Ninth Phrase 追憶の旅路
月日は知らず知らず過ぎていくものである。地球からはるか遠くのこの星まで逃げ、人が生きられる環境を築き、まどろみの中の夢のような日々が続いていた。
「ヴォラル」
水槽から出たのは、五百有余年ぶりか。地球より小さな重力が、全身にのしかかるのが分かった。全身の感覚はとっくに水に溶けていたと思ったが、足の裏に触れる床は冷たく、肩を支えるヴォラルの右手は暖かかった。
「父さん、出てきたのか」
「ああ、うん……何か、変わったことがあったん、だろう? 天使の、子か。ひさしぶり、に、私も、たのしくて」
水槽の男は、へら、と緩んだ笑みを見せる。水に濡れた金髪に、細い手足。幼い頃はさぞ美少年であったろうと思わせる風貌だが、その顔に浮かぶ表情は、遥か昔を懐かしむ老人のそれだ。
「地球から、こんなところまで開拓に、来るんだな。眠ってばかりも、いられない」
男はヴォラルの肩をつかみ、しゃんと背筋を伸ばす。
「変化は、いいことだ。うん。不変は、行き止まりと、おなじ。このまちは、悪い場所じゃないけれど、みんな、変わらないからね」
男に見据えられ、ヴォラルは唇を曲げた。
「何より、道具は、正しく使ってこそ。きっとあのゼンマイ人形も、怒るだろう?」
男は細い手を掲げると、ぱん、と一つ柏手を打った。
「さ、子供たち。親離れの時間だよ。……あいたたた」
エレーナが日光を浴びるのは、三日ぶりのことだった。デルタポリスに戻って丸二日、ふらつくほどの高熱で床に臥せっていて、ベッドから起きることもできなかったのだ。
「エレーナ、楽になったかい?」
洗濯物のかごを持ったエモニが、エレーナに気付いて駆け寄る。エレーナは目を擦って頷いた。
「マリートヴァを使うと脳に負担がかかるしね。それに……。うん、疲れたんだろうね」
エモニはかごを置き、両手でエレーナの頭を撫でた。
「……ありがと。何か、あった?」
エレーナはあたりを見回す。日中はいつも遊んでいる子供達が、今日は見えなかった。エモニは、待っていたとばかりにエレーナの両手をつかむ。
「父さんが起きたんだよ。多分ようやく、ようやく俺達が仕事をできるんだ」
「……ふうん?」
「デルタポリスの創設者。エレーナも塔に行ったらどうだい? 俺も、あとで行くからさ」
「……うーん……」
エレーナは塔を見上げ、それから首を横に振る。
「今はいいや。洗濯、手伝うよ」
「……そーお?」
「決めてたの。エモニ、ずっと私の看病してくれたでしょう? だから、今日は一日、エモニに付き合うから」
エモニが持っていた洗濯かごを持ち、エレーナはエモニを見上げた。
「ずっと、エモニはエモニなりに、私のために頑張ってくれたんだし」
「……怒ってたじゃん」
「拗ねないでよ。怒ったのは私のほんとうの気持ち。でも、ありがとうって思うのも、ほんとうの気持ち。それが一緒にあっちゃ、だめ?」
洗濯かごを持ったエレーナは、エモニより先に歩いて行った。エモニは慌ててその後を追う。
「分かった、分かったよ。大人しく厚意を受け取ればいいんだろう?」
エレーナの持つ洗濯かごをつかみ、エモニは困ったように笑う。
「半分こしよう。重たいだろう」
エモニは体を縮め、エレーナと同じ背丈になる。二人の間で、洗濯かごは前後に揺れた。
デルタポリスの北側、よく日が当たる場所には、家々の間に洗濯ロープが張られている。エモニはひょいと家の上に上ると、白いシーツを広げた。
「エモニ、足、冷たくない?」
「んーん。俺、皮膚感覚のフィードバックはほとんど無いんだ」
「……ああ、そっか」
靴を脱いだエモニの足は、遠目から見れば人間のものと変わりない。だが、球体関節や爪のない指など、エモニが人形である証も残っていた。ロープの上を渡るエモニに洗濯物を渡し、エレーナは背伸びをする。
