8 愚かな人間
「はい。これにて、終わりの会を終了します。日直。」
「起立。」
音をたててクラスメイト達が立ち上がる。トウコもそれに続いた。
「さようなら。」
「「さようなら。」」
挨拶をし、全員で先生に向かって礼をする。
終わってしまった。
トウコはゆっくり荷物をカバンに入れながら考えた。アヤカシになんと言えばいいのか?この後アヤカシたちと会う約束をしている。当然会った時に、自分が情けない顔をしていたことを尋ねられるだろう。
トウコは、どう答えればいいのかわからなかった。というより、答えたくないという気持ちがある。
アヤカシにライバル意識があっただなんて、実力が伴っていないトウコには言いづらかった。何と思われるか。もし、トウコがクラスメイトに同じことを言われたら、内心鼻で笑う。
嫌だ。アヤカシに鼻で笑われるのは嫌だ。ならどうするか?嘘をつくしかない。
「だめだ。・・・あいつがいる。」
トウコは、心の読める妖、アノカミのことを思い浮かべた。わざわざアノカミが、嘘を指摘するとは思えないが、あの妖は何を考えているのかわからない。自分のことを天使などというし、心の中が読めるのならトウコの本性はわかっているはずなのに、天使とか意味が分からない。
気づけば、教室に残っているクラスメイトはほんの数人だった。
いつまでもこうしていては不審と思い、トウコは教室をでて・・・悲鳴を上げそうになった。
開け放たれた教室の扉の影に、アヤカシがいたのだ。
必死で上げそうになった声を押し込め、何事もなかったようにトウコは歩き始めた。その後にアヤカシも続く。
通学路の人気がないところまで来た。その間、トウコは必死に頭を回転させ、言い訳を考えた。
「トウコ、ここまでくればいいか?」
アヤカシの言葉に頷き、トウコは考えたことを話し出した。
「朝のことは、アヤカシが来たことが悲しかったの。」
ぐっと息の詰まったようなアヤカシ。今までに見たことがないほど情けない顔をした。ただでさえ嘘をつくのに罪悪感があるのに、さらに罪悪感がつのる。
「俺に来て欲しくなかったか?邪魔なのか、俺は?」
「違う。アヤカシが、私が約束を破ると思って、私に会いに来たのかと思って。信用されてないのかと思って。」
「約束?・・・あぁ、パンケーキのことか。」
「うん。違うの?」
トウコは、上目遣いでアヤカシを見た。
「うっ・・・違う、違うぞ。お前が約束を破るなんて、全く思いもつかなかった。俺は、お前を信用している。」
思いのほか、アヤカシの言葉はトウコの胸を高鳴らせた。信用している。その言葉が嬉しい。自分が認めて、憧れた相手に言われるその言葉の破壊力はすごかった。
「ありがとう。・・・あの、パンケーキはもう少し待って?まだ作る準備ができていないから。」
「急ぐ必要はない。だが、一つだけ。」
アヤカシはトウコから少し目をそらして呟いた。
「用など、なくていい。だが、山に来て欲しい。頻繁でなくてもいいから。いや、来たいというなら、毎日来たってかまわないし、来てくれ。うん、来い。」
アヤカシの言葉の意味が分からず、トウコは首を傾げた。
「お前がいないと、なんだかつまらなくてな。お前が来ないのなら、俺がお前のところに行くぞ?迷惑だろう?だから、来い。」
「別に。迷惑じゃないけど?」
「え?」
「いつでも来ていいよ。人前では話せないけど。」
「いいのか?」
「いいよ。逆になんでダメなの?」
「・・・そうだな。確かにそうだ。なぜ俺はだめと思ったのか?わからんな。」
トウコはなんとなくむず痒い感じがした。嫌な感じはしない。でも、一気に駆け出してしたい気分だ。しないけど。
上空にポツンと黒い影があった。少し長い青い髪を持つ男、アノカミ。
「良かったね、天使ちゃん。」
視線の先にある、小さな背中に呟き、アノカミは町の方へと目を向けた。
「あとは、こっちの問題を片づけないと。」
「やはり、砂利採取するのがいいですね。あの山には人を近づかせない何かがありますし、人が来なければゴルフ場を作っても意味がありません。」
「なんでも昔、神がいたとかなんとか。」
「山神なんて、すべての山に共通するものだろうに。普段オカルトなんて興味もない癖に、なぜこういうときばかりしり込みをするのか。」
大きな長方形の机を囲んで座る男たち。彼らが話しているのは、アノカミの住む山を有効活用するという話だった。人間からすればの有効活用だが。
ため息をつくアノカミ。
「僕も落ちたものだね。いや、これが本来の僕の扱いか。ただの妖の僕への。」
会議をしているらしい男たちの意見は、砂利採取でまとめられそうだった。アノカミは、以前見た別の山を思い浮かべる。
そこは、小さな神と弱い妖の住む山で、採石とかなんとか言って、人間たちが山を削っていき、最後見たときには山の三分の一がなくなっていた。
木々は切り倒され、あらわになった山肌は、人工的に削られたとわかる有様。とても心をえぐられる光景だった。アノカミの山もそうなるのかもしれない。
勝手に祭り上げられ、山の神に仕立て上げられた。ならば、山はアノカミの物であるはずだ。それを奪うというのなら・・・
「今は・・・見逃してあげるよ。」
この場の誰にも聞こえない呟きを残し、アノカミは会議室を後にした。
アノカミの山は、どこかの山とは違い、強い神と強い妖の住む山。
一昔前まで、アノカミへの供物として、人間が贈られるほどの神を敵に回した人間がどうなるのか、それはすぐにわかることとなった。
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本編完結済みの「門番天使と悲劇の少女」もよろしくお願いします!