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2.願いが叶う部屋

3歳の沙籐のぞみと汐之いのりが教会で「なかなおり」を願い、その願いは無事に叶いました。

こうして「叶わなかった願い」であったものは「叶った願い」になれたのです。

そして彼女は一つの人格として、のぞみの妹として、いのりの幼馴染として、

沙籐ねがいという少女としてこの世界に生まれてくる事になりました。


実の妹を誰よりも想うのぞみ。

幼馴染の少女を妹のように大切に思い、また想ういのり。

大好きな姉と姉みたいな幼馴染、一番の親友でもある二人にめいっぱい愛されているねがい。

しかし、ねがいが選べるのは…

目が覚める。

隣のねがいとそのまた隣のいのりはまだ眠っている。

そこはいつものベッドではないけれど見覚えのある場所。

あの日私と一緒にいのりが告白してくれた教会だった。

祭壇で私達は川の字になっている。

見上げれば吊るされた人の像があって、

首元には日本語で長い言葉が書かれていた。読んでみる。


「双方から愛の告白を受け、一方とは告白を受けてめでたく結ばれて、一方には告白を断り一生癒える事のない心の傷を作らないと出られない部屋」


何だこれ。意味が分からない。

日本語としては読めるけど理解できないし理解したくもない。

吊るされた挙句にこんな看板を掛けられたあの像がかわいそうだ、

なんて考えてる内にいのりとねがいも目覚めたらしい。

小さな頃からずっと一緒だった大親友のいのりと、

人助けが大好きで人一倍甘えん坊な妹の、

…どうして姉妹として生まれてしまったんだろうと思う事もある、

私の大好きなねがいが。

二人揃って起き上がった。やっぱり例の看板を読んでしまう。

いのりはため息をついて、ねがいは動きが止まった。

3人で顔を見合わせる。

「私、思うんだ。あんな看板に従う理由なんて無いって」

「出られないってどういう事なのかね、文字通りの意味?」

「とりあえずこの部屋を調べてみよっか…ねがい、大丈夫?」

「えっ、あ、うん。ボクは平気だよ」

13歳のねがいが不安そうに私といのりの袖を掴んだ。

だから二人でねがいをサンドイッチ。

いつもよりは効かなかったけれど、少しねがいが落ち着いた。

「…本当に平気だから。ボクとのぞみ姉といのり姉で、手分けしないと」

だいぶん不安はあるからどっちかが手を繋いでおこうかとも思った、

けれどねがいは不安を振り切るように部屋を調べ始めた。

皆の為に頑張りたいから学級委員長に手を上げるような子だ。

私達が困っていたら何かせずにはいられないだろう。愛いやつめ。

私もいのりも早速この馴染みのある教会…なのだろうか、

とにかくこの部屋を調べる事にした。


──


冗談じゃない、って思った。

私だって鈍感な訳じゃない。のぞみの想いだって分かってる。

…多分、ねがいの想いも。

でも、それ以上に。のぞみもねがいも誰かを傷つけて平気な子じゃない。

どんな事になっても、ねがいものぞみも私の大切な存在なんだ。

こんな看板なんかに好き勝手されてたまるかって。

しかも私達にとって大切な教会を、こんなものに。


苛立ちをできる限り隠しながら教会の扉を押そうとした。動かない。

押して駄目なら引いてみた。びくともしない。

他の扉や窓も全部試したけれどうんともすんとも言わなかった。

どうやら普通にやったらここからは出られないのは確からしい。

手元にバールのようなものやダイナマイトでもあればよかったのに。

「悔しいけど、何処をどうしても開きそうにないっぽいね」

「いつか傷をつけちゃった椅子がそのままになってる。多分、ここは私達が告白した教会そのものだ」

「説教台の本は聖書じゃなかった。中には何も書いてない」

「何処の誰かは知らないけど思い出に泥を塗るなんていい度胸だね」

…ねがいが何故かビクビクしている。

急にこんな部屋に押し込まれたんだから無理もない。

と、思っていたんだけど。


ふと、ねがいが白紙の本に手を触れた途端に。

バチバチと音を立てる黒い稲光が白い本に走った。

刻まれていく文字を見て、

その文字に合わせて話すねがいの声が響いた。

それは常識も想像も追いつかない何かだった。


──

サトウネガイは数多の叶わなかった願いの果て

ノゾミとイノリのコクハクを叶え人間になった

この部屋はサトウネガイの願いで作られたもの

即ち告白するのはサトウノゾミとシオミイノリ

サトウネガイは今この場で二人どちらかを選び

そして一人と結ばれもう一人を永遠に傷つける

──


「何処の誰だねがいを愚弄するのは! 出てこいよ卑怯者!!」

天を見据えてのぞみ姉が絶叫してる。ごめんなさい。怒らないで。

「大丈夫だよねがい。何も怖くない、ねがいは何も悪くないから」

いのり姉が声を震わせながらぎゅっとボクを抱きしめる。

いのり姉の見えない表情が怖い。多分恐ろしい顔をしてる。

ごめんなさい。全部ボクが悪いんだ。ごめんなさい。

「ごめんなさい。のぞみ姉、いのり姉、ごめんなさい…」

こんなバカな話は無いって言い切りたいのに、

ボクは刻まれた文字の全てが事実だと分かってしまっている。

生まれる前に「ユリゲーム」を書き換えて多くの人々を弄び、

運命を捻じ曲げた願いの出来損ないがボクであるコトも、

数えきれない程の人々にひどい迷惑をかけていたコトも、

ここで大好きなのぞみ姉といのり姉を踏みにじったのも、

全部ボクがやったコトなんだとも。

「のぞみ姉」

何とか弱い心を振り絞って怒り狂ってるのぞみ姉に呼びかけた。

「大丈夫だよねがい。悪いやつは私が絶対にやっつけるから」

ボクに背中を向けたまま、のぞみ姉がわずかに怒りを収める。

どうにかしてボクに感情を向けないように抑え込んでる。

どうしてボクはこんな卑怯者なんだろう。

「のぞみ姉っ」

他にどうしようもなかった。

ボクはのぞみ姉の背中にすがりつく最低で惨めな弱虫だ。

「…あの本に書かれたコトは、全部本当なんだ」

「そんな事あるもんか。ねがいは私の妹、いつだって皆に優しい自慢の妹だ」

「ごめんなさい、のぞみ姉、全部、ボクが」

「…ッ」

それで伝わってしまった。

ボクがやってしまったコトの全てが。

ボクがどんなにひどいやつなのかが。

のぞみ姉がボクの腕を振りほどいた。

こっちを向く。ごめんなさい。ボクは最低な

「何があっても、何をやっていても。私は、いつだってねがいの味方だから。ねがいにひどい事なんて絶対するもんか」

…飲み込みきれないコトだって絶対あるはずなのに、

のぞみ姉はこんなボクに優しくしてくれて。両手で抱きしめてくれて。

「ねがいが何者かだなんて関係ない。私は、ねがいが大好きだよ」

いのり姉がボクの背中から包み込んでくれて。

もうボクには耐えられなかった。

叫びたいのに喉は声も音も出してくれなくって、

涙と鼻水だけが延々とこぼれていく。

ボクの何もかもが流れ落ちていった所に、

のぞみ姉といのり姉の暖かさが満ちていく感覚があって、

受け止めたいのに何もかもが足りなかったボクの意識は、

溺れるように二人の間で途切れていった。


…これが、ボクの。

沙籐ねがい。上位存在でも何でもない、願いのできそこないの。

のぞみ姉といのり姉に愛されて、

一人を選んで一人を傷つける、ボクへの当然の報いで…

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