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51 待ってる



「何してるのっ!」

 トウコの怒鳴り声が、小さな小屋に響き渡る。


「だって・・・こいつが。」

 小さく弱弱しい声で、トウコより大きなクロは背を丸めて呟く。その傍らには、気を失い床に転がるレオの姿が。


 レオがトウコにキスをするのを失敗し、やり直そうとしたとき、クロはトウコの腕を引っ張って、後ろに倒れこむトウコを受け止めた。そして、トウコをゆっくりと床に座らせて、目の前のレオの頭を上から下へと拳をおろし、殴った。

 その攻撃で気絶したレオは、床に倒れこみ、トウコはクロに怒鳴って、今に至る。


「どうするの・・・どうしよう、アノカミ。」

 トウコに聞かれたアノカミは、笑顔で答えた。

「いや、これはこのガキが悪いよ。むしろ拳骨一発で済んだことをこのガキは喜ぶべきだよ。」

 にっこりとまた笑みを深めたアノカミに、ここにレオの味方はいないことを悟った。


「もういいよ。別に命に別状はないんだよね?」

「・・・」

「え?ちょっと、アノカミ?」

「あぁ、別に大丈夫だよ。」

「さっきの間は何だったわけ?驚いた・・・」

「・・・さて、このガキをいつまでもここに置いておくわけにはいかないし、テキトーな場所に捨ててくるよ。」

 そう言って、アノカミはレオを米俵のように担ぎ上げると、すたすたと玄関へ向かった。


「アノカミ!」

 トウコに呼ばれて振り返るアノカミ。トウコは、待って欲しいと思った。こんな別れは嫌だと。最後が、気絶している姿なんて・・・

 しかし、アノカミにひどいことをしたと自覚している身で、わがままを言うのは気が引けたし、ここでアノカミを止めてもトウコには、どうすることもできない。


「・・・ちゃんとしたところに、置いてきてあげて欲しい。人間は弱いから。」

 出た言葉は、そんなたいしたことはないものだ。アノカミだって、冗談で捨てるなんて言っているに過ぎないので、こんなことを言う必要はない。でも、これくらいしか言える言葉が見つからなかった。


「・・・別に、トウコを責める気はないから。遠慮しないでね。」

 小さな声で呟いたアノカミの言葉は、トウコの耳に届いた。

 しかし、トウコが顔をあげると、もうアノカミは外に出て、扉を閉めるところだった。


「・・・」

 トウコは、閉まり切った扉を見つめた後、ゆっくりとその場に腰を下ろした。


「トウコ?」

「クロ。私の周りは優しい人・・・人じゃないのもいるけど、優しい者ばかりだね。嬉しいけど、なんでだろう、ちょっと苦しいな。」

「苦しい?大丈夫?」

 心配そうにのぞき込む赤い瞳を見て、トウコは優しく笑った。


「ありがとう。」

「うん。」 

 クロは、トウコの隣に座って、体をすり寄せてきた。



 トウコの心は、優しいぬくもりに包まれているようで、そのぬくもりを失うのが怖かった。今までそんなもの持たずに生きてきたというのに、それがないともう生きるのが怖くて仕方がない。


 この幸せは、アヤカシから始まった。


 アヤカシ、アノカミ、レオそしてクロ。すべてが大切な者。

 誰一人として失いたくない。


 トウコは、レオの置いていった、白い石を見つめた。

「アヤカシ。」

 名前を呼んでも、返事はない。

 まるで、ただの石ころのよう。


「早く力が回復するといいね。」

「うん。」

「大丈夫、そこにアヤカシはいるよ。クロには感じるから。」

「そっか。なら、いつかきっと会えるよね。」

「うん。アノカミもそう言ってたでしょ?」

「そうだね。」


 白い石をトウコは両手に持つ。


「アヤカシ・・・待ってるね。」

 返事は来ない。トウコにはアヤカシを感じることは出来ない。


 でも、トウコは信じて待つことにした。

 




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