アトリエ・フルーツバスケット
「ん。今日の分、完成。レモン、配送センターに回してもらえる?」
はぁい。と返事した金色のおさげ髪の娘は、半分透けた白い布に包まれた荷物を両手で大事そうに持って、部屋を出ていった。それを見届けた織物工房の常勤メンバーは、今日もほっと一息ついてそれぞれにカップを傾けた。
紅色の髪を波打たせた少女が糸を紡ぐのに使っている道具を手入れしながら言う。
「今日もがんばりましたー♪ お客さんから届くおやつ、好きだなぁ。今日は何?」
「今日はプチカップケーキだぜ? ほいアップルにも」
「ありがとー、プルーン」
ケーキを配る黒髪少年の側に、ふ。と軽めのため息を吐きながら歩いてくるのは、商品の仕上げをしていた女性だ。肩の辺りで切り揃えられた桃色の直髪が揺れている。
「お疲れっす。ほいよ、ピーチにもケーキ」
「ありがと……」
「ピーチは一番、気をつかう作業だもんねー。ケーキと一緒にミルクティーもどう?」
「そうね、もらおうかしら」
ここは光を撚って作った糸で織り上げた布を販売している工房。紅茶の葉に温めた牛乳を注いでいる少女が、太陽の光を扱う職人。配り終えて残ったケーキを口に運んでいる少年が、営業担当。くたっと疲労している女性は、霧を扱う職人だ。
「毎日、条件が違うから、なかなか慣れた風にならないわ」
カップを受け取る女性が言うのは、織り上がった布に纏わせる霧の保護布のことだ。毎日、春陽布を納入している顧客がいるのだが、配達には一番速い雷獣便を使うように指定されている。しかし、春陽布は稲光と相性が良すぎて、保護布なしでそのまま送るとほどけて四方に散ってしまう。そのため、必ず霧の保護布を掛けるのだが、厚く作りすぎると春陽布が影響を受けて変質してしまい、また薄くしすぎると保護布のほうが溶けてしまう。試行錯誤の作業なのだ。
「直接渡せれば良いのにね。アーモンドくらい近くにいたら、すごく良かったのに」
ベージュ色の髪をした青年が、呼ばれた名前に反応して、ん? と遠くから首を傾げた。それに手を振って、少女が話し出す。
「そー言えばさー、リーダーからの全体メール、見た?」
「ああ。見たけどな」
「正直、どれのことか分からないのよね……」
彼女たちが言っているメールというのは、不定期で流れてくる業務改善の提案メールのことだ。今朝流れてきたのは、余裕のあるスケジュール管理を、というものだった。
「確かに、余白の少ないスケジュールは良くねぇけどな。今度の研修、内容を減らせってことか? 減らすなって言われたけど、実は何か勘違いがあったとか」
「ねえプルーン。もしかしたら内容は減らさずに、期間を延ばしてほしいんじゃないのー?」
「アップル……さすがにそこまで無理は言わないでしょ。それより、私の背中を押してくれてるのかしらと。あと一日しかないから。あいさつの時に、とか、もし一緒に帰れたら、とか」
「ピーチ、もう一度、聞きたいと思ってるのー?」
「ううん。同じことはもう……理由が何かあるのよ。だから『あなたでしょう』じゃなくて、現在のところの条件から逸脱しない範囲で、他のことを」
「聞けるかなー? ピーチに。義務がないときに、自分から教えてほしいって求めたことないでしょ。一度も」
女性は迷っていた。それが事実だったこともある。
それに、一度は予想が外れていたと思ったから。どうしても拭い去れない予想が、やっぱり現実と違っていたら、また悲しいから。だから真っ直ぐに上げた目線が横にそれてしまう。
「でも、今だけ期間限定で、私にとっては大義名分になる話題もあるし……」
本当は、名目なんて何でも良いのだ。
できないと思っていることが、できるようになるのなら。
「たくさん考えてるんだー」
「ちょ、つつかないで」
じゃれている女子二人を横目に、プルーンはもう一つケーキを口に運んだ。