲で抑えるコトが出来なくって床に落ちる。

締まらないなぁ、なんて三人で笑って見つめた五円玉は表を向いていた。

ボクとのぞみ姉が揃っていのり姉の方を向く。

「じゃ、私からだね。行くよ」

「…はいっ」

コトがコトなので背筋が伸びてしまう。

いのり姉は優しく私の頭を撫でてくれてから、意を決して。

「私は、汐之いのりは。沙籐ねがいが好きです。あなたが生まれた日、初めて出会ったあの日から、ずっとあなたのことが好きです!」

とめどない感情に押し流される。何を言えばいいのか分からない。

誰かに好きと言われたのはこれが初めてだったから。

戸惑っているボクをつついて、のぞみ姉も優しく笑って。それから真剣な顔で。

「私、沙籐のぞみは。沙籐ねがいが好きだ。いつからかは覚えてない、けれど、ねがいの全てが大好き! …です!」

のぞみ姉が照れたのはこれが初めてだったと思う。

告白されるのは何回目になっても慣れそうにない。

どうすればいいのかも一生わかりそうにない、けれど。

ボクはいのり姉とのぞみ姉のどちらかを選ばないといけなかった。

ボクは誰が好きなのかを伝えなければいけなかった。

誰よりも優しくて人の痛みに寄り添ってくれるいのり姉。

どんなときも勇気を以て人を引っ張ってくれるのぞみ姉。


あの日、ボクの声を聞いてくれて。

叶わなかった願いを叶えてくれて、

ボクがボクになれたのはのぞみ姉といのり姉のおかげで。

でも、それだけじゃない。

ボクが好きなのは。


これが、ボクの。沙籐ねがいの選択。


「ボクは、のぞみ姉が好きです。のぞみ姉と、結ばれたい、です」


ボクは、のぞみ姉の告白を受けた。

そして、いのり姉の告白を断った。

いのり姉を一生傷つけるコトをボクが選んだ。

これが、ボクの。


──


半分、諦めていた。姉妹同士でこうなるだなんて。

嬉しいという感覚はあった。絶対にねがいを幸せにするとも誓った。

でも、どんな顔でいのりを見ればいいんだ。

けれど私が向き合わないといけない。

私はねがいを幸せにすると誓った。不幸せにする訳にはいかない。

私はいのりの顔を見て


──

分かっていた、ことだった。

ねがいが好きなのはのぞみだって。

後は私が抱え込めばいい。これからもずっと。

大好きな幼馴染と大好きな女の子の為に生きればいい。


なのに、どうして。

──やめろ、駄目だ。口に出してはいけない。

──二人を傷つけたくないのに。

──ずっとずっと好きだった、これで終わりなの?

──耐えられない。

──耐えないといけない、なのに。

──なんで私は、こんなに。

──どうして

──どうして!

 

「どうして、私じゃ、ないの」

 

言って、しまった。

言ってはいけないこと。

答えればねがいものぞみも苦しむ。

一秒が一生みたいに長い。

耐えているのはねがいとのぞみだ、私じゃない。

なんでこんなことを


「分からない! ボクにも、分からないよぉ!」


ねがいの慟哭が教会に響き渡る。

天を割くかのような叫びが教会の扉を開けた。

私はねがいとのぞみを傷つけたのだ。

一生消えない傷を


──

「3日だけ、一人にしてくれる?」

「そしたら、今まで通りの…汐之いのりに、なれると思う」

「だから」

か細い声でそれだけを伝えて。

扉の向こうにあるボクらの街へ、いのり姉が走り去っていく。

何も言えなかったし止めるコトも出来なかった。

このまま一生いのり姉に会えなかったらそれは全てボクのせいだ。

「のぞみ姉、ボクは…」

「二人で、迎えに行こう。ねがいもいのりも、一人になんてさせない」

「…うん」


2023年4月9日。

ボクはこの日を、一生忘れないコトを天に誓う。


これが、沙籐ねがいが。

沙籐のぞみの告白を受けて結ばれ、

汐之いのりの告白を断って一生癒えない傷をつけた話。


──


それから、何処かにあるとも知れない。

「ユリゲーム」の運営室にて。


「…先輩。私達は、どうすれば良かったんですか」

「どうもこうもないでやんすよ。部屋の中で起きた顛末をまとめる、何を思うかは読む人に任せる、それだけでやす」

「これも、ねがいちゃんが何処かで望んだことなんですか?」

「私には分からんす。いつか皆に救いがあると祈ることしかできない、世界の複雑さというのはそういうものでさ」

「…干渉者は、ねがいちゃんだけじゃないんですよね」

「人の営みが続く限り、叶わない願いも生まれるでやんすよ。だからこれからも部屋は生まれ続けるでやす、こんな風に」


next room...

『互いの顔に傷を付けないと出られない部屋』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