Eighth Phrase 獣の詩(うた)
人は死ぬ寸前に、走馬燈を見るという。
『ケモノになるということは、人から外れるということだ。それが怖くないのか?』
『別に?』
暑い日だった。地球の亜熱帯の気候に近い状態で安定してはいるが、デルタポリスにも季節はある。水浴びをしたカルミアを訪ねてきたのは、ヴォラルだった。
『デルタポリスの皆は臆病ね。まるで、飼い慣らされた鳥みたい。翼があるのに、檻から飛び出すことを忘れてしまったのね』
皮肉ったつもりだったが、ヴォラルは笑っていた。
『そうだな。いつまでもいつまでも、ただ、生きているだけだ……それが性に合う奴らもいる』
『……ケモノを名乗るのに、変なの』
夏の日差しは痛いほどで、カルミアはすぐに日向に立っていられなくなった。
『長く生きると、善悪が見えなくなってくる』
若い顔に老人の笑みをたたえていたヴォラルは、自嘲しているようだった。
『俺達は、少しずつ狂っているんだよ』
その言葉で、恐ろしくなったのを覚えている。
ああ、そうか、と、カルミアは、遠くなっていく空を見上げた。
復讐のため、許さないという気持ちのため。それは本心だ。だが、きっと自分は、怖かったのだ。発展も衰退もないデルタポリスで生き続けるという事実が。どこか地球に似た、行き止まりのあの場所が。
『善悪が分からないから正気じゃない? ここは地球じゃないもの、善も正気も、定義はないでしょう? どうやって自分が正しいか分かるっていうの』
『そうだな――――』
あの時、ヴォラルは何と答えたのだったか。意識が落ちていく中で、それだけが心残りだった。
喉に押し当てられていた銃口は熱かった。だが今は、痛みすら感じられない。ただ、体から何かが抜け落ちていく感覚だけがあった。体を預けている地面の、さらに下へと落ちていく。空中とは違う、水の中に引きずり込まれるような降下だった。
ヴォラルと話した泉は、デルタポリスの沐浴には使われていなかった。それで、頭を冷やしたくなるといつも、カルミアはそこに飛び込んでいた。
肺の中から空気がなくなっても、新しい空気が入ってこない。このまま沈んだら、と考えては、胸が苦しくなって浮上する。そのたびに、自分の生きぎたなさを嗤っていた。そうすることでカルミアは、自分の命を感じていた。
「カルミア!」
甲高い声が、暗闇を切り裂いた。意識が無理やりに引き摺り戻され、喉にひやりとした感触がある。
「死ぬな、カルミア」
降ってきた男の声は、あまりに無慈悲な願いを乗せていた。死を受け入れて眠ろうとしていたカルミアの意識を体に戻し、逃げ道を塞ぐ。濁っていた視界が、次第に明るくなった。
「俺はまだ、お前に答えを言っていない」
ヴォラルだ。そう認識すると同時に、ひゅっ、とカルミアの喉を空気が通り抜けた。刺すような痛みがして、肺に入ったものが吐き出される。
咳き込んだカルミアを横向きにして、ヴォラルは軽く背中を叩いた。気管に入っていた血が、ぼたぼたとカルミアの口からこぼれる。
「バーバラ」
「ええ」
バーバラの手の中で、糸が細長いチューブの形を取った。一本であれば目に見えないほどの細い糸は、寄り集まって銀色のチューブとなる。
「吸い出すわよ。ちょっと痛いけど我慢してね、カルミアちゃん」
首の穴は既に塞がっていた。まるで初めから無かったかのように、傷跡ごと消えている。ログが銃口を押し付けていた場所にのみ、わずかに火傷の跡があった。
ログは、ヴォラルに突き飛ばされた格好のままだった。突然現れたヴォラル達の痕跡を探すように振り返ると、兵士と雑踏はきれいに左右に分かれていた。人をかき分けてきたのではなく、そこにまっすぐに通るための道を作ったかのように。
「……嘘だろ」
