5 奪われたら
人によっては、ちょっとグロいシーンがあります。
注意してください。
遠い昔、母に言われた言葉。
「トウコちゃん。あなたは恵まれているのよ。衣食住に困らないどころか、一着数十万もするお洋服、希少と呼ばれる食べ物を食べることができ、家だってこんなに大きい。これって、恵まれているのよ?」
トウコにはわからない。なぜなら、それは普通のことだから。
「恵まれたトウコちゃんは、可哀そうな人に手を差し伸べる義務があるの。それが恵まれている者の義務だわ。」
そうなのか。トウコは納得するしかなかった。そうしなければ、この家で幸せに暮らせないのだろうから。
父にはこういわれた。
「トウコ。お前は特別なのだ。選ばれた人間だ、欲しいものはすべて与えてやる。だから、外で物を欲しがってはいけない。みっともないからな。」
欲しがることはみっともないのか。トウコは、納得した。父に歯向かうことなど、マイナスなだけで、なんのプラスもないから。
「むしろ、与えてやれ。欲しがるものには、何でもない顔をして与えてやれ。それが、選ばれたものだ。」
トウコが納得し、頷こうとしたとき、父は怖い顔をして続きを言った。
「しかし、侮られるな。お前は、奪われることを許すな。奪われるということは、相手に侮られているということだ。そんな奴はこの家にいらない。」
トウコは、少し考えて頷いた。難しい言葉だったが、理解はできる。つまり、欲しいと言われたら差出し、何も言わずに盗られたら・・・許さなければいい。そして、相手が2度と奪うなんて考えを持たないようにすればいい。
「・・・そろそろかな。」
自宅の廊下、自分の部屋の前でトウコはずっと座って待っていた。体は少し冷たくなっていて、なんだかアヤカシの手が欲しくなった。
立ち上がり、自分の部屋のドアをノックする。
返事はない。
「・・・コトメ、起きている?」
一応確認をしてみたが、返事はなく寝入っているようだと判断した。
「・・・入るよ?」
念を入れて声をかけ、トウコは自分の部屋に入った。
電気はつきっぱなしで、部屋の様子がよく見えた。
コトメは、机の近くで酒瓶を抱えてよく眠っている。寝息まで聞こえてくるので、熟睡しているのだろう。
「・・・のんきだね。」
トウコは、ゆっくりと音をたてずにコトメの傍により、しゃがみ込む。そして、コトメの顔を覗き込んだ。
「確か、私の目は・・・左目だったよね?私の左目の色が抜け落ちているもの・・・」
冷え切った手をコトメに伸ばす。その手は、まっすぐコトメの左目に向かう。
手が触れた瞬間、コトメの手がパシッとトウコの手を払った。
「!?」
「ん・・・あ・・・」
言葉になってない声を上げたコトメは、寝返りを打ってトウコとは反対の方へ顔を向けてしまった。
「・・・はあ。さすがに驚いた。」
トウコは、そのままコトメの顔を覗き込んで、狙いを定めた。
「あなたは、どんな姿をしているの?」
そう言って、トウコはコトメの目を抉り取った。
「いあぁぁあああああ!!?」
血は出なかったが、痛いようでコトメは悲鳴を上げながら目を抑え、のたうち回った。
「め・・・めがぅ・・・いた・・・」
トウコはその様子を表情も変えずに見下ろしていた。
暴れるコトメは危険と判断し、少し離れたところから淡々と様子を見ている。
コトメの姿は変わっていた。黒髪は燃えるような赤い髪になって、背丈は伸び、体系は女性らしいグラマラスな体系。手に覆われていて全体像はつかめないが、顔は整っているように思え、顔はおしろいを塗ったように白かった。
「痛い・・・何!?何なの?」
若干落ち着きを取り戻した様子のコトメを見て、トウコは気づいた。
「手足を縛っておくべきだった。」
「!?」
トウコの声を聞いて、コトメが涙を浮かべた赤い目でトウコの方を見た。」
「あなた・・・いったいどういうつもりよ!」
その言葉にトウコは首をかしげる。
「どういうつもりも何も、奪われたものを取り返しただけ。それだけだよ?」
「諦めるって言ったじゃない!」
「どれだけ馬鹿なの?嘘に決まっている。」
「・・・くぅっ!あなた、こんなことしてただで済むと思うの!?」
コトメは立ち上がって・・・尻もちをついた。
「なっ・・・」
「まだアルコールが抜け切れていないみたい。・・・でも、暴れる元気はあるし・・・」
トウコは考えた。この後どうするかを。
何をするかは決まっているが、それをするとまたコトメが暴れる。それは困る。
考えるトウコを見て、コトメは若干顔色を悪くした。
「あなた、まだ何かする気じゃないでしょうね?」
体の自由があまり効かない状態のコトメは、少し自分が不利と感じているようで、先ほどより元気がなくなった。
「あなたは、何かを奪われたらどうするの?」
「そんなの、取り返すに決まっているじゃない!」
「うん。・・・でも、それだけ?」
「・・・そうよ、それだけよ。」
それだけではない。相手の物を逆に奪ったり、暴力をふるったり、罵ったりする。コトメはそう思ったが口に出さなかった。いや、出せなかったのだ。現状、その行いをされるのはコトメの方なのだから。
「馬鹿なの?奪ったものを奪い返しただけじゃ、また奪われる。大切なことは、相手に後悔をさせ、もう二度と奪うなんてことも考えないようにさせること。」
トウコは、ニィッとコトメに笑いかけた。
「あなたは、どうすればそうなる?・・・いや、もうやることは決まっているけどね。」
「いや・・・やめて頂戴。もうやらないわ。あなたの物には手を出さない。もう、絶対に!だから、ねぇ、もう十分でしょう?」
見下ろすトウコに、上目遣いで懇願するコトメ。そんなコトメを見て、トウコは頷いた。それを見たコトメの目に希望の光が宿る。それを確認したトウコは、言った。
「いいよ。本当にもうやらないよね?」
「えぇ、約束するわ!それに、もう2度とあなたの前に姿を現さないと思うし。」
「そう。」
トウコはゆっくりとコトメに近づいた。その行動の意図が分からず、コトメの表情が凍り付く。そんなコトメにトウコは、手を差し伸べた。
訳が分からず、混乱するコトメは、あることを思い出す。それは、トウコが母に言われたことだ。
「恵まれたトウコちゃんは、可哀そうな人に手を差し伸べる義務があるの。それが恵まれている者の義務だわ。」
あぁ。なるほど。と納得し、コトメはその手を取った。可哀そうな自分に手を差し出すなんて、この子はいい子だなと感心をして、トウコを見上げると・・・
「え?」
なぜかトウコはコトメがとっている手と反対の手をこちらに伸ばしていた。それも、にやりと笑みを浮かべながら。