3.願いは選ぶ
「何かをしなければ出られない部屋」において現れたものは、
やはり「何かをしなければ」この世界に出る事が出来なかったのです。
ねがい、のぞみ、いのり。
実の姉妹でもあり姉妹のように仲良しな幼馴染でもあり、
互いが互いの想い人でもある三人は、
いずれは自分の意志で選ばなければならなかったのです。
それで全員が傷つく事になろうとも。
これは、沙籐ねがいが。
沙籐のぞみと汐之いのりの告白を受けて。
どちらかを選んで結ばれ、どちらかを一生傷つけるお話。
「…のぞみ、その」
「分かってる。ねがいが起きるまで、このまま」
「足、辛くない?」
「しばらくは今のままで大丈夫、だと思う。ねがいは軽いから」
ねがいが崩折れるのに合わせて、私は胸元でのぞみの頭を抱いていた。
たまたま足に負担がかからない態勢になって良かったな。
「馬鹿げてる、なんて言えない。ねがいがこうやって生まれたってなら、私は切り捨てたくない」
「私には、何が何だか分からないけど。ねがいがここにいるなら、他の事はどうだっていいよ」
ねがいを起こさないように、少しだけ両腕に力を込めて。
私達の大切なねがいを抱きしめた。
生まれる前の事なんて関係ない。ねがいは私の妹だ。
それ以上ではあってもそれ以下ではありえない。
「…愛の告白、するんだよね」
ほんの少しだけいのりの声色が変わる。
ここに来る前から分かっていた。いのりもねがいが好きなんだ。
告白が叶うのはどちらか一人だけとも。
「こんな部屋に強いられるのはイヤだけど、そうするしかない。いつかは私もいのりも、ねがいに気持ちを伝えないといけなかった」
「私達のどちらかが傷ついたら、ねがいだって傷つくって、だから、私、私達はどうすればいいのかな」
「分からない、考えたくない…けど、もし、ねがいがいのりを選んだら。私はいのりを恨んだりしない、ううん、恨む事なんて出来ないよ」
「私も、私だってのぞみを恨んだりしたくない。だって、最初で一番の親友なんだから」
そう、どんな事があっても私達は一緒だ。
離れ離れになる事になんて耐えられない。
たとえそれがどんなに辛い事であっても。
「恨みっこなしだよ、のぞみ」
「うん、約束しよう、いのり」
二人でねがいを抱く両腕は動かせないけど。
指切りげんまん、って小さな声で、私達は約束した。
揃ってねがいを好きになった二人の約束。
傷ついても絶対に離れないという約束を。
──
…いつの間にか白い本が私達の足元に転がっていた。
体を動かせないから開くことは出来ないけれど、
中に書かれている物事は私とのぞみに伝わっていた。
「ユリゲーム」、何かをしないと出られない部屋で起きたこと。
ファンタジーやメルヘンに両足を突っ込んでる話もあるけれど、
ここにねがいがいるんだから、きっと現実に起きたことなのだ。
過去か未来か、この世界か別のセカイかは分からないけれど。
こうして私達は、ここに来る前のねがい、その原型に何があったのか、何をしてきたのかを知った。だから何だという話でもあるけど。
このまま三人で眠ってしまおうか、と思わなくもなかった。
ずっと三人だけで生きるのも悪くないとも思った。
けれど私とのぞみの好きなねがいは誰かを助けたいのだ。
何か一つでも誰かの願いを叶えたい。
そう言ったねがいが何から生まれたのか、今なら誰よりもよく分かる。
ずっとここにいるわけにはいかない。私達はこの部屋を出る。
私とのぞみでねがいを叶えるんだ。
ねがいが目覚める。時が来る。
私とのぞみのどちらかが選ばれて、どちらかが選ばれない時が。
──
「いくらでも待つから、無理はしなくていいからね」
「何かしてほしい事があったら、何でもする」
いのり姉ものぞみ姉もボクを気づかってくれる。
いつもと同じ、大好きなボクのお姉ちゃんたち。
「…大丈夫だよ。ボクは、選ぶから」
だからこそ、今、ボクが決めないといけないんだ。
のぞみ姉といのり姉をここに閉じ込めたくない。
何より、これはボクがやったコトだから。
ボクが決着をつけなければいけないんだ。
「告白は、どっちからがいいかな」
「コイントスでもして決めようか。表ならいのり、裏なら私が先」
「じゃ、じゃあボクがやる。ちょっと待ってて」
ポケットの中には五円玉が一枚。
稲穂が描かれているのが表、令和五年と書かれているのが裏。
親指で弾いた五円玉は…手の甲で抑えるコトが出来なくって床に落ちる。
