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56 トウコが欲しい



「もう、誰の所有物にもならない。もちろんトウコ、お前の所有物にもならない。」


「そう。」

 トウコはそれを受け入れた。

 私の手の中にいてくれないのなら、その隣に必死にしがみつけばいい。別に、離れ離れになることではないのだからと。


 ただ、ぽっかりと開いた心の穴は、うまく埋められそうにないと感じた。


「ふ~ん。じゃ、クロだけがトウコのものだね。」

 トウコに抱き着いて、上機嫌に笑うクロ。

 それを見て、いつものアヤカシなら不機嫌になるが、今は微笑んだ。


「アヤカシ?」

 トウコが不安そうに名を呼ぶ。


「トウコ。」

 とても真剣な目で、アヤカシはトウコを見下ろしていた。


「俺は強くなった。トウコなんて、足元にも及ばないほどだ・・・ま、アノカミほどではないがな。」

「わかってるよ。」

 まさか、という不安がよぎった。今まで強さにこだわった様子がなかったアヤカシだが、力が強くなりすぎて価値観が変わり、もうトウコのような弱い者と一緒にいられないと感じたのだろうか?


「格が違うと・・・思うか?」

 その言葉にトウコは胸が苦しくなった。

 格が違う。違いすぎる。


 以前、最初に出会ったころは、トウコがネズミなら、アヤカシは家といったくらいの力の差だった。だが今はどうだろう?


 トウコが蟻なら、アヤカシは城だ。シロだけに・・・


 普段は言わない親父ギャグを頭に思い浮かべるほど、トウコは突然のアヤカシの変化に混乱していた。


「ち・・・違う。格が・・・違いすぎる。」

「そうだな。アノカミも、いつもそれですべてを諦めていた。お前とあいつはよく似ているな。」

 それはトウコも思っていた。格は違えど、その在り方は似ていると。

 特別な存在で、周囲の期待や願いに応えなければならないところなど、本当によく似ていると思った。


「トウコ、お前は強き者に従うな?。」

「うん。」

「ならよく聞け。・・・今から言うのは命令ではない。だから、自分に正直になって欲しい。」

 その言葉の意味が分からず、トウコは首を傾げた。


「格とか、強い弱いなんて、俺には関係ない。そう、昔から俺はそうだった。弱くなったせいで心まで弱くなっていたようだな・・・いいか、トウコ。俺は、格が違うとか、そういうので自分の欲しいものを諦めたりはしない。」

「それは、アヤカシらしいね。」


「そうだな。だから、俺はトウコが欲しい。守ってもらうだけの所有物より、トウコを守る主人になりたい。」

 トウコの不安は消えた。その代わりちょっと怒りがわく。なんでいつもこう不安にさせるのだろうと。前置きはいいから、さっさと結論を言って欲しい。それだけが、トウコの必要とするものだ。


 でも、もう不安に思うことはないだろう。


「私が欲しいの?」

 トウコは聞き返した。もう一度アヤカシからその言葉を聞きたいがために。


「あぁ。」

 そっけなく返すアノカミにほほを膨らませ、睨みつけて抗議する。


「どうした?なぜ怒る?」

「私は、もう一度言って欲しかったの。それくらいわかって欲しい。」

「そんなこと、アノカミではないのだから、わかるわけがないだろう。」

「でも、もうわかったでしょ?」


 アヤカシはため息をついて、もう一度自分の思いを口にする。

「トウコが欲しい。俺のものになってくれ。」


 トウコはアヤカシに抱き着いた。そして、満面の笑みを浮かべ、はっきりと言った。

「いいよ。これでずっと一緒だね。」


 アヤカシの心は、完全に満たされた。この暖かなぬくもりのすべてが自分の物。それだけで満たされる。もう、離れない。ずっと一緒だ。


 抱きしめ返すアヤカシが、自らの満たされた心に満足していると、殺気のようなものを感じて、顔をあげた。


 目の前にあるのは自分と同じ顔。

「なんだ、クロ。」

「・・・すごく不本意だけど、クロはトウコのものだから、トウコの主はクロの主でもある。だから、ものすごく嫌だけど、黙って2人の抱擁を見守っている。」

「これは、見守っていると言わない。睨みつけているだ。」

「それは仕方がない。いくら主でも所有物の心は変えられない。」

「それは、そうだろうな。わかった、その視線・・・殺気だな、甘んじて受けよう。」

 同じ顔をして睨み合う2人を見て、トウコはくすくすと笑った。


「本当、仲がいいね。」

「「よくない!」」

 声がそろってしまっては、否定のしようがないように思われ、2人はがっくりと肩を落とした。



「・・・すごく幸せだよ。だから・・・」

 トウコは右手でアヤカシの手を左手でクロの手をつないだ。

「アヤカシ、クロ・・・アノカミに会いに行こう。きっと、アノカミは待っているから。」

 自分だけが幸せになるのは、胸が苦しかった。自分と似ているアノカミ、自分が孤独にしてしまったアノカミにも、幸せになって欲しい。

 そのために、会いに行こう。


「そうだな。トウコがそう言うのなら、そうなのだろう。しかし、俺はあいつに捨てられた身。俺はきっと必要ないだろうから、トウコだけ行けばいいだろう。」

「もう一緒にいようって約束を破るの?」

「いや。ま、そうだな。一緒に行くか。」

「クロも行くよ。アノカミのことは、なんか嫌いだけど・・・孤独は、もっと嫌なことって知っているから。」

「クロ?」

「ま、クロは記憶がないから、なんで知っているかわからないけどね?」


 トウコは足を止めた。


「そっか。」

 何の悩みも抱えていないようなクロの言葉を聞き、トウコは理解した。


 ニコニコと笑うクロ。難しい顔のアヤカシ。その2人に挟まれるトウコ。ここにはいない、孤独な神、アノカミ。レオにだって、きっと何かがあった。生きているのだ。それは当たり前のこと。

 なぜ自分ばかりが我慢をしないといけないのか。そんなことを考えたこともあるし、自由な周りに嫉妬もしていた。だけど、トウコは理解した。


 自由に見えたって、笑って楽しそうでも、辛く悲しいことはあるだろうし、我慢もする。それが生きるってこと。


 自分は特別だと育てられてきたが、今思えば何も特別なことなんてなかった。


 ただ、そう思い込んでいただけ。みんな違うのだ。だから、トウコが特別ならみんなが特別で、それが普通なこと。


 アノカミだって、別に特別な存在じゃない。


 だから、孤独じゃない。


 もしアノカミが孤独なら、みんなが孤独だ。


 だって、誰一人として同じ存在なんていやしないのだから。


 トウコの罪悪感は消えた。だから、笑って会いに行ける。大好きなアノカミに。




 小屋の中、一人茶をすするアノカミはクスリと笑った。

 トウコの心が読めてしまって、自分が特別な神であるということが、重荷ではなく普通のことだと気づかされた。


 扉が開く。


 扉に背を向けていたアノカミは振り返った。


「お茶でも飲む?」


 その瞳に孤独な寂しさはない。


「お前は・・・のんきだな。」

「シロは帰ってね。僕はトウコを誘っているのだから。」

「お前!?」

「・・・また読んだ?」

 嬉しそうなアノカミを見て、微笑みながら聞くトウコにアノカミは頷いた。


「その考え方にのってあげるよ。君の願いを叶えるためにね。」


 アノカミが孤独を感じませんように。


 それは、トウコが先ほど神に祈ったこと。自分の考えを受け入れて、孤独だという暗示を解け・・・そんな思いが詰まったものだった。




次で最終話です。

その後番外編を載せる予定で、今のころ2話書こうかと思っています。

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