48 孤独
アヤカシの姿をしたクロとその隣にいるトウコ。
その姿は多くの人間の目に触れずにいた。この場で見えるのは、アノカミとアヤカシ、それにアヤカシと視覚を共有しているレオだけだ。
「トウコ、クロを食べていなかったのには驚いたけど、それが何?今、クロを外に出して、シロの姿をさせたとして、何ができるの?」
トウコを見上げながら問うアノカミを見下ろして、トウコは悲しそうに笑った。
「アノカミ。私、あなたのこと好きだった。」
「好き・・・だった?なんで過去形なの?」
「だって、変わったから。あなたは、私の大嫌いな両親みたいに、私に身勝手に願った。それが私は嫌だったの。」
「それは・・・」
「自覚、あるよね?」
黙り込み、うつむいたアノカミを見下ろしていたトウコは、突然狂ったように笑った。
「はははははっ!でも、いいよ。悲しいけど、今から私はあなたにもっとひどいことをするから。私のこと、嫌いになっちゃうかもね?」
「トウコ?」
顔をあげたアノカミは、笑うトウコと目が合い気づいた。
自分は、憎まれている。
「え、そんな・・・トウコ。」
「ふふふっ。・・・クロ、はい。」
呆然とするアノカミを無視して、トウコはクロに飴玉を与えた。人間に姿を見せられるようになる飴玉。
「何をする気だ、トウコ。」
「・・・あなたを、誰にも追いつけないほど強くする。これで、永遠の孤独を味わうことになるね。」
「嫌だ!やめて、トウコ。」
アノカミは手を伸ばして、トウコを止めようとする遅かった。
「我は、この山の神、アノカミだ。愚かな人間どもよ。」
飴を舐めたクロの声が、この場所で響き渡った。
「我が山を荒らした罪を、今償ってもらおうか。」
神様 神様 神様
頭の中で、耳に届く声で、悲痛な叫びと身勝手な願いが響き渡り、アノカミは頭を押さえてうずくまった。
「くぅ・・・が・・・」
「神様!違うんです!山を削ったのは、あいつが原因です!俺たちは、仕方なく従っていただけです!」
「むしろ、止めるように言いました!私、やめるように言いました!だから、お助けを!」
好き勝手に叫ぶ人間の中から、一人の人間がクロの前に引きずり出された。
「こいつです!こいつが!」
泥と血で汚れた男が、地面に転がされた。
「父さん。」
トウコは父を呼んだが、その声は届かない。
「何と醜いことか。一人の人間にすべてを負わせるとは、なんと醜い生き物か。これは、全ての者を水の底へと沈めるのがいいだろう。」
クロの言葉に、人々は必死に懇願し、祈りを捧げる。
「ぐうぁ!もう・・・・もう、やめ・・・」
苦しむアノカミに気づかず、人々は身勝手に願い続けた。
トウコはその様子を見て、クロ頷いて終わらせるように促した。
「いいだろう。」
「今回だけは見逃してやろう。ただ、次この山に手を出したとき、本当の災害が訪れ、お前たちのすべてが地獄へと落ちることになる。肝に銘じておけ。」
そう言って、クロは飴を吐き出した。
「消えた・・・」
最前列の男がそうつぶやいた。そして、少しの間があった後、「助かった」という声が聞こえ、その声は歓声に変わる。
「できすぎて恐ろしいね。」
「そうだね。さっきトウコが力を込めた玉のせいかな?」
「ま、幻覚を見せるくらいだからね。」
トウコたちは、町を見下ろした。
そこには、水に沈んだ町などなく、いつもと変わらない光景が広がるばかりだ。
「うぅ。」
うめき声に、トウコはアノカミを見下ろした。
アノカミはうずくまって、冷や汗を流している。情けない姿だが、彼の力はさらに強くなり、アヤカシもトウコも決して追いつけないものとなった。
トウコは、クロによって石から降ろされて、アノカミの傍へ寄りしゃがみ込んだ。
「アノカミ、これであなたは一人だね。」
「・・・そうだね。これは・・・もう、諦めるしか、ない、や。」
その顔は、苦しげだったがトウコの好きなアノカミのものだった。どこか恐ろしかったアノカミの影は、もうどこにもない。
「ごめんね。私も身勝手だ。」
そっと、トウコはアノカミの頭に手を置いて、慣れない手つきで撫でた。
「優しいね。やっぱり君は、天―ぐふっ!?」
トウコの目の前からアノカミが消えた。
「お返しだよ。」
そうつぶやいたのは、サッカーボールでも蹴ったようなポーズをしたクロだった。
「クロ・・・」
「何?トウコ?」
いい笑顔をこちらに向けてくるクロを見て、そういえばこの子もちょっとおかしかった、とトウコは思い出した。




