忍者!月影丸
「今週のエンタメ、紹介するのはネットで話題のマンガ『忍者!月影丸』です」
テレビに内容が紹介される。
ー幼い時に謎の集団『蛇骨衆』に母を殺され。忍びの里で育てられた月影丸は「忍者」として成長していく。月影丸が十五のとき、里の民は『蛇骨衆』に皆殺しにされるが、月影丸は謎の剣士「朧月」(おぼろづき)に救われる。執拗に襲撃される月影丸。彼に平穏の時は訪れるのか?
「このマンガの作者MIKUさんは現役の高校生です。このマンガの原案はおばあさまが中学生だった時にノートに描いていたマンガです」
画面にはサインペンとマジックで描かれた中学生らしい絵が映る。
「物語はもうすぐ結末を迎えます。私も楽しみです」
番組はお天気コーナーに変わった。
私は、ベッドの祖母に話しかける。
「ほら、おばあちゃんのマンガこんなに人気だよ」
「それは美玖の絵のおかげだよ」
だいぶ痩せた祖母が微笑み返した。
ここは祖母の病室。
半年前、入院した祖母の家に着替えをとりに行ったとき、私は箪笥の奥にあったノートを見つけたのだ。表紙には悪口が乱暴に書かれていて靴で踏まれた痕があった。
なかにはびっしりとマンガが描かれていたが、あるページから途切れていた。
大きく「もっとかけ!」という文字も。
私はこのノートはなんなのかと祖母に問いただした。
祖母は昔マンガ家になりたかったのだ。
「中学の時…いじめられていて、それでもマンガを描いているときはつらいことを忘れられた。授業中や休み時間の図書室でも描いていた。ある日、カバンの中身を校庭にぶちまけられて。そのときノートも踏まれて…この落書きが…。それがショックでマンガが描けなくなった…」
「マンガ…面白かったんじゃないの?」
同じように漫画家を目指している私にはこのマンガの面白さがわかる。
だれかは知らないが同じように思ったやつもいたのだろう。
だから「もっとかけ!」なんてノートに書いたのだ。
「無理よ…。それから不登校になったし…。
なんとかそいつらとは別の高校に進んだけど、マンガを描くのがつらくなってしまって…」
私は悔しかった。そんな奴らのおかげで祖母の才能はつぶされたのだ。
私は祖母に
「私に、このマンガ描かせて!」と頼んだ。
それから私は毎日、祖母の病室に通った。
お年玉とバイトの貯金をはたいて、デジタルマンガ作成道具を買いそろえ、祖母の病室で作業した。
祖母も次第に乗り気になり、ストーリーを考えてくれた。
描いたマンガは、ネットに公開した。
するとすぐに反響があった。
特に美貌の剣士「朧月」の人気は高く、閲覧者から多くのファンメールをもらった。
ー月影丸の父は蛇骨衆の首領であり、母は敵対する集団から送られた間諜であった。
母は月影丸を守って殺された。
そして「朧月」が蛇骨衆首領の息子で月影丸の「異母兄」であることが明かされた。
出生の秘密を知った月影丸は、ついに父である首領と対峙する。
異母兄「朧月」は、異母弟に父を許してほしいと懇願した。
ストーリーは現在、ここで止まっていた。
祖母の容態が悪化したからだ。
「大丈夫…。必ず完結させるから…」
祖母は私に気丈に言っていた。
そんなとき、あるメールが届いた。
「テレビで見ました。私は昔、あなたのおばあさんのマンガを見ました。ずっと結末が気になっていました。私は今患っていて余命いくばくもありません。どうか完結させてください」
私は迷ったが、そのメールを祖母に見せた。
祖母は「あいつか…」と唇をかんだ。そして起き上がり「完結させるよ!」と言った。
最終回。
月影丸は「お前を許さない!地獄に落ちろ!」と叫び父に刀を突きとおそうとした。
その前に朧月が身を投げ出す、刃は朧月の身を貫通した。
驚く月影丸。朧月が持っていた短刀を異母弟に突き通す。
倒れる二人。
最愛の息子、朧月の死を見た首領は叫び声をあげて奈落に身を投げた。
倒れている兄弟の上に静かに雪が降り積もっていた。
衝撃の最終回にサイトは炎上した。とくに「朧月」のファンからは恨みに満ちた書き込みであふれた。
だが、私は修正しなかった。
これが祖母のある相手への「返答」だということを知っていたからだ。
しばらくして祖母は新聞の訃報欄に覚えのある名前を見つけて安堵したような顔をした。
そして私にエピローグ…「真実の最終回」を語った。
その夜、祖母は穏やかに逝った。
エピローグ。
首領を失った蛇骨衆は壊滅した。
青い空の下、街道を歩く月影丸と朧月の姿があった。
二人は互いの体を刺し貫くように見える「からくり刀」を使い、死を偽装していた。
「お前に父親殺しをさせるわけにはいかなかった…」
そう語る朧月に月影丸は
「もう会うこともないだろうけど…元気でな。兄貴」と笑った。
蛇骨衆の宿命から解放された二人はそれぞれに新しい道を歩き始めた。
完