52 捨てられたもの
目を開ければ、木製の天井があった。居心地の良さでアノカミの家であることが分かると長い息を吐きだした。
赤い瞳をしばたかせて、アヤカシはこの状況について考えた。
そして、すぐに思い出しレオの顔が浮かんだ。
レオには世話になった。
白い石の姿という、何の役にも立たない俺を励まし、助けてくれた。一緒にトウコを救うために、力を合わせた。
そんな人間だったから、俺はレオのためにレオが見えない世界を見せた。その必要はないと思っていたが、レオが見たいと望んだから見せた。
レオがずっとと望むなら、トウコの姿がずっと見えるようにしてやろうと思った。
しかし、俺は力が有限だということを忘れていた。まさか、力の使い過ぎで倒れるとは。
石の姿になってから極端に力が減ってできることも少なくなった。それを忘れて、今までのように力を使ってしまったのだ。
「弱い・・・」
手を目の前に出せば、何千年と使ってきた体だとわかる。石の姿ではない。
しかし、自分の中の力を感じようとすれば、それがマッチ棒の火のような小さなものだと
わかり、元に戻ったわけではないことを理解する。
起き上がり、周囲を見回すが、誰の姿もなかった。望んだ小さな体もない。
弱いからか?
そう思ったのは、トウコが強くなることを望み、アノカミの強さにあこがれを持っていたのを知っていたから。
一緒にいたいと言ってくれた。
一緒にいたいというアヤカシに、同じ気持ちを返したトウコが脳裏に浮かぶ。しかし、次に浮かんだのは、アノカミに抱っこされたトウコ。
「・・・力がないのなら、ただ邪魔なだけ。」
その言葉は、トウコの言ったもので、アヤカシの胸を大きくえぐる言葉だった。今の弱いアヤカシにとって、その言葉は自分を遠ざける言葉としか受け取れない。
もし、次にトウコと会ったとき、真正面から「いらない」「邪魔」だと言われたら、耐えられるだろうか?
「弱くなったものだ・・・本当に。」
自分が情けなく落ち込む姿を容易に想像でき、自分の弱さを実感する。
「ここにいれば、トウコは来るだろうか?」
会いたい。今すぐにでも。だが、拒絶されるのは嫌だ。拒絶されるくらいなら・・・
アヤカシは立ち上がり、家を出た。
拒絶されればそれまで・・・拒絶されなければ、いい思い出のままだ。
アヤカシは、拒絶されず、一緒にいたいと望まれた思い出を大切にすることを選ぶことにした。そして、そのためにアノカミの家を出て、もう2度とここへは来ないことにする。
「シロ。」
決意してすぐに、名前を呼ばれたことに驚いた。それに、もう名を呼ばれることはないだろうと思っていたから。なぜなら、捨てられたから。
「アノカミか。」
「僕以外にだれがいるんだ?」
「そうだな。」
「・・・」
「・・・」
気まずい沈黙が2人の間に流れる。
アヤカシは、捨てられた寂しさと失望が渦巻いて、何も言えない。
アノカミは、捨ててしまったという罪悪感から、負い目を感じていた。
「シロ、もう君は、僕のものではないよ。」
「わかっている。」
「君には、悪いことをしたと思っている。ずっと一緒にいてくれたのに、僕は結局君を捨てたからね。」
「わかっている。」
「わかっているならいいよ。もう、君は僕の所有物じゃない。つまり、君は自由だ。」
「自由・・・」
遥か昔に望んだものは、自由だった。けど、それはこんなむなしいものなのか。
俺は、もう手に入らない自由の代わりに、望まれたいと願った。しかし、その願いは叶えられず、捨てたはずのもうどうでもよくなった願いが叶うとは。
「そうか。」
「・・・僕は君を羨ましく思うよ。だから、もう手助けはしない。どうせ君の幸せは約束されているのだからね。」
「何の話だ?」
今の俺が幸せだというのか?
ずっと一緒に生きていたアノカミに捨てられ、一緒にいたいと望んだトウコにはもう会えない。何が幸せだ。
「僕は、さんざん教えてあげた。もう言うことはない。」
アノカミの気配が離れていく。これが何千年も共に生きてきた者との別れか。あっさりとしたものだ。
アヤカシは、特にアノカミの方を見たりはせずに、歩き出した。
この山にも、もういられないな。
なら、最後にあの景色を見るとしよう。