「ねえ、私も上行きたい」
「高いよ?」
「怖くないわ。うんと高くまで飛んだもの」
「でも、君の遺産、マリートヴァじゃないか。いつでも飛べるだろう」
「片翼じゃ飛べないのよ」
エモニは唇を曲げ、思案するように視線をぐるりと巡らせた。
「まいっか。珍しいわがままだもんね」
エモニはぽつりと呟き、しゃがんでエレーナに手を伸ばす。屋根の上は、裸足の足裏にはひやりとした。尖った屋根の先端までよじ登り、エレーナは洗濯物を一つ取る。
「……何か、思ったより感動がない」
「そりゃ家は低いから。塔の先まで行ったら、また違うものが見えるよ」
干し終えた洗濯物は、風に大きくはためいた。エモニはロープを渡ってエレーナの傍らに移動する。エレーナよりやや大きな手が、エレーナの肩をつかんで引き寄せた。
「ほら、あっち」
エモニの指が、背の高い木々を指差す。
「あの木に登るとね、うんと遠くまで見えるんだ。塔は外から登るのは大変だから、あっちがいいかもしれないね。地平線って何キロだっっけ?」
「地球だと四キロくらいだったわ。目線の高さと、星の半径とで、計算できたはず」
「んー、この星地球より小さいから、もっと近いのかなあ」
エレーナは唇に指先を当てた。空になったかごを頭に乗せ、エモニはその顔を覗き込む。
「……何?」
「登ろっか」
「……どこに?」
「決まってるだろう?」
エモニはエレーナと同じポーズを取り、にっ、と笑う。
「一番きれいな夕焼けが見えるところだよ」
始まりの塔第二階層で、円卓を囲み、ヴォラル、エモニ、エレーナ、エリックが向かい合っていた。それぞれの飲み物を入れたカップがその前に置かれ、エレーナは床に届かない足を前後させている。エリックの背後、エレベーターの横では、デルタポリスで介抱されていた二人が、固唾を飲んでその様子をうかがっている。エレーナは、ガラス越しの空をぼんやりと見上げていた。
「ご足労感謝する」
「ああいえ」
ヴォラルが口を開くと、エリックは首を横に振った。逆光で、ヴォラルの表情はやや見辛い。
「開拓団も、ケモノとは友好的にやっていきたいので」
言いながらも、エリックの声は震えていた。
「そうか」
「ユウコウテキ?」
エモニの双眸が、じっとエリックを見つめる。背中が粟立ち、エリックは膝の上で両手を握った。だが、頭を押さえつけるような視線を押し返し、口から大きく息を吸う。
「言わせてもらえば、仕掛けてきたのはそちらだ。エレーナのことは俺もかかわっていたから口を閉じておく。だが、あの……カルミア、だったか? 彼女は明確に襲撃して、人員を殺害している」
ヴォラルの色違いの目をまっすぐに見返すと、ふっとエリックの肩から力が抜けた。若く穏やかな瞳に、敵意はない。ただ、その隣にいるエモニは苦々しい顔をしているが。
「だが、ケモノが争いを望んでいないのは分かっているつもりだ。それに、開拓団だって、死に急ぎたいわけじゃない。だから、俺はここに来た」
エレーナが、エリックを振り返る。
「エレーナ、君は彼を信用しているか?」
「うん」
ヴォラルの言葉に、エレーナは即答する。何の気負いもない、無邪気とすらとれる声音だった。エリックは驚いて目を見張る。たった数日前の彼女とは、別人のようだった。
「この人はね、お父様とお母様を弔ってくれたの」
幼い顔に滲む笑みは、悲しみがぬぐえない。だがそれでも、憑き物が落ちたような静かな笑みだった。
エリックが見ていたエレーナは、泣いてばかりいた。当然だろう、訳も分からず両親を失えば、大人でも狼狽える。それでも数日と経たずに彼女は二本足で立ち上がり、歯を食いしばって歩き出そうとしていた。
