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54 誕生



 アヤカシの去った家で一人、アノカミは茶をすすっていた。

「寂しくなったね。」


 アノカミ以外誰もいない小屋は、小さい小屋なのに広く感じられた。つい最近までいた、小さな妖を思い浮かべる。


「さて、次の試練は乗り越えられるか。」


 次の試練、それはトウコが知らずに招いたもの。

 トウコはそれに気づかなかった。アヤカシがこんなにも早く、数時間で目覚めたことを、疑問に思わなかった。力を使い切ったものが、こんなに早く目覚めるのはおかしいと疑問に思うべきだが、嬉しくてそれどころではなかったのだろう。そして、アヤカシの力が少しずつ大きくなっていることも気づかない。


 試練、そう言ったことにアノカミは笑った。

「・・・いや、愚問だった。こんなの試練のうちに入らないだろうね。」


 目を閉じたアノカミは、自分の中の強大な力が徐々に増えていくのを感じ取る。だがそれもいつまで続くのか?




 トウコは目を覚ました。木製の天井ではなく、ごつごつとした岩の天井が目に入り、ここ2、3日洞窟で眠っていたことを思い出す。

アノカミと顔を合わせづらく、トウコたちはここで寝泊まりをしていた。


「起きたか。」

「うん、おはよう。」

 体を伸ばしながら挨拶をするトウコを、暖かい目で見守るアヤカシ。それを遮って現れたのは、アヤカシと同じ白い髪と赤い瞳のクロ。


「おはよう!トウコ。トウコが寝ている間つまらなかったよ。こんなおじさんと2人きりって、なんの罰ゲーム?」

 トウコは人間としての生活が抜けきらないのか、夜になると寝るが、妖は基本寝る必要はないようで2人もずっと起きている。2人で何をしているかわからないが、それなりに楽しんでいるようにトウコは感じていた。


「ごめんね。私もいつかずっと起きているようになると思うから、それまで我慢してね。」

「わかったよ。そうだ!木の実食べる?クロが採ってきたんだよ。」

「食べる。ありがとう、クロ。」

「うん。」


 トウコが望んでいた生活は、続いていた。いつか、アノカミとも顔を合わせて、4人で楽しく生活していきたいと思っている。アノカミが寂しがり屋なのをトウコは知っているから。

 アノカミを孤独な神にしてしまったのだから、せめて一緒にいてあげたいとトウコは思っているが、なかなか気まずくて顔を合わせられないのだ。



 3人は散歩がてら、人間の方ではトウコが死んだことになっている崖に来た。そこには、風に飛ばされそうになりながらも、その場にとどまっている花束があった。


「レオ君・・・かな?」

「なんだあいつ、性懲りもなくまた来たのか。」

 レオが約束通りトウコに会いに来たのは昨日のことだ。トウコの返事を期待することなく、レオは自分のことを話していた。その話のおかげで、トウコが起こした現象が集団幻覚だか集団パニックだとか判断されたことを知る。


「さすがに2日連続は来ないでしょ?それに、レオが来た気配なんてしなかったし・・・来たらクロが教えることになっているからね、レオの気配を逃すことなんてないよ。」

 レオが一人演説になってはかわいそうなので、トウコは意外に何でもできるクロに、レオが来たら教えて欲しいと頼んである。

「なら、誰だ?」


 トウコは、花束の前まで来て、メッセージカードが添えられていることに気づく。しゃがんでそれを取ると、カードを開いた。


 さようなら


 そう一言書かれていた。馴染み深い字に、まさか、と思ったトウコは改めて花を見る。そこには、トウコが好きでない紫色の花や匂いが嫌いなユリが束ねてあった。リボンや包装紙も紫で、全体的にトウコが嫌いなものを集めたという感じがする。


「・・・」

「何が書いてあったのだ?」

「別れの挨拶。私、あの人のことが最後まで分からなかったよ。母親なのに。」

「そうか。俺も両親のことは最後まで分からなかった。顔すらな。」

「はーい!クロもだよ。クロは昔の記憶がないから!でも、なんかアノカミは嫌いなんだー。なんでかわからないけど。」

「ふふっ。なら、顔を知っているだけましかな。」

 トウコは花束の包装紙を外し、花を崖から落とした。風にさらわれて、どこかへと連れていかれる花を見守るトウコに、いいのか?とアヤカシはたずねる。


「うん。だって、あの花好きじゃないし。山にあげる。でも、包装紙は環境汚染になるから、仕方なく私がもらっておく。メッセージカードも一緒にね。」

「そうか。」

 アヤカシはトウコの頭を優しくなでた。そんな2人を見て、クロはトウコに抱き着いた。


 暖かいと感じる。


 それは、手にあるメッセージカードも同じだった。



「もう行こうか。お昼だし・・・木の実でも取りに行こうよ。」

 歩き始めたトウコに、クロは隣に並び歩き言った。

「うん。クロ、木の実採るのうまいよ!」

「知ってるよ。だって、ここ数日食べきれないほどの木の実を採ったもんね・・・あ、そうか。あれがあるんだった。よし、まっすぐ帰ろうか。」

「えー、木の実採るの好きなのに・・・ま、仕方がないか。」

「そうだよ、腐ったらもったいないもん・・・アヤカシ?」

 いつもなら会話に入ってくるアヤカシが黙っているのに気づき、トウコは後ろを歩いているはずのアヤカシを振り返ってみた。


 そこには、何かがいた。


強い何か、としか最初認識できなかった。でも、それがアヤカシとわかったトウコは驚いた。自分より弱かったはずのアヤカシが、今では遠い存在に感じられた。


アヤカシは、元々白かった顔が青白くなり、髪と肌の区別がつかないほどに白くなっていた。赤い瞳は見開かれ、口はパクパクと意味のない開閉をしている。


「アヤカシ・・・?ど、どうし・・たの?」

「・・・」

 何も答えないアヤカシのかわりに、クロが答えた。


「負の信仰だね。」


 クロの声はアヤカシの耳に届かない。


 アヤカシの頭の中で、今まで聞いたことのないほど多くの、人の声が流れ込んでくる。


神様


神様


神様


どうか殺さないで


祟らないで


神様


神様


 神様!




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