呟いた自分の声が震えていて、ログは自分の口を塞ぐ。だがそれでも、理解しようのない現象への恐怖は消えなかった。
確かにログは引き金を引き、銃声も轟いた。カルミアは確実に致命傷を負っていたし、何の抵抗もなく、死へと向かっていた。銃弾で穴が開いた首も、流れる血も見たというのに。殺した、と確信した瞬間には、誰かが自分を突き飛ばしていた。
時間にすればほんの数秒。まして、雑踏の向こうから駆け付けたのならば、銃声が聞こえたのはログよりわずかに遅いはずだ。瞬間移動でもしたというのか。
そして、何より信じられないものが、ログの目の前にあった。
「……ログ・スパロウ……さん、ね?」
一瞬で大人二人を引き連れて現れ、カルミアの名を叫んだ少女。ログが蹴落とし、その行方を追っていた相手――――エレーナ・ニーヴァが、ログの前に立っていた。暁色の右目を、炯々とさせて。
指先から肩まで、ログの腕を鳥肌がはしる。寒気が首に達して身震いすると、持っていたはずの銃が地面に転がった。救命活動をするヴォラル達も、戸惑いのざわめきが広がる雑踏も、全てが遥か遠くへ行ってしまったようだ。カルミアと初めて対峙した昨夜より、明確な恐怖にログは震えていた。
ログの知るエレーナは、少なくとも、ログをまっすぐに見つめる少女ではなかった。ログがいると父親や母親の陰に隠れ、一人でいるときは絵本の世界に没頭する。蝶よ花よと育てられたお嬢様の典型のような少女だった。
「あなたに話があるの」
エレーナの声は震えていない。耳に届いた言葉にハッとして、ログは開きっぱなしだった口を閉じた。今、自分はどんな間抜け面をさらしていただろうか。
「……話?」
ようやくそれだけ絞り出す。エレーナが一歩近づいて、ログは、自分の心臓が鷲掴みにされていると錯覚した。
エレーナの表情は一貫して穏やかだ。両親を死に追いやり、自分を最底辺の労働者にしたログに対して、わずかな怒りも滲ませていない。被害者が加害者に抱くであろう感情のいずれも、その表情からは読み取れなかった。
「お父様とお母様のこと」
エレーナの声が、耳から脳まで直接に響く。逆光の中で光る眼は、ログの心の奥底まで見透かすようだった。
――――怖い。ログは自分の感情を認める。それは、カルミアに押しつぶされそうになった際のそれとは別種の恐怖だった。たとえるならば、そう、走っても走っても振りきれない敵に出会ったときのような。
ログとエレーナは、三歩ほど離れた距離で対峙した。ログが持っていた銃は、丁度、二人の間に転がっている。
「もしや、返せ、とでも?」
ようやく笑みを取り繕う余裕が回復して、ログはすっと背筋を伸ばした。エレーナは静かに首を横に振る。
「泣いてもわめいても、全部なかったことになんてならないわ。ただ、聞きたいの」
エレーナはわずかに眉根を寄せた。
「どうして?」
誤解のしようもないほどに、エレーナの目は雄弁だった。瞬きをすれば涙が零れそうで、それでも目だけは逸らさないというように。
「お父様とお母様が何をしたかも私は知らない。ただ、……痛いことをされて、殺された。それしか知らないわ。どうして、そうしなければいけなかったの?」
「……君の両親は、立派なリーダーではなかったからだよ」
「嘘はいらない」
「どうして嘘だと思うんだ」
「あなたがそう言っているから」
エレーナが外套の右側をめくり上げると、金属の翼の先端が覗いた。薄平べったい羽が一枚、しゃりん、と開く。その表面に、ログの顔が映し出された。
「私はただ、本当のことを、あなたの口から言って欲しい」
エレーナの右目に、歯車のモノクルが浮かぶ。ログはぎりっと奥歯を鳴らした。
