正義ぶった少年を叩きのめす話
気付いた時には。
そのスクラップは意志を持ってその場に座り込んでいた。
顔のパーツが一切存在しないつるりとした巨大な頭部と、カメラのレンズが1つだけ付いている小さな胴体、そこから生えている小さな手足が特徴的な人型のスクラップだ。
体からは、しなやかで丈夫なワイヤーが何本も飛び出ており、それらの先端には鋼鉄製の鋭いフックが付いている。
柔らかな日光に照らされる中、スクラップは左右にゆっくりと体を揺らした。
首の折れた人形、ゴミ袋をつつきながらやかましく鳴くカラス、ディスプレイが砕けたパソコン、その他多くの物体の数々が次々と映し出される。
どうやらここはゴミ捨て場らしい。
そう理解した時、不意に前方から物音がした。
レンズを向ける。
「・・・」
そこには2人の男女が立っていた。
線の細くて頼りなさそうな表情を浮かべた男性と、自信と余裕の表情を見せている女性だ。どちらも10代後半の子どもだろう。
その2人のうち、少女が険しい表情で何かを喋っている。なんと喋っているのかは分からないが、周辺の空気がビリビリと震えていることから、ずいぶんと大きな声を出しているようだ。
少女から感じたのは、強烈な敵意だった。このスクラップを破壊しなければならないという使命感にも駆られているように感じた。
少女は、長々と何かを喋りながら、ポケットから小型のハンマーを取り出し、こちらに接近してきた。
そのハンマーを振り下ろし、スクラップを破壊するつもりでいるのだろう。
しかし、スクラップはほぼ反射的にワイヤーを振り、その先端のフックで少女の顔の左半分を切り裂いた。
少女は短い悲鳴と共にハンマーをその場に落とし、その場にうずくまる。その後方で、少年は小さく口を動かしながら片手を前に突き出している。
「・・・」
ずいぶんと深く切れたようで、赤い縦の傷からは大量の血が噴き出ている。
だが、罪悪感はない。単なる正当防衛だ。
そうスクラップが思った時、少年が、怒りの表情を見せながら少女とスクラップの間に割って入ってきた。
そして、スクラップを睨み据え、両手を広げながら何かを大声で喋り始めた。
相変わらず何をしゃべってるのかは分からないが、少年からは平和主義者特有の偏った正義感を感じ取った。
誰かを傷つけることや誰かが傷つくことは正義に反するから許せない。殺すこともありえない。そんなことはあってはならない。そんな自己本位な価値観を。
少年は突っ立って喋り続けているが、こちらに攻撃をしてこない。
もしかしたらこの少年は、スクラップが謝罪の言葉を語ったりその態度を示すのを待っているのかもしれない。
それが正解というように。
少年は、突然表情を緩めてこちらに手を差し伸べてきた。後方で、少女が首を振りながら男性に大声で言葉をかけていることを無視してまでだ。
優しくすれば誰とでも分かり合えるとでも思ったのか。この少年の脳内には、彩り豊かな花畑が広がっているのかもしれない。
スクラップは、少年を軽蔑しながら2本のワイヤーを操作し、少年の眼球を抉りだした。
その目玉を遠くに放り投げていると、今度は両目を抑えて喚き出したので、喉を抉って声を出す手段を奪ってやる。
するとどうだ。その場に倒れ込み、死にかけの芋虫のようにのたうち回り始めた。
想像を絶する不快感を覚えた。自己本位で醜く、全て自身の考えが正しいと思い込んでいる有害な精神を持っている上に、こうしたおぞましい行動を取るとは。
救いようがない奴だ。
スクラップは、少年の首にワイヤーを巻き付けて宙づりにした後、何度も激しく揺さぶった。
しばらくすると、少年は手足を力なく地面に向けたまま大人しくなる。
だが、まだ死んでいないかもしれない。スクラップは、少年の頭部をワイヤーで粉砕して完全なとどめを刺した。
それから、ついでとばかりに頭の中身を覗き見た。
意外なことに、そこには花畑は広がっていなかった。無数のしわが刻まれたおぞましい物体と赤い液体が詰め込まれているだけだった。
少年の遺体を遠くに放り投げ、その場から動けずにいる少女をレンズに捉えた。
目の前のスクラップに対する恐怖と、先ほどとは比べ物にならない敵意、それこそ殺意に近い物をスクラップに向けている。
生かすか殺すか悩んだが、スクラップは少女の胸部にフックを食い込ませ、心臓を抜き取った。
この先生きていても、自身に対する怒りに支配されて人生がままならなくなるだろう。だからここで殺してやる。せめてもの慈悲である。