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53 アヤカシが欲しい



 少し前までは、ひとっ飛びで目的の場所へ行けたが、今は人間と同じように自分の足でのろのろと行くしかない。

「もうすぐだな。」


 夕日で赤く染まった木々は、いつも見ていた景色なのに違って見えた。

 なぜかと思えばそれはすぐにわかる。視点が違うのだ。いつも上から見ることが多かった景色を下から見ている。それだけで随分と違うものだ。


 いつも朝日と共に木の上に登り、空を見ていた。今日は夕日と共に、最後の思い出として空を見ようと思い立ったアヤカシは、いつもの木の方へと向かっていた。

 そして、目的の木が見えたとき、その木の下に小さな人影を見つけて足を止める。


「トウコ。」

 すぐにその人影がトウコとわかり、嬉しい思いと恐ろしいという感情があふれ出す。


 今の自分を見て、トウコはどう思い、どんな言葉を自分にかけるのか?


 その言葉は、自分を傷つけるものなのか?


 怖くてどうしようもないアヤカシは、トウコに背を向ける。

 もっと見ていたい、話したい、触れたい、一緒にいたい。そんな思いを押しつぶす恐怖。きれいなままの思い出でいたいと考える弱さが、トウコに背を向けさせた。


 だが、そんなアヤカシの背に、声をかける者がいた。一人しかいない。トウコだ。

「アヤカシ?」

「・・・!」

「アヤカシ・・・だよね?」

 少し自信なさげに言うが、アヤカシだと確信を持って、トウコはその背に声をかける。


「よかった。あのまま目が覚めなかったら、どうしようかと思った。」

 トウコがアヤカシに近づいてくるのを、アヤカシは気配で感じ取り逃げだした。


「え?待って!」

 驚き叫ぶトウコを置いて、アヤカシは走る。

 目指すはこの山ではないどこか。


 アヤカシを止める言葉を嬉しく思いながら、それ以上の言葉が怖くて聞けない。だから、逃げる。


「アヤカシ!」

 アヤカシを求める言葉は、アヤカシが求めていた言葉。それでも足を止めず、走ったアヤカシの耳に、トウコの声はだんだんと小さくなる。


「嫌だ!なんで逃げるの!?」

 トウコも小さい足で一生懸命アヤカシを追いかけた。

 しかし、体の大きさも山歩きの経験も少ないトウコは、追いつけない。どんどん2人の距離は開いていく。


「やだ。やだ!アヤカシ!待って!」

「・・・!」

 泣きそうな声色でそう言われれば、足を止めたくなる。しかし、恐怖が足を止めさせない。トウコの言葉に傷つけられる未来が怖い。


「なんで?一緒にいてくれるって言ったよね!ずっと一緒だって!」

「・・・!」

 アヤカシは足を止めた。恐怖に勝る希望がある気がしたのだ。


「アヤカシ。」

「・・・俺と、一緒にいてくれるのか?」

 アヤカシは背をトウコに向けたまま、いつもより弱弱しい声でそう聞いた。


「だって、そう約束した。あなたもそう望んだよね。私もそう望んで、約束した。・・・それとも、もう望んでいないの?私と一緒にいたくない?」

「一緒にいたいに決まっているだろう!」

 怒鳴るように言うアヤカシに、一瞬怖気づいたトウコだが、だんだんと怒りがわいてきて怒鳴り返した。


「なら、なんで逃げるの!?待ってって言ってるのに!アヤカシが待ってくれなきゃ、私は追いつけない!追いつけないと、一緒にいられないよ!」

「・・・追いつけないのは、俺の方だ。」

「何を言っているの?」


「俺は・・・弱くなった。」

 とても重大なことを告白するように言ったアヤカシは、言ってしまったという後悔が襲ってきた。弱くなったことについて、これでトウコは答えるだろう。たとえ、アヤカシの望む答えでなくても。


「知ってるよ。」

 呆れたように言うトウコの、その先の言葉が怖い。知っているから、別れを言いに来た。そんなことを言われそうで。


「だから、言いたいことがあるの。」


 心臓が嫌な音をたてる。妖なのに。胸が苦しい。息が苦しい。


 トウコは何を言う?