「本当のこと……? 何だよお嬢さん、俺が嘘をついてるってか? じゃあその理由は何だよ。俺はどうして、嘘をつかなきゃならないんだ?」
「………………」
エレーナは、背中の遺産に手を伸ばす。金属の翼は、熱かった。
「第一、お嬢さん、君は確かにご両親が好きだろうさ。だが、そのご両親が悪人じゃなかったとどうして証明できるんだ? 認めたらどうだよその事実をよぉ!」
声を荒げると、途端に、目の前のエレーナが小さく見えた。ログは口元を笑みの形に歪め、胸元を左手で握る。
「俺だって心苦しかったに決まってるだろ? 信頼していた上司がロクデナシだったんだ。悲しいさ、悔しいさ、苦しいさ。それでも開拓団としてここに来たからには、成功させなきゃ地球には帰れねえ。だったら憂いは排除しなきゃいけねえだろ?」
調子づいたログは、唇を舐めて一歩前に出た。足先が銃に触れる。エレーナは俯いた。
「だから排除した。それだけだよ。それ以上の理由なんかない」
「嘘」
下を向いたままのエレーナに、覆いかぶせるようにログは続けた。
「嘘じゃない! だから認めろって言って」
「マリートヴァ!」
ログの言葉を遮って、エレーナが叫ぶ。飛び出した翼は、ばさりと外套をひるがえらせて広がった。陽の光を受け、銀色の翼はその全体を衆目にさらす。エレーナどころか、ログの全身よりもまだ大きい翼に、ログは思わず数歩退いた。鏡面のような羽の全てがログを映す。
「もう一度、今度は、本当のことを言って」
モノクル越しの目に、ログは顔をしかめた。
「強情な奴だな、よく分からねえ機械で脅せば言うこと聞くほど、大人は単純じゃねえんだぞ」
「難しいことは言ってない。本当のことを言って」
「連中に何吹き込まれたか知らないがな。言葉が通じない本物の獣だってんなら排除する。俺の言葉をちゃんと聞くなら開拓団に戻ることを許してもいい。そのことを考えてはいかイエスで答えるんだな。さっき言ったことがすべてだ、理解したな?」
「………………」
「大体、何をもって俺の言葉を嘘だって言うんだ」
ログの口元が緩む。銀色の翼に映った顔は、下卑た笑みを浮かべていた。
「もし本当に俺が嘘を言うならばそれを知っているのは両親か? 死人に口なしとはよく言ったものだ。廃棄孔の底でゴミと眠る白骨が何を語るかってね。たとえ俺の言葉が嘘だとしてもそれを証明ができなければ俺が真実だ!」
エレーナは黙ってログを見つめる。背後で、ヴォラルが腰を浮かせた。ログの背後の兵達も、困惑したように顔を見合わせる。
「開拓っていうのは厳しい仕事だ。犠牲がなくては成り立たないそれを完全にこなそうとしていたお前のご両親が狂ってるんだよそもそも。荷物を抱えて歩いてるってのに、落としたビイ玉一つをいつまでも拾おうとするバカは笑うだろ? 転がり落ちたゴミを放置するのが抱えた荷物へのやさしさってものじゃないかい」
銃を構えていた兵士の一人が、ぽかんと口を開けてログの背を見遣る。ログはエレーナを見下ろしたまま、芝居がかった動作で両手を広げた。
「ああそうだよ小娘さん、あんたの両親は狂ってた! ケモノと争わず何もかもが平穏無事な開拓なんて存在するはずがないだろう! リーダーには地球での地位が約束されるんだ、それが欲しくない人間は存在しえない! だから感謝すべきだ、そんな狂った人生を終わらせてやった上に娘の面倒まで見てやるんだから。開拓に失敗したら地球に帰れば俺にはリーダーの功績がある。前リーダーの身内を引き取った事実があればなおいいさ、あんたの両親は病死か事故死でいいだろう? 穴の底でキタねえ骨と仲良しこよしはいやだろう? オイオイ何を泣くことがあるんだお前は地球のお友達と会えるしお嬢様の人生を返してやるさ、可愛い可愛い人形チャンよぉ!」