「そうか。では俺も、彼を信用しよう。エモニは?」
「信用しなーい」
頬杖をつき、エモニはエリックを見上げて言った。心臓を握られたようで、エリックは息を飲む。
「俺は、ララみたいな人間が好きだ。まっすぐ、前に向かって進む人間が好きだ。進んでいる限り腐らないし根付かない。でも彼は、違う」
エモニの指先が、エリックの鼻を突く。
「まずこいつはスズメ……ログの兄だ。カルミアがログを殺そうとしたときにログをかばった。兄だから。それは正しい。そしてこいつは門番だ。だけど俺とエレーナを逃がした。門番なのに。感謝するけど正しくない。そしてかばったくせにログを殺そうとして、ログをかばうのにエレーナに謝る。ガタガタなんだよ。矛盾している人間を俺は信用できない」
「……至極まっとうだと思う」
エリックは微苦笑をこぼした。
「信用しなくていいさ。俺は、何かを貫けるほど立派じゃあない。ログほどクズじゃないつもりだが、あいつほど才覚もない。何もない凡人だ」
エリックは、汗がにじむほど握った掌を開いた。ズボンで汗を拭き、右手を円卓の上に出す。
「だけど、凡人だから月並みに、ケモノが怖いと思うし、開拓を成功させたいって思うし、戦いは嫌だと思う。少しだけでいい。この掌程度は、俺に譲歩をくれないか」
差し出された掌を見、ヴォラルは目を伏せた。既にエリックの声に怯えはない。爪の跡が残る掌は、傾いた夕日でなお赤く見えた。
「……エモニ」
「やだ」
「エモニ」
「やーだー」
「パビエーク・バムブーカ!」
ヴォラルの鋭い声に、頬を横殴りにされたようにエモニは振り返る。ヴォラルは既にエリックの手を握っていた。
「彼は人間なんだ」
エモニの顔から表情が消える。ぎし、と右腕が動き、ほどいた拳を持ち上げた。
「え、嘘、やだやだやだやだ!」
ぱっとエモニの顔に表情が戻る。エモニは自らの右腕に引きずられるように前のめりになった。エリックとヴォラルの握手にエレーナが手を重ね、さらにその上にエモニの右手が乗る。
「そら見ろ」
「うぐぅ……俺の演算回路のばぁか……」
エモニはごんごんと机に額を打ち付けた。見せつけるように、エモニの右手がそっと握られる。
「……ええ、と?」
「これがデルタポリスの総意とする」
ヴォラルは腰を浮かせ、握手の力を強めた。
「開拓団……いや。あなたを信じる」
ヴォラルの口元がわずかに緩む。笑っている、と、不思議とエリックには分かった。
「感謝する」
呟いた言葉が、本当に自分の口から出たのか定かでなく、エリックはただ右手に力を込めた。体中の熱がそこに集まっているようで、心臓が落ち着かない。ただ、頭は嘘のように冴えていた。
「具体的な話をしよう。エレーナとエモニは退室してくれ」
「はい」
「……はぁーい」
未だ不満顔のエモニを引き摺って、エレーナが出ていく。それを見送ってもしばらく、エリックはエレベーターの方を向いていた。
「……エレーナはもう大丈夫だ」
「ああ、うん、そうみたいだ」
上の空での返事に、ヴォラルは笑いをこぼす。
「座ってくれ、エリック。俺達も、これからの話をしなければ」
エリックが座り直すと、円卓の上に、青いスクリーンが現れた。立体映像で映し出されるのは、デルタポリスの中心にある塔だ。
「こちらも、開拓団からの信用が欲しい。カルミアを行かせてしまったのは、俺の責任でもある」
映像が回転し、形を変える。やがて、青い星――――地球が現れた。
「だから、過去を語る。評価も批判も勝手にするといい。俺達という存在を、理解して欲しい」
「……やっぱり、ケモノも地球から来たのか」
ヴォラルは頷き、銀色の左手を握った。
「今からするのは、デルタポリスの初代……今では三人しかいない初めの住人と、エモニしか知らない、事実だ」