 決まっている。別れだ。


「聞きたくない。」

「そう。それでも私は言いたいの。アヤカシ、あなたに選択権はない。」


 すぐそばに聞こえる声。アヤカシは驚いて振り返ると、いつの間にか真後ろにいたトウコと目が合う。


「私は、アヤカシが欲しい。だから、あなたを私のものにする。」

「は!?」

 信じられない言葉を聞いて驚くアヤカシにかまわず、トウコは話し続けた。


「一緒にいられるだけでいいと思っていたの、最初は。でも、アヤカシがアノカミのものだったせいで、一緒にいられなくなったとき、一緒にいるためにもアヤカシを私のものにする必要が出てきた。」

「・・・トウコは俺と一緒にいたいのか?」

「うん。前からそう言っているよね?それで、私のものにするには、私が強くなるしかないと思ったの。強くなって、自分の物を守れるようにならないと、奪われてしまったらそれで終わりだから。」

「トウコ・・・」

 アヤカシは、トウコから求められていることを理解し、嬉しく思いトウコを抱きしめた。


「アヤカシ?」

「トウコ・・・ずっと一緒だ。」

「それは、私のものになるということ?」

「あぁ。一緒にいられるのなら、それでいい。それに、選択権はないのだろう?」

「ふふっ。そうだよ。だって、私は絶対あなたを手に入れたいと思っているから。たとえ、どんな手を使ってもね。」


 トウコは、アヤカシの背に自らの手をやり、アヤカシを抱きしめ返した。


「アノカミがあなたを捨てたとき、すごく怒りがわいた。あなたがきっと、すごく傷つけられただろうから。でも、同時に嬉しかった。アノカミのものには手を出せないけど、誰のものでもないなら、手に入れられると思ったから。」

「トウコ。俺は嬉しい。俺はずっと求められたかったようでな。求められるのが本当に嬉しい。ありがとう。」


 トウコは顔をあげてアヤカシを見た。血のように赤い瞳が、きらきらと光っていた。

「きれいな瞳。」

「気に入ったのなら、もっと近くで見るか?」

 そう言って顔を近づけたアヤカシのほほに手を添えて、トウコは赤い瞳を覗き込む。


「アヤカシ、目をつぶって。」

「いいのか?目が見たいのだろう?」

「うん。でも、もっとしたいことがあるの。」

「わかった。」


 おとなしく目をつぶったアヤカシに、トウコは唇をアヤカシの左瞼に軽く押し付けた。


「あなたの目を食べれば、私はあなたになって、全てを手に入れられるし、もう奪われないって知っているの。」

「トウコ?」

 目を開いたアヤカシの瞳にトウコの笑顔が映る。


 トウコの左目は色の抜けたような白。それは、コトメという妖に目を食べられた影響だった。それを見て、アヤカシは気づく。


「あぁ、お前はコトメの妖だったのか。」


 トウコが妖になってそれなりの時間が経った。人間のような気配は一切消え、鈍感なアヤカシでも今のトウコが妖のコトメであることがわかった。


「欲しいって言ったら、その目をくれる?」


 無邪気にそう言ったトウコに、アヤカシは笑い返して頷いた。


「お前がそれを望むのなら。」


 笑った表情のまま、トウコを見つめた。


「ありがとう。」


 トウコも笑って、アノカミに、その目に口を近づけて・・・




 動きを止めた。そして、離れる。


「どうしたんだ?」


「ありがとう、嬉しいよ。でもね、私の中にあなたがいるより、私の隣にいてくれる方が嬉しいの。だから、どうか私の手を離れないで。」


 小さな手で、アヤカシの大きな手を握る。


「ずっとこの手を離さないで、隣にいてね。約束だよ?」


 アヤカシはその小さな手を優しく握り返した。


「あぁ、約束だ。」




 こうして、何千年と生きたアヤカシは、小さな妖トウコのものとなった。

 




それは永遠に続くものだと、この時2人は思っていた・・・




評価・ブクマしてくださった方ありがとうございます!

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もうすぐこの物語も終わりですが、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。

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