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6 私は人の子



「今日は、晴れだな。」

 義務的にポツリとアヤカシは呟く。

 つまらない。とアヤカシは思った。トウコと別れてから5日が経つ。パンケーキをもらう約束をしているのだからいつか会える。それはわかっているのだが。

「なぜ来ない?」

 パンケーキが用意できなかったのか?だとしても来て欲しい。用がないのだから来ないのだろうと予測はつくが。

「だとしても、来ればいいのに。」


「なんだ、天使はいないの?」

 呟いたアヤカシの前に、アノカミが現れた。木の上に座っているアヤカシと違い、こちらは足の下に何もなく、宙に浮いている状態だった。

「お前、人に見られたらどうする?」

「見えたら面白いだろうね。でも、残念ながら多くの人は僕らの姿が見えないよ。それに、ここに人間が訪れることは昔から少ないし。」

「そうだな。」

 ここは人の世界でない。そう本能で感じるのか、人間がこの山へ立ち入ることは少なかった。おかげでこの山の環境は壊されず、何百年とそのままだ。


「だが、最近妙なんだ。」

 アノカミはまじめな顔をして、そう切り出した。

「妙?」

「山に登ることはないのだが、山を見に来る人間がいてね・・・こんな山の方まで来て、山には登らない。おかしいと思わない?」

「・・・近づいてみたら何かを感じてやめた・・・そんなところじゃないのか?」

「そうだといいけどね。でも、一人二人じゃなくてね。ま、人間のやることは僕らにはわからないし、理解できないことばかり。放っておくしかないか。」

 あきらめた様子のアノカミを見て、アヤカシは提案した。

「また、町におりてみるか?何か噂話を聞けるかもしれないぞ。」

 アヤカシは何度かアノカミと町に繰り出したことがあった。そこまで頻繁でないし、もともと人間に興味がないため、今の時代のことを完全に理解しているわけではないが、一応「今の世の中」を知るために行った。


「いや、そこまでする必要はないよ。それに、シロは天使を待つっていう重要な用事があるじゃないか。」

「いや、ま。そうだな。」

「君たちは、お似合いかもね。」

「は?お前、トウコのことを気にいていたようだが、そんなことを言うということは違うのか?」

 デレっと、アノカミの顔がだらしなくなり、アヤカシはぞわっと鳥肌が立った。


「気に入っているよ。本当に、あの子は僕の理想。天使だね。容姿も可愛らしくて、天使だね。うん。総合すると、あの子は天使なんだ。」

「お前、天使ってことしかわからないぞ、その言葉。」

「天使だからさ。」

「はぁ、だめだなこれは。」

 その言葉を聞いて、アノカミは笑った。

「君も、もうだめだよね?ま、僕は君を応援するから安心して。僕は、あの子とは格が違いすぎるから・・・あぁ、なんで、僕は神なのだろうか。」

「それは、お前がそう生まれてきたからだろう?仕方のないことだ。」

「ははっ。最初から神だったら、嘆いてなんかいないと思うよ。僕は、人間に祭り上げられた、ただの一匹の妖だ。神になんてなりたくなかった。」

「そうだったのか。それは知らなかった。お前は会った時にはもう神だったからな。」

「会ったときか。懐かしいね。・・・と思ったけど、もう忘れちゃった。」

「おい。」

「ごめんごめん。でも長く生きていると、昔の記憶なんか霞みたいに消えてしまうんだよ。特に僕なんて、相手の心を読める力があるし、情報量が半端ないんだよね。」

「どれは大変そうだな。だが、考え方によってはその方が幸せなのかもな。忘れたいことをいつまでも覚えているより、他の思い出に埋もれて、いつか忘れた方が幸せだ。」

「何?忘れたいことでもあるの?ミョウガでも食べたら?」

「あれは匂いがだめだな。大体それは迷信だろう?」

 だが、それを食べて忘れられるのなら、俺は匂いを我慢してそれを食べるだろうか?


「本当だとしても、食べないな。」

「ん?ミョウガのこと?そこまであの匂いが苦手なんだね。僕は好きだけど。」

 話が一区切りついたところで、アヤカシは尋ねた。

「そういえば、お前は何をしに来たんだ?ここにくるなんて珍しいな。」

「わからない?」

 デレっと表情を崩したアノカミに、手を前に出して「もうわかったから、黙れ。」と言い顔をそらした。

 アノカミでさえ待っているというのに、あいつは来ないのか?


 今日は平日。学校に行かなければいけない日だ。

「・・・憂鬱。」

 別に学校に行くことに対して何を思うわけでもないが、アヤカシにパンケーキを持っていくことができないのが残念だ。借りは早く返したいのに。

 パンケーキさえあれば、学校が終わってからアヤカシに会いに行けばいいが、自分で作るとなると、時間の十分ある休日がいい。その方が、母にも自然とお願いできるし。


「時間。」

 時計を見れば登校の時間だ。読んでいた本にしおりを挟み、閉じてランドセルの中にしまった。


「おはよう、トウコちゃん。」

 クラスメイトの女子が挨拶をしてきた。ここは教室。まだ朝の会の前で、みんな思い思いのことをして、自由に過ごしている。

「おはよう。」

 挨拶を返したトウコは、完璧な微笑みを返す。もちろん作った顔だ。何事にも微笑みがあれば、円滑に物事を運べる。

「あっ、猫さん可愛い!」

 女子が言ったのは、ランドセルに着けている、猫のストラップだ。昨日つけたばかりで、真新しい。

「いいな~欲しいな。」

「いいよ。」

「本当!?やった~。トウコちゃん、やっさしー。」

 いつものことだった。彼女は欲しがりのみっともない子で、トウコが新しいものをつけるたびにねだるのだ。


「あぁっ!さんすうのプリント出てたの忘れてたっ!やべー、怒られる。」

 声を上げた男子を見て、トウコは立ち上がりその男子に近づいた。さんすうのプリントをもって。

「はい。早く写したら?確か一時間目だったよね、さんすう。」

「おぉ!サンキュー!」

 お礼もそこそこに、男子は書き写し始めたのを見て、トウコは自分の席に戻った。

 本当に馬鹿ばかり。でも、こんな馬鹿どもでも集まれば脅威になる。もし、いじめられでもしたら大変だ。何と思われようが、はっきり言ってどうでもいいが、いじめられているという状態は、許せるものではない。


「トウコ、助かった。」

 急いで書き写したらしい男子が、トウコの席まで来てプリントを返した。いつも悪いと言って笑った彼は、また同じ過ちを犯すだろう。

 助かった?別に助けたわけではない。だが、助かったと思わせることはトウコにとってプラスだ。それにしても、なぜ助けられたと思っているのか?

 プリントを写しただけで、内容が理解できるわけでもないのに。


 トウコは、クラスメイトを馬鹿でみっともないと思っている。ただ、ここで生活することを義務付けられているので、問題を起こさず無難に過ごしているだけだ。

 にっこり笑う。

「困ったときはお互い様だよ。気にしないで。」

 



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