ゆっくりと回転する地球に、ノイズが入った。
「俺達が信用に値すると思ってくれるならば、これからの未来の話をしよう」
砂が落ち切った砂時計を、じっとログは見つめていた。立方体の殺風景な部屋で、床の半分はベッドで埋まっている。壁に固定されたサイドテーブルの上には、赤い砂の砂時計が一つだけ置かれていた。唯一の窓から、月明かりがわずかに入ってきている。ログが座っている場所以外、ベッドにはしわ一つない。首と頭、両手の指には包帯が巻かれ、頬にも大きな絆創膏が貼られていた。
「戻ったぜ。飯食ったか、ログ」
ノックもせずに、エリックは狭い部屋に入る。ログは緩慢にそれを振り返った。
「また怪我増やしたのか。痛いのは昔から嫌いだったくせに」
「……痛いと正気でいられる」
ログはぽつりと呟き、また視線を砂時計に戻した。
「……もういい時間だぜ。ほら、寝ろ」
「嫌だ」
ログは呻くように言う。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、夜は、夜はだめだ、暗いのはだめだ」
かたかたとログの体が震えだす。ログは両手で自分の体を抱き、身を縮めた。
「見えなくなるのはだめだ、俺は、俺が、違う、あいつらが俺を殺しに来るから」
「誰も来ねえよ」
「嘘だ! 誰もかれも俺を殺したくて殺したくて仕方がないんだ。死んでほしいと思うのに俺が生きているから殺意が重なって重なってかさなっ……」
エリックに肩をつかまれ、ひゅっとログは息を飲む。
「……どうすればいい?」
「てめぇの頭で考えろ」
「俺は、おれは、ただ本当のことを言っただけだ! あの天使に命令されたから、だから……」
「ガキじゃないんだから自分で考えろ!」
「ひっ……」
ログは首を縮める。エリックが手を離すと、ログは両手でエリックの腕を捕まえた。
「兄さん、兄さんは俺の味方だろ? な、な、な?」
「……俺は、」
「だって、兄さんは俺の兄さんじゃないか」
エリックはログの手を振り払う。
「そうだよ。お前が死んでも俺はお前の兄だ。……でも、俺にもプライドはあるんだよ」
「でも兄さんがいないと俺はダメなんだよ!」
「……まだ痛いのが足りないか?」
エリックに睨まれ、ログはさっと手を引っ込めた。
「でも、ダメなんだ。兄さんがいないと、気が狂い、狂って……息をやめたくなる」
ベッドの上で、ログはうずくまる。その丸まった背を見下ろし、エリックは深く息を吐いた。
「それでも俺は、お前に指先ほども譲歩はもうできねえよ」
砂時計をひっくり返し、エリックは踵を返した。砂が落ちる僅かな音だけが、エリックのいなくなった部屋に残る。ログは顔を上げ、落ちていく砂を目に映していた。
苦々しい顔で立っている見張りに頭を下げて、エリックはリーダーの部屋へと向かう。
「リーダー、今日の分の資料です」
「だから俺は……ああいいや。もらう」
情報の入ったタブレット端末を受け取り、エリックはリーダーの部屋に入った。両手を壁について頭を下げ、長く、深く息を吐く。
「重いな」
逃げてきたツケだとは思う。だが、覚悟を決めて向き合った弟も、開拓団も、そしてケモノのことも、背負うにはあまりに重いものばかりだ。だがリーダーは、先だって動かなければいけない。統率も相互理解も中途半端な開拓団を、一つの方向へと連れていかなければいけない。
ケモノ達がそうであるように、開拓団も、今更地球に逃げ帰るなど不可能だ。今日明日に尽きる命ではないが、進み続けなければ、必ず限界が来る。
この赤い砂の星を去れば、食料が尽きないうちに辿り着ける場所に、都合よく、酸素と水がある星などあろうか。
「……今度は逃げない」
座り込みたがる足を叩いて、エリックは顔を上げた。