締まらないなぁ、なんて三人で笑って見つめた五円玉は表を向いていた。
ボクとのぞみ姉が揃っていのり姉の方を向く。
「じゃ、私からだね。行くよ」
「…はいっ」
コトがコトなので背筋が伸びてしまう。
いのり姉は優しく私の頭を撫でてくれてから、意を決して。
「私は、汐之いのりは。沙籐ねがいが好きです。あなたが生まれた日、初めて出会ったあの日から、ずっとあなたのことが好きです!」
とめどない感情に押し流される。何を言えばいいのか分からない。
誰かに好きと言われたのはこれが初めてだったから。
戸惑っているボクをつついて、のぞみ姉も優しく笑って。それから真剣な顔で。
「私、沙籐のぞみは。沙籐ねがいが好きだ。いつからかは覚えてない、けれど、ねがいの全てが大好き! …です!」
のぞみ姉が照れたのはこれが初めてだったと思う。
告白されるのは何回目になっても慣れそうにない。
どうすればいいのかも一生わかりそうにない、けれど。
ボクはいのり姉とのぞみ姉のどちらかを選ばないといけなかった。
ボクは誰が好きなのかを伝えなければいけなかった。
誰よりも優しくて人の痛みに寄り添ってくれるいのり姉。
どんなときも勇気を以て人を引っ張ってくれるのぞみ姉。
あの日、ボクの声を聞いてくれて。
叶わなかった願いを叶えてくれて、
ボクがボクになれたのはのぞみ姉といのり姉のおかげで。
でも、それだけじゃない。
ボクが好きなのは。
これが、ボクの。沙籐ねがいの選択。
「ボクは、のぞみ姉が好きです。のぞみ姉と、結ばれたい、です」
ボクは、のぞみ姉の告白を受けた。
そして、いのり姉の告白を断った。
いのり姉を一生傷つけるコトをボクが選んだ。
これが、ボクの。
──
半分、諦めていた。姉妹同士でこうなるだなんて。
嬉しいという感覚はあった。絶対にねがいを幸せにするとも誓った。
でも、どんな顔でいのりを見ればいいんだ。
けれど私が向き合わないといけない。
私はねがいを幸せにすると誓った。不幸せにする訳にはいかない。
私はいのりの顔を見て
──
分かっていた、ことだった。
ねがいが好きなのはのぞみだって。
後は私が抱え込めばいい。これからもずっと。
大好きな幼馴染と大好きな女の子の為に生きればいい。
なのに、どうして。
──やめろ、駄目だ。口に出してはいけない。
──二人を傷つけたくないのに。
──ずっとずっと好きだった、これで終わりなの?
──耐えられない。
──耐えないといけない、なのに。
──なんで私は、こんなに。
──どうして
──どうして!
「どうして、私じゃ、ないの」
言って、しまった。
言ってはいけないこと。
答えればねがいものぞみも苦しむ。
一秒が一生みたいに長い。
耐えているのはねがいとのぞみだ、私じゃない。
なんでこんなことを
「分からない! ボクにも、分からないよぉ!」
ねがいの慟哭が教会に響き渡る。
天を割くかのような叫びが教会の扉を開けた。
私はねがいとのぞみを傷つけたのだ。
一生消えない傷を
──
「3日だけ、一人にしてくれる?」
「そしたら、今まで通りの…汐之いのりに、なれると思う」
「だから」
か細い声でそれだけを伝えて。
扉の向こうにあるボクらの街へ、いのり姉が走り去っていく。
何も言えなかったし止めるコトも出来なかった。
このまま一生いのり姉に会えなかったらそれは全てボクのせいだ。
「のぞみ姉、ボクは…」
「二人で、迎えに行こう。ねがいもいのりも、一人になんてさせない」
「…うん」
2023年4月9日。
ボクはこの日を、一生忘れないコトを天に誓う。
これが、沙籐ねがいが。
沙籐のぞみの告白を受けて結ばれ、
汐之いのりの告白を断って一生癒えない傷をつけた話。
──
それから、何処かにあるとも知れない。
「ユリゲーム」の運営室にて。
「…先輩。私達は、どうすれば良かったんですか」
「どうもこうもないでやんすよ。部屋の中で起きた顛末をまとめる、何を思うかは読む人に任せる、それだけでやす」
「これも、ねがいちゃんが何処かで望んだことなんですか?」
「私には分からんす。いつか皆に救いがあると祈ることしかできない、世界の複雑さというのはそういうものでさ」
「…干渉者は、ねがいちゃんだけじゃないんですよね」
「人の営みが続く限り、叶わない願いも生まれるでやんすよ。だからこれからも部屋は生まれ続けるでやす、こんな風に」
next room...
『互いの顔に傷を付けないと出られない部屋』