47 第三の力
アノカミは、人々が大勢集まった山のひらけた場所に着いた。
人々は困惑し、恐怖や安堵など様々な感情を抱え、神に祈る者が多かった。
神様
神様
神様、お助けください。
普段なら声の多さに頭が痛くなって、動けなくなってしまうアノカミだが、今はトウコを抱きかかえて、しっかりとした足取りで歩いている。
「アノカミ、大丈夫なの?」
「・・・うん。だって、もうすぐ僕の願いは叶う。頭が痛くて辛いはずの声だって、今の僕には気にならないよ。」
「そういうものなの?」
「うん。僕も驚いているけどね。それに、今僕が倒れたらすべてが台無しだから、それだけは嫌なんだよ。」
「そう。」
トウコは、今からやるべきことを思い浮かべ、悲しそうに笑った。
そんなトウコとは反対に、嬉しそうなアノカミ。その笑顔は、トウコを一層苦しめる。でも、やらなければならない。
「今から、君は大きな力を手に入れる。そして、僕と並び立つ存在になるんだ。」
そう言って、ひらけた場所の中央にある白い、アノカミの背丈ほどある石の上へとトウコをのせた。
「飴はまだある?」
「うん。」
トウコはポケットの中を確認して、飴を取り出した。
ここでトウコは、人間たちの目の前に姿を現し、自分はこの山の神の使いだと宣言し、この災害は自分が引き起こしたものだと伝える。
すべては、負の信仰を得て、強大な力を手に入れ、アノカミの願いを叶えるため。
アノカミの格に合った、同等の力を持った者と一緒に永遠を生きたい。
お互いを支える存在を、アノカミは欲していた。
ただ一緒にいるものではだめなのだと、アヤカシと過ごして気づいたアノカミは、自分の本当に望むものを理解した時、絶望した。
アノカミの力は強大すぎて、近くにいる者は誰も届きはしない。叶わない夢なのだと、諦めた。
それが、今日この日に叶う。
それも、好意を抱いている相手が、望むものになるのだ。
「トウコ、始めて。」
トウコを見上げるアノカミに、トウコは最後の確認をした。
「今なら、まだ間に合う。それでもやるの?」
「やめる理由があるの?僕にとっていいことばかりなのに?」
「私の心、読めないよ?」
「なら、教えてくれればいい。それに、今だって読めないよ。」
「私は同等になるんだよ?今みたいにあなたに従わなくなるかもしれないよ?」
「・・・それは、そうかもしれないね。でも、それでもいいよ。従ってくれなくたって、一緒にいられればいい。逃げるなら、どこまでも追いかけていくよ。」
「・・・そう。」
トウコはアノカミから視線を外し、遠い目をした。今までの思い出が次々と浮かぶ。その思い出は、妖になってからのもので、アヤカシ、アノカミ、レオとの思い出が多かった。中でも多いアヤカシの思い出を浮かべた。もっと増えるはずだったアヤカシとの思い出。
「始めるね。」
そう言ったトウコは、目をつぶって自分の中にある、とある力を意識する。その力はトウコに応えるように、ぶるんと震えた。
「準備はいい?」
いつでもいいよ。トウコ。
「トウコ?いったい何を?飴を舐めるだけで、人間たちの前に姿を現すことは出来るよ?別に力を使わなくたって・・・」
疑問顔のアノカミだったが、唐突にその表情を険しくした。
「なんで・・・」
そんなアノカミを無視して、トウコは自分の大切な者の名を呼んだ。
「クロ」
トウコに応えて、姿を現したのは黒い塊。
黒い塊、クロはぶるりと震え、すぐにその姿を変えた。白い髪に血のように赤い瞳、アノカミの姿へと。
「なんで、あの時食べたんじゃ・・・」
驚くアノカミの言葉に、トウコはその時のことを思い出した。
「トウコ、そいつを食べなよ。」
そうアノカミに言われたトウコは、食べるしかないと思ったが、食べたくないという気持ちは強く、どうにか食べなくてすむ方法を考えた。
しかし、その考えはすべてアノカミの読まれているものだと考え、どうしようもないことなのかと諦めたトウコは、思い出す。
「ずっと、人の心の声が聞こえるの?」
「・・・どうなんだろうね。おそらく、全部聞こえているわけじゃないと思う。けどね、神に祈る声だけは、絶対聞こえるみたい。本当にさっきはうるさかった。」
それは、アノカミの力について何気なく聞いた時の答え。
全部聞こえているわけではない・・・かもしれない。
そして、神に祈る声だけは、絶対聞こえる。
どうすればいい?
聞こえていない可能性に賭けて、何か策をめぐらす?運頼りすぎる。運に頼るなら、もっと成功率をあげたい。
絶対に聞こえる声。これを利用できないか?
神に祈る声は絶対聞こえる。なら、同時に何でもない心、つまり策をめぐらせればいいのではないか?
同時に2つのことを考えるしかない。
神に祈ることと、策を考える。難しいことだがやるしかない。
これを思いついたことだけは、アノカミに伝わったかもしれないが、それは仕方がない。もうそこは、諦めよう。
神様・・・神様、神様、神様。
食べたふりをして、服の中に隠す?だめだ、すぐにばれる。
どうか、助けて。神様。
なら、どこに隠す?地面?茂み?どうやって隠せばいいの?
神様、神様、助けて、神様。
そういえば、私は今までクロの中にいた。その間、何日か経っていたようだけど、アヤカシもアノカミも助けに来なかった。なんで?
今助けてくれたということは、助けてくれる気はあったということだ。なぜ、何日も経った?それに、なんで私は、私でいられるのだろう?
吸収されたんだよね?たぶん。
神様、神様・・・お願いです。私を助けて。
体内にいても、吸収されないようにできる?なら、食べても大丈夫?でも、私はその方法を知らない。食べたものは勝手に消化されて、私の力になってしまうかもしれない。
だめだ。私の考えだけじゃ、クロを助けられない。
どうすればいいの、神様。
考えを読まれているかもしれないという緊張の中、トウコは神に祈りながら考えたが、いい案は思い浮かべられなかった。
涙に汚れた顔をクロに向ける。
神様・・・
クロは、トウコを癒してくれた。
取り込まれたときは怖かったし、アヤカシと会えないと知った時は嫌だったけど、クロは大切な・・・友達だ。
クロは、ぶるりと震え優しい声色でトウコに言った。
「大丈夫、トウコ。トウコなら、幸せになれる。クロがいなくても、アヤカシが幸せにしてくれる。」
その言葉を聞いて、トウコは思いついた。
神様。
クロもトウコの心が読める。そして、クロはトウコよりも力があって、使い方も理解している。
お願い、アノカミ。どうか止めて。
クロ、私の中に隠れられる?私に吸収されずに、私の中に入れる?
止めて。お願い止めて。誰か、誰か・・・神様。
できるなら、私の中に入って、吸収されずにいて。私は、あなたと一緒にいたいの。お願い。
そう願い、トウコはクロを食べた。
そして、その願いは聞き届けられ、アノカミにはその願いを知られることなく、叶えられた。




