電話対応
三題噺もどき―にひゃくろくじゅうよん。
世の中はゴールデンウイーク真っただ中。
全国の行楽地に、嘘のように人があふれる。
ここ数年、我慢を貫き通してきた人達が、濁流のように流れている。
そういえば、こんなに人はいたんだなと思わせるような。
「…えぇ……はい、はい」
観光地や旅行先に選ばれた場所は、久しぶりに溢れかえった人々の対応に追われているのだろう。
ニュースで連日、そんなあれこれが報道されている。
人が戻ってきて嬉しいとか、戻ってこなくてもよかったとか。
「…はい、はい…、そうですね」
正直言うと、現状それどころではないので、どうでもいいのだが。
こう言うと怒られかねないが、ぶっちゃけ他人ごとでしかない。
何せ、自分とは全く関係ないところで起こっている事なもので。
こう、実感とか共感とかが、あまり…ない…。
「はい…分かりました…」
こちらはこちらで、対応に追われているというのもあるかもしれないが。
―こっちの方が忙しいと思っていないとやってられない。
毎朝、毎朝。
楽し気な人々の映像を見ながら、仕事に出るこちらの気分にもなってほしい。
もう…なんか…天気だけ教えてくれたらいい…。
「……はい、申し訳ありません……」
あぁ、でも。
この時期のこの辺りは、道路が空いているし、公共交通機関も楽に座れたりするので、それはそれでありがたいかもしれない。
人が少なくなったこの町で、自分以外の働いている人を見ると、心強くもある。
「……はい、ありがとうございます」
真っ暗な夜道の中。
携帯を耳に当て、話しながら歩いている。
真っ暗というか、まぁ街灯はあるのだが…。たいして頼りにはならない。等間隔に、並んではいるが、何本かは消えかけている。
チカチカしていて、目に悪い。
「……はい、…はい、」
あぁ、しっかし。
この人は一体いつまでしゃべってるんだ。
時間も時間なんだから、さっさと切り上げてしまえばいいモノを…。
残業帰りのこちらと同じ時間なのであれば、終わらせて帰ってしまった方がいいのでは…?
いや、もしかしたら、旅行先とかかもしれない。
「……はい…はい、そうですね…」
既に家にいるか。
「……」
……あぁ、見えてしまって嫌だな。
風呂も済ませて、夕食もすませて、さて電話でもしてやろうかとよくわからない意気込みを呟いて。
ソファの上にどかりと座って、全体重を乗せて、腕は背もたれの上にだらりと置いて。
たいして長くもない足を、馬鹿みたいに広げて、視線は天井。
机の上には、発泡酒と少しのツマミ。
音量を最小にしたテレビで、お笑い番組でも流しながら、携帯を耳に当て、ああだこうだと大口を叩いている。
「……ええ、はい、その節は…」
あぁ、ムカついてきた。
こっちは阿保みたいに大量に残った仕事をこなして、残業して、疲れ切ってやっと帰れたってのに。
ゴールデンウイークだから、家庭持ちは休みが優先的に取れる。その代わりに、独り身は普段の倍以上の仕事を課されて。
だからといって、代わりに休みがあるわけでもないし。休みたくても休めないし。
休んだら、それはそれで面倒なことになるものだから。
「……はい、はい…」
っかーー早く終われよなぁ。
いつまでしゃべってんだよ…。
酔ってるのかコイツは…。
こちとら帰っている途中だってのに。
発泡酒でものんで、いい感じに出来上がっているんじゃなかろうな。
そんな状態で電話をされても困るのだが。
というか、そんな適当な態度で説教を垂れるな…。
「ええ、そうですね…はい…」
まぁ、かく言う私も、もう適当に流してしまっているから、同じか。
街灯が等間隔に並んだ夜道を1人歩きながら。
耳に携帯を当てたまま。
スタスタと速足気味に。
声だけは申し訳なさそうにしつつ。
表情は完全に終わっている。
「はい…はい、ありがとうございます」
帰り着く前に終わらないかな…。
もう家につきそうではあるのだが…。
道の先の方に、私の住むマンションが見えてきた。
下の入り口付近には、大家さんが飢えた花が咲いている。
…今は、だいぶ枯れてきてしまっているが。かわいそうにな…。水くれる人が居ないからなぁ、今週は。
「はい………はい…」
くたりと。
力なく頭を垂れる花。
少し前までの、凛とした姿を知っているせいか、哀愁がものすごい。
「はい…」
おい。
今の出もう終わりだろう…。
もういいそういうの…。おんなじ話…。
完全に酔ってるなコイツ。
「はい…ええ、はい」
あーーーー早く終われーーーー。
お題:携帯・花・夜道