58 番外編 家族写真
ここから番外編です。
慣れない電車。慣れない人混み。慣れない都会・・・
男は逃げだした。生まれ育った場所から都会へと。
この男は、金を持っている。だが、家族を持っていない。
少し前までは持っていた。奥さんがいて、子供がいた。
この男は、職に就いていない。
少し前までは就いていた。少ないながらも部下を持ち、一目置かれていた。
なぜ、男はそれらを失ったのか。
それは、祟りだと、男の周りの者は言った。だが、男は否定する。
「全く、馬鹿馬鹿しい。」
男は、「不採用」と書かれた紙きれを破り捨てた。
これで何件目か?男の就職先は決まらなかった。
電車を待つという理由もなく、男はホームのベンチに座っていた。その理由を男は答えられない。ただ、誰もいない家が不気味だなんてことは、思うことすら許せない。
帰るか。
そうは思っていても、なかなか立ち上がることができない。一人は寂しい。そんなことを思うのは許されない。
ただ、うつむいて座り続ける男の視界に、目の前を通り過ぎる者の足が入り込み、その小さな足を見て、なんとなく顔をあげた。
「なっ!?」
一瞬。小学生くらいの女の子の横顔が見えた。
黒い髪を2つに結んだ、どこにでもいそうな子。だがそれは、間違えようのない我が子。男の子供の顔だった。
「まっ・・・」
男は素早く立ち上がって、その女の子の方へと足を向けた。
「待ってくれ、トウコっ!」
崖に落ちて、死んだはずの我が子の名を呼ぶ。
ありえない。死んだはずだ。
そう思う暇もなく、ただ衝動的に声を出した。
その声に、女の子は答え、振り返る。
「ん?・・・うわっ!」
しまったという顔をした女の子。その顔を見て、男は違うと感じた。
顔はそっくり。声も。でも、何かが違うのだ。
「あー・・・おじさまは誰ですの?」
ずいぶんと変わった話し方の女の子。その言葉に今度は男がしまったと思う。
これでは変質者だ。
「す、すまない。私の娘に似ていたもので・・・声をかけてしまった。」
「あら、そうですの。では、私はこれで。」
男の言葉を聞いて、まるで逃げるようにその場を離れていく女の子。その背を、なんとも言えない気持ちで男は見送る。
俺のせいで。
いいや、そんなはずはない。神の祟りだなんて、ただの迷信だ。
男は、未練がましく女の子の背を見ていた自分に気づき、踵を返した。
「帰るか。」
今度は本当に帰るつもりで、そう口にした。
「お父さん。」
後から掛けられた言葉。娘の声だ。
男は立ち止まる。
「ごめんね。写真くらい、撮らせてあげればよかった。」
「トウ・・・」
男が振り返ると、先ほどの女の子が走っている後ろ姿だけが見えた。
「まさかな。」
男は懐から手帳を取り出し、その中に挟んである写真を取り出した。
写っているのは、男と、女性、そして先ほどの女の子に似た3歳くらいの子供。笑顔の家族写真だ。
娘に毎年のように写真を撮ろうと言っていたが、いつも断られていた。
だから、娘の写真は、一緒に写っている写真は、小学校に入る前までしかなかった。
それをどれだけ後悔していたことか。
男は、写真の中の女の子の顔を指でなぞった。
「トウコ・・・すまなかった。」




