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9 行き過ぎた好意



「おはよう、トウコ。今日は、いい天気になりそうだぞ。」

 窓からスッと入ってきたアヤカシに驚きもせず挨拶を返す。

「ん?なんだ、その恰好。なぜエプロンなんてしているのだ?たしか料理は家政婦とかいうやつとお前の母親がやってくれるのだろう?」

 アヤカシの質問に察しの悪い男だと、トウコはため息をついた。


「パンケーキ。今日作るの。」

「・・・あぁ!やっとあれを食べられるのか!」

 アヤカシの言葉に少し落ち込む。アヤカシはすぐにトウコの願いを叶え、アノカミに会わせてくれたが、トウコは結局色々理由があって、2週間も待たせてしまった。

 しかし、アヤカシは文句ひとつ言わず、毎日トウコとたわいもない話をしに家に来てくれた。トウコならば、チクチクと嫌味を言うだろう。誠意が見えないと、髪をちょん切ってしまうかもしれない。


「待たせてごめん。でも、おいしいのを作るから。」

「気にするな。それにしても楽しみだ。」


 もうすでに台所にいたトウコは、パンケーキに使う材料を用意し始めた。母とお手伝いさんはいない。トウコは、アヤカシのために一人で作ることにした。家の者には内緒で。

 後でばれて怒られるのは承知の上だ。これが、トウコにとってアヤカシに見せるせい一杯の誠意だ。


 生地を一生懸命かき混ぜ始めるトウコに、アヤカシは手伝うと申し出た。

「そんな細い腕で大変だろう。まさかこんな過酷なものとは思わなかったんだ。パンケーキをなめていた。」

 確かに大変だ。腕が疲れる。だが、過酷とはなんだ、馬鹿にしているのかとトウコは思い、申し出を断った。だいたい、最後まで自分の手でやらなければ、納得がいかない。


「待て。」

 何とか生地を作り終え、フライパンを温めようとするトウコをアヤカシが止めた。

「火を使うのか?」

「そうだよ。って、見てたよね?母さんとコトメが作っていた時も火を使って焼いていたよ。」

「そういえば、そうだった。トウコ、母親はどうした?母親でなくてもいい、大人はいないのか?」

「いないよ。いなければ一人でパンケーキなんて作れない。」

「・・・仕方がない。焼くのは俺がやろう。トウコが火傷でもしたら大変だ。」

 アヤカシの言葉にトウコはむっとして、無視して火をつける。

「おい。」

「私だって、これくらいできる。アヤカシは、私を馬鹿にしているの?」

「いや、そういうわけではない。」

「なら、何?」

 アヤカシをトウコは睨みつけた。慌てるアヤカシだが、決意したようにトウコの手を引いて、火のもとから遠ざけた。


「何?」

「火は、危ない。トウコ、俺にやらせてほしい。お前が火傷でもしたらと思うと、気が気でない。頼む。」

 申し訳なさそうに言うアヤカシに、トウコは折れた。何もアヤカシをいじめたいわけではないし、彼へのお礼のために作っているのだ。彼の好きなようにさせればいいだろう。


 トウコの指示に従い、アヤカシは慣れない手つきでお玉を持ち、それで生地をすくった。そして、フライパンに生地を流そうとして・・・

「危ない!」

 トウコに服の裾を引っ張られた。

 アヤカシの服は、昔ながらの服で、着物のような長い袖がついているのだが、その袖が火に当たるところだったらしい。

「このまま持っているから・・・続けて。」

「あぁ。・・・行くぞ。」

 妙に力んで生地をフライパンに流す。


「いい匂いだ。もう食べれるのか?」

「まだ。焼き始めたばかりだよ。そんなにすぐ焼けるわけない。」

「そうか。いい匂いなのに。」

「食べたいならいいけど、おいしくないと思うよ。」

「なら、焼けるまで待つ。」


 トウコは、アヤカシの袖を持つのをやめて、アヤカシの隣にいすを置き、それにのぼって上から焼け具合を見た。

 近くにあったフライパン返しを手に取り、アヤカシに渡した。

「これで、ひっくり返して。」

「わかった。」

 返事を聞き、トウコは椅子を降りてまたアヤカシの背後から袖をつかんだ。

 少し苦戦しながらも、アヤカシはひっくり返すことに成功し、それを見たトウコは皿の準備を始めた。


「トウコ。」

「何?」

「何と言えばいいのか・・・その、こういうのいいな。」

「?」

 アヤカシの言葉の意味が分からず、トウコは首を傾げた。


「また、やりたい。」

「ふーん。アヤカシは料理が好きなんだね。」

「・・・」

「アヤカシ?」

「また、一緒にやってくれるか?」

 トウコは少し考え、了承した。



 出来上がったパンケーキを皿のままアヤカシに渡すと、皿が足りないと言ってきた。どうやら、アヤカシの中では、トウコと2人で食べるつもりだったらしい。

 その気のなかったトウコは、嬉しそうに皿をもう一枚用意し、アヤカシと2人で食べ始めた。

「おいしい。」

 アヤカシは一言そう言って、後は黙々と食べ続けた。口に合ったようで良かったと、トウコは、思わず微笑んだ。


「ごちそうさま。おいしかった。」

「良かった。」

 トウコは立ち上がり、皿を片づけ始める。そんなトウコの左目をアヤカシは見ていた。であった頃は色の抜けたような色だった目は、今は右目と同じ神秘的な黒だった。


「お前、目を取り返したのか?」

 トウコは、アヤカシに目を奪い返したことを言っていなかった。この状況をみれば一目瞭然だから、いつか聞かれるとは思っていたが、今なのかと驚く。

「奪われたら、奪い返す。そういうものだから。」

 トウコは簡潔にそう言った。

「どうやって、取り返したんだ?アノカミに頼んだのか?」

 その言葉に、トウコの機嫌は一気に悪くなる。人の手を借りなければ、トウコにはそんなことはできない。だが、すべてアノカミにやってもらったわけではない。

 アヤカシは、天使と呼んで気に入ってるトウコのために、目を取り返したと考えているのだろうことはわかった。それが、とても腹立たしい。


「アノカミには手伝ってもらった。けど、奪い返したのは私自身だよ。私は、確かにアヤカシたちに比べれば弱いよ?でも、侮らないで。弱ければ、弱いなりに考えて強者にだって勝てるの。」

「悪かった。気に障ったようだな。それで、どうやって奪い返したんだ?」

 トウコは言葉に詰まる。トウコのやったことは、弱者のやり方で、それをアヤカシに話したくはなかった。でも、言わなければアノカミに取り返してもらったのかと思われるだろう。それも嫌だ。


「・・・」

 アヤカシは、のどが渇いたようで、トウコの用意したお茶をすすっていた。人にこんな質問をしてのんきなものだと思う。

「・・・寝込みを襲ったの。」

「ぶふっ」

 アヤカシは茶を吹いた。すべてを吹いたわけではないので、口に残った茶を飲みこんだアヤカシは、声を荒上げた。

「お前、何ということを!?」

「卑怯だってことはわかる。でも、それぐらいしか思いつかなかった。」

「しかし・・・そんな、襲うとは・・・逆に良く思いついたな。まだ子供なのに。」

 なぜか頬が赤くなっているアヤカシ。完全に勘違いをしているのだが、そんなことはトウコにはわからず、とんでもないことを言う。

「これくらい、一番最初に思いつく。」

「なっ・・・」

 言葉も出ないアヤカシは、トウコからそれ以上を聞けずそのまま山に帰った。

 後に、アヤカシは、アノカミにぶっ飛ばされる。

「天使に失礼だ。」と。




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