騒がしい足音で、カルミアは顔を上げる。寝癖も直さないままの髪をまた手でぐしゃぐしゃと掻きまわし、眠気を払った。
カルミアの家は、外側から鍵がかけられていた。遺産であるダブルバインドも、今は塔に保管されている。普段通りの生活はできるが、外に出ることは禁止され、娯楽と言えば、枕元のインテリアを眺めるくらいのものだ。砂時計型の置物の中では、眠くなるほどゆったりと液体が流れていた。
「カルミア!」
鍵を壊したのでは、という勢いで玄関が開け放たれる。逆光の中立っていたのは、満点の笑顔のエモニだった。
「……なに?」
「ピクニック行こう!」
「…………はっ?」
耳に届いたはずの言葉が理解できず、カルミアは間の抜けた声を漏らす。
「ピクニック、行こう!」
しつこくもう一度、エモニは言う。カルミアは首を横に振った。
「意味わかんない。何で?」
「今からみんなで行くんだよ。久しぶりに、デルタポリスの外にさ。お弁当持って。それって、ピクニックだろう?」
「だけど、何であたしも行くわけ?」
エモニは首を傾げた。
「だってご飯のとき誰もいなくなるだろう?」
「でも、あたしは」
「それに、遺産がないカルミアなんて俺がぎゅってしたら動けないからね」
エモニに腕をつかまれると、あっさりとカルミアは外に引っ張り出された。全身で浴びる日光が、痛いほどにまぶしい。
「ああ、出てきたか」
弁当らしきものを持っているヴォラルと目が合い、ぼっ、とカルミアの顔が赤くなる。
「いやっ! やめてよ!」
カルミアはエモニの手を振り払い、家の壁に背を当てて身構える。
「あたし、人殺しなのよ?」
「知っている。皆」
「勝手に開拓団に行って喧嘩売ったのよ?」
「知っている」
「じゃあ何でこんな、仲間みたいに扱うの? おかしいじゃない!」
ヴォラルはカルミアに近付くと、身を縮めるカルミアの頭に、右手を置いた。
「確かに、人を殺したことは許されない。許されるべきじゃない。……でも、まあ、うん。それと、仲間でなくなることはイコールじゃない。必要ならば一緒に償う。見捨てない」
優しく頭を撫でられ、カルミアは答えに窮した。
「生きているなら、背負っていく義務がある」
ヴォラルの手が頭から離れても、カルミアは俯いたままでいた。隣に立つエモニに手首をつかまれ、カルミアは身をすくめる。顔を上げると、既にヴォラルは、車椅子を押して歩き出していた。車椅子には、眠そうな顔をした、デルタポリスの父が座っている。
「…………ねえエモニ」
「うん?」
「あんたも、何か背負ってるの?」
エモニはカルミアから視線を逸らし、頬に指を当てた。
「んー……まあ。俺達は『遺産』って呼ばれているわけだし。その程度のことは背負ってるよ」
「重くない?」
「少しね」
ヴォラルの背を追って歩き出し、エモニは目を伏せる。
「でも、まあ、うん。ほら、えっと……何て言ったらいいかな。重いし悲しいけど、大事だし、なくしたくないって気持ちもあるからあんまり重くないっていうか」
「ハッキリしなさいよ」
「ああもう、カルミアも分かるだろう? 重いっていうのは痛いのと同じだよ。だけどカルミアはその痛いのを俺に食べさせなかったじゃないか」
にぎった拳を上下させ、エモニは訴える。腕ごと振り回されてカルミアはふらついた。
「あら、それが理解できるの?」
「今ならね」
「……ふうん」
「ああやっと笑った」
カルミアははっとして自分の顔に手を当てる。エモニは自身の口角に指先を当て、にっ、と笑顔を作って見せた。
「笑うと幸せが来るんだよ」
「……ヘタクソ」
「俺これでも練習したのに!」
「ああもう、手を離してよいい加減! 逃げないわよもう」
エモニに引きずられるように、カルミアは歩き出す。エモニはへにゃりと顔を緩ませた。