ぎらり、と銀色の羽が鈍く光った。エレーナはログを見上げたまま唇を引き結ぶ。ログを映したままの翼が、ゆっくりと内側へ曲がり始めた。
「殺人はそりゃあ悪いことさ。大義がなけりゃ命を奪う行為は全て罪だ。だがザンネン、罪ってのは神様がいるから成立する概念だ。神様仏様お釈迦様、地球ですら留守なのにどこにいるって言うんだ? ならば正義はここにある。正義の鉄槌は暴力にはなりえないし神様に仕える天使は街を焼いても罪がない! 砂漠の果てで水を欲しがる奴から一杯の水を奪う自由がここにある!」
「……エレーナ! エレーナ、それ以上はやめろ!」
ヴォラルが駆け寄り、エレーナの翼をつかむ。翼の下端から、羽が順番に跳ね上がった。上端の羽が最大まで開くと同時に、鏡面から一斉にログの姿が消える。
代わりに映し出されたのは、エレーナの左目だった。
「そうだ、自由だ。開拓は自由なんだよ! 蒼いディストピアも灰色に堕ちて赤道上には鉄色の輪がまわる。輪を走るシャトルに乗り込めば天地まとめて掌の中だ。青銅の女神が踏んだ鎖で縛られた星の核は、千々に煌めく可能性の光で心臓を照らし天蓋を開く! 切り開いた黄昏色の星に夢見た輩が暁を吐き出すさまはまるで三流映画のワンシーンで嗤えたよ、鏡に映った目玉のない顔は笑ってい」
ぱあん。
「…………た……?」
理解するよりも前に、ログは地面に膝をついていた。銃に折り重なって倒れたログの頬に、雫が落ちる。目だけで上を見ると、俯いたまま、エレーナは震えていた。嗚咽の一つも漏らさず、ただ、透明な涙だけをこぼしている。
一拍遅れて、激痛が来た。
「いっ……う、あ、あああああああああっ!?」
ログは体を折り、痛む左膝に手を当てた。ぬるりとした感触がする。やっとのことで目を開くと、両手が真っ赤に染まっていた。
「ち……? 血? な、なんだ、なんだこれ」
ログの目が、背後にいた兵士に向いた。並んだ銃の一つから、煙が出ている。
「な……気が違ったのかてめえ! 敵はあっちだろうが!」
「……正気だよ」
銃口が持ち上がる。兵士の目も銃口も、ログの顔を向いていた。
「狂ってるのは……あんただろ……?」
脈拍に合わせて血が噴き出す。兵士の背後から、エリックが現れた。エリックは、銃身をつかんで銃口を逸らさせる。
「……兄さん……」
「お前には、謝らなくちゃいけねえなあ」
兵士の手から銃を取ると、エリックはログに近付いた。
「……待て、なんだ、何を……ふざけんな! 裏切ったくせに、役立たずのくせに兄貴面しやがって! 今更、今更、今更!」
「安心しろ、一緒に死んでやるから」
「来るな! やめ……クソが、助けろよてめぇらも! 何だ、何で誰も……誰も……」
エレーナの目はヴォラルが塞いでいた。だが、銀色の翼は開かれたままで、そこには兵士達の顔が映っている。怒りに顔を歪める者も、悲し気に眉宇をひそめた者も、困惑したままの者もいた。
ヴォラルが一歩踏み出し、エリックが構えた銃の先端を握る。
「子供には見せたくない」
ヴォラルが、銃口を覆った左手に力をこめる。と、銃が霞のように掻き消えた。まるで始めから無かったかのように銃本体が丸ごと消失し、込められていた弾と火薬が地面に落ちる。
「目的は達した。騒ぎを起こして済まなかったな」
ヴォラルは、呻くログの横を通り過ぎて、まだ開いているエレーナの翼に手をかけた。
「マリートヴァ……彼女の心を返せ」
エモニがヴォラルの肩から飛び降りる。着地までの一瞬で青年に成長し、エモニはエレーナを正面から抱きしめた。エレーナははっと顔を上げる。
「静かになった?」
「…………うん」
「うるさくって疲れたろう。帰ろう」
「……うん」
