37 助けは来ない
パチパチパチと、手を打つ音が聞こえる。アノカミがトウコに拍手を送っていた。
「よくできました。」
そう言って、アノカミはトウコを抱きしめ、頭を優しくなでた。
食べてしまった。
「願いを叶えるためには仕方がなかったんだよ?トウコ、悲しいだろうけど、その悲しみと引き換えに君は大きな力を手に入れた。」
大きな力。それがあれば、もう私の物は奪われない。
「そうだよ。辛くて悲しくても、それは未来の幸せのためなんだ。トウコ、よく頑張ったね。」
トウコは、自分の中にクロがいるのを感じた。もう、クロとの思い出は頭に蘇ったりしない。そう、私は強くなる。クロのためにも・・・
次々と浮かぶ、私の物。もう、誰にも奪わせない。そう一つ一つに誓う。
最後に浮かんだのはアヤカシの顔だった。彼は、私の物ではない。彼は、アノカミの物だと言っていた。アノカミが彼の主だと、彼は、アノカミへの供物として捧げられたからと。
浮かびそうになった言葉を必死で押し込める。
トウコの涙は止まり、心が落ち着いたことを確認したアノカミは、トウコを抱きかかえて立ち上がった。暖かいものが込み上げてくるはずのその行為に、なぜか何も感じられないトウコは、悲しくなった。
「今日は疲れただろうから、もう帰ろう。」
「うん。」
トウコは、素直に従う。それしか選択肢はないのだから。人間の時より強くなったと言っても、いまだにアノカミは格上の存在。従うしかない。
「大丈夫トウコ。君は、もっともっと強く、格上となれる。もう、準備は整っているからね。あとは、始めるだけ。」
いつもニコニコとしているアノカミだったが、なぜか今の笑みは背筋が凍るような、寒気をおぼえる笑みだった。
トウコは、アノカミの目を見つめる。それに気づいたアノカミも見つめ返してくれたが、それはトウコを震えさせることになった。
怖い。助けて、アヤカシ・・・
アノカミに恐怖を覚えたトウコはうつむき、アヤカシに助けを求めるが、今ここにアヤカシはいない。助けは来ない。
トウコは一人、恐怖に固まらないように決意を固めた。
力なんていらなかった。
いや、力は必要だ。でも、それはやりたくないことをしてまで必要なものではない。やりたくないことをしなくてもいいように、必要なのが力なのだから。
だからアノカミ・・・私は。
今は伝わってはいけない。アノカミに伝わってはいけない。だから必死にその言葉を、別の言葉で塗り替える。
そんなトウコに、アノカミはにっこりとほほ笑んだ。
決意は固まった。でも、来て欲しい。アヤカシに来て欲しい。
アヤカシがいれば、アノカミも元に戻るかもしれないし、トウコだって怖がらずにアノカミの傍にいられる。
考えを読まれていると自覚しながら、そう思うトウコに、アノカミは笑って答えた。
「ふふ。大丈夫。シロがいなくたって、すぐにいつもの僕に戻るよ。そう、君が大きな力を手に入れた後にね。あぁ、楽しみだな。」
どこか狂気的な笑みを浮かべて、いつもと違うアノカミはそう言って、トウコを抱きしめる。トウコは黙って抱きしめられる。
「あったかいね。トウコ。」
「そう?」
若干震えた声のトウコを気にせず、アノカミは幸せをかみしめるように、同じことをもう一度呟いてトウコを抱く手の力を強めた。
「アノカミ?」
「ずっと、寒かった。一人で生きるのはずっと、寒かった。だからトウコ、大好きな君を僕の隣に置かせて?シロじゃダメなんだ。」
「・・・」
アヤカシではだめだから、私を置くの?
アノカミは答えなかった。
そのまま2人は、アノカミの家へと向かった。
トウコは待った。
アノカミの家で、アヤカシを待った。
待つしかなかった。
だって、アノカミはトウコが外に出るのを許さなかったし、出たとしても抱っこをされた状態で行く場所なんて決められなかったから。
待つ間に、トウコは自分の中で力が溜まっていくのを感じた。
最初はストレスでも溜まっているのかと思ったが、どうやらそれはトウコの力となってくれる信仰だと気づいた。
力の正体を探ろうとして聞こえたのは、トウコに恐怖する声。
殺さないでとか、呪わないでとか。
これが負の信仰かと納得したとき、クロを食べてから一週間が経っていた。
その間待ち続けたアヤカシは、来なかった・・・