エレーナの背中の翼は、見る間に小さくなっていった。ぐらりと傾いだエレーナを支えると、エモニは肩越しにログを見下ろす。エモニにつかまり、エレーナはゲートへと足を向けた。
バーバラは糸で台車を編み、その上に、まだ気を失っているカルミアを乗せる。ヴォラルはエリックを振り返ると、左手の甲に触れた。手首を内側に折ると、左手の甲から薄い板がはがれる。小さなフリスビーでも投げるようにヴォラルはそれをエリックへと放った。
「デルタポリスの座標だ。用があれば来るといい」
「えっ……は? 何で俺に」
「お前がリーダーになるんだろう?」
エリックが返事をする前に、ヴォラルはバーバラの後を追った。
シェルターが見えなくなるころには、日は高く昇っていた。ゆっくりと進む金属板の上で、エレーナは膝を抱える。
「ローイさん、私……」
エレーナは、ヴォラルを振り返る。ヴォラルは振り返らずに前を見据えていた。
「……怖かった……」
「それが普通の人間の反応だ」
エレーナは身を縮める。
「『片翼の天使』は、遺産の中で最も残酷であり、優しくあり、人間らしいものだという」
ヴォラルは独り言のように呟く。
「だから、お前は呼ばれたのかも知れないな」
エレーナは、マリートヴァを呼んだ夢を思い出す。
「心の獣の代弁者……」
「うん?」
「マリートヴァが、私にそう言ったの」
「……心の獣か……そうか」
ヴォラルはくぐもった笑いを漏らす。
「ローイさん?」
「遺産達は、何でもお見通しのようだな」
ヴォラルの言葉に、エレーナは首をひねった。
「ケモノというのはそもそも、動物全てを言う言葉だ。ヒトでありながらヒトの枠を超え、社会に適合できなくなった哀れな存在をケモノという」
エレーナの足元で丸くなっていたエモニが、それを聞いて顔を上げる。
「だがそんなものは、誰もが心の中に飼っている。それを御せなくなれば堕ちた存在と言われるだけだ。マリートヴァが言ったのは、そのことだろう」
「心の中の獣……よく分からないわ」
「別の言葉で言えば、本音、か」
エレーナは大きな目をぱちくりと瞬かせる。
「心の底の底まで綺麗な人間なんて、そういないだろう?」
「人の本音は、悪いものってこと?」
「獣が全て悪いとは限らないだろう。良し悪しだ」
エレーナは唇を曲げて首を捻る。足の間から、エモニがにゅっと顔を出した。
「つまりね。俺達遺産は、人をちょっとだけ正直にさせるんだ」
エレーナの頬をぺしぺしと叩き、エモニは微笑む。
「それが悪い人もいる。でも、君は、悪いことはしなかっただろう? だから、君の本音は、善かった。君はいい人なんだよ」
ガラス玉のようなエモニの目には、紅くなったエレーナの顔が浮かんでいた。
「ね? エレーナ」
「……うん……?」
「あはは、分かってないね! こういうこと」
エモニはエレーナの頭に両手を乗せ、がしがしと髪を掻きまわす。エレーナの体が振り回され、ヴォラルが「揺れるからやめろ」と呟いた。
「いいこ、いいこ」
「……やめてよ、子供扱い」
「だって俺は、エレーナよりずぅっと大人なんだからな?」
エモニはエレーナから離れると、両手を広げてみせた。
「だから、おいで」
「……痛くないわ」
「痛くなくても、俺は役に立つよ」
触れた機械仕掛けの体は、じんわりと温かかった。耳を胸に当てると、奥から、一定の間隔で動く低い音が聞こえてくる。人間の心音のようにくぐもった音ではなく、耳元で直接鳴らしているような音だ。
「……何だか眠くなってきたわ」
「疲れたろう。疲れて、満たされたら、眠くなる。動物の当たり前のサイクルだよ」
背中に回されたエモニの両腕も、人肌程度に温かかった。瞼が重くなって、エレーナはそのままエモニに体を預ける。呼吸が自然と、深くゆっくりになった。
眠ったエレーナの髪を撫で、エモニは微笑んだ。