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35 トウコの物



「ここにはね、トウコのモノがいっぱいあるよ。全部クロが取り戻したから。ここにあれば、もう誰にも取られないから、トウコが悲しむこともないよ。もう、我慢しなくていい。諦めなくていいんだよ。」

 そう言って、クロは立ち上がってトウコを抱きかかえた。

「クロ!?」

「大丈夫、クロは力がある。トウコを落としたりなんてしないから。」

 言葉通り、トウコの体の重さを感じないような、安定した抱き方だったのでトウコはとりあえず安心して周りを見た。


「あれ、ここ私の部屋?」

「そう。トウコの部屋だけじゃないよ。家ごと吸収したから・・・」

「吸収・・・」

 その言葉で、トウコはここに来る前に、クロに飲み込まれたことを思い出した。

「あなたの中なの?ここ。」

「うん。大丈夫、消化なんてしないから。」

 トウコは何と言っていいかわからず黙り込むが、そんな彼女にそれよりこれを見てと、クロは話題を変えた。


 クロが見せたのは、いつの日かクラスメイトにあげたキーホルダー。可愛くて、あげたくなかったのに、あげた物。

 次に見せられたものも、クラスメイトにあげた物で、それは多くの種類があった。そのどれもが誰にあげたか覚えているトウコは、自分の執着にあきれた。

「覚えていて当たり前だと思うけど。だって、これは全部トウコの物だし。」

「ううん。これは、全部あげたものだよ。私の物じゃない。」

「なんで嘘をつくの?」

 クロは、不思議そうな顔をしてトウコを見つめる。すぐ至近距離にある瞳を、トウコも見つめ返す。


「だって、奪われたって、思っているでしょ?」

「ち、違うよ。欲しいっていうから、あげたの。」

 心臓がドクドクと悪い音を立てる。


 欲しいと言われれば、トウコはあげるしかなかった。自分の物なのに、トウコにはあげるしかなかった。だから、欲しいという者にはあげた。でも、本当はあげたくなかった。だから、奪うものには、仕返しをした。あげなくてはいけない状況を作った者へと仕返しできない代わりに、大きな仕返しをした。

 そうだった。トウコの仕返しは、八つ当たりに近いものだったのだ。


「そんな・・・嘘。」

「嘘?それが本心でしょ?でも、安心して、ここにあれば、誰にもトウコの物を欲しいなんて言わない。だから、ずっとこれらはトウコの物だよ。」

「私の物。」

「そう。ここでは、トウコの望むように、トウコの物はトウコの物って、そう扱っていい場所。クロがそれを許すから、トウコは安心していいよ。」


 目の前にあるキーホルダー、消しゴム、ペン、ノート、ぬいぐるみ、下敷き、カチューシャ・・・全部トウコの物。あげる心配なんてしなくていい、すべて永遠にトウコの物。


 トウコの目に、涙が溜まり零れ落ちた。

「喜んでくれて、クロは嬉しい。それがクロの幸せ・・・」

 ぺろりと、クロはトウコの頬に流れる涙を舐めた。


 なぜかわからないが、散々泣いたトウコは泣き疲れて眠ってしまっていたようで、また目覚めた。先ほど目覚めた時と同じように、暖かい何かがトウコを包んでいた。


「クロ・・・」

「起きたんだね。眠り足らないなら、まだ寝ててもいいよ。」

「・・・起きる。」

 トウコが起き上がると、クロはまた立ち上がりトウコを抱きかかえた。


「クロ、おろして。」

「なんで?」

「家を見て回りたいの。」

「どこに行くの?言ってくれれば連れて行くよ。」

「・・・どこという目的はない。」

「わかった。テキトーにまわるね。」


 台所、居間、和室、トイレ・・・いろいろまわったが、特に何かを感じることもなくその場所を後にした。

「そういえば、お父さんとお母さんはどうしたの?」

「・・・?あれは、トウコのモノじゃないでしょ?」

「そうだね。」

 クロの言葉に少し胸が苦しくなるトウコ。なぜ苦しいのだろう。


「家がなくて、野宿でもしてるのかな、今。」

「さぁ?気になるの?」

「・・・ちょっとね。」

「そう。でも、もう関係がないから気にすることないと思うよ。トウコは、ここで楽しく幸せに過ごせばいい。もう、苦しくて寂しい思いなんてしなくていいよ。」

 甘い言葉をかけるクロ。それで本当にいいのかと疑問を持つトウコに、クロはにこやかにいいと言ってくれた。




 今までにないほど、甘やかされて、幸せに満ちるトウコ。でも、なぜかその心は完全には満たされていない気がした。何かが足りないと感じるのだ。

「贅沢・・・」

 そうつぶやいて、トウコは眠った。


 何度繰り返したのか。いつも通りとなるほどには繰り返した目覚め。いつものように暖かいクロに包まれたトウコは、少しだけ気になることがあった。


「ねぇ、クロ。」

「どうしたの?」

「書斎に行きたい。」

「・・・」

 そこは、クロがトウコを連れて行かなかった場所だ。両親の寝室と書斎は、連れて行ってもらったことがない。おそらく、トウコが行きたくないだろうと思ってのことだと思う。

「わかった。行きたいのなら、連れて行ってあげる。」

 いつものようにクロは、トウコを抱き上げた。


 仕事部屋として父が使っていた書斎は、トウコが人間だった時もめったに行かない場所で新鮮味があった。


「こんなところに来て、何をするの?」

「何かあるかなって。」

「何があるの?」

「それを今から見るの。」

「ふーん。」


 トウコはアヤカシ姿のクロを見つめた。もう、その姿に違和感はない。むしろ、次にアヤカシに会ったとき、アヤカシの方に違和感を持ってしまうかもしれない。

「もう会わないと思うよ。」

「え?」

「だって、トウコはずっとここにいるから。ここには、アヤカシは来ない。だから、もう会わないと思うよ。」

 それもそうだ。トウコがここにいるということは、もうアヤカシに会えないということ。もちろん、アノカミ、レオにも会えない。


「嫌だ。」

「なんで?」

「会いたい。アヤカシに会いたい。」

「クロがいるからいいでしょ?だめなの?」

「クロは、クロだよ。アヤカシじゃない。」

 会いたい。そう思ったら、もうこの世界を飛び出して、アヤカシのもとへと走って向かいたい衝動にかられた。


「クロ・・・」

 外に出たい。そう言おうとしたトウコに、クロは今まで見たこともないような怒りの形相を浮かべた。その顔を見たトウコは、息が詰まり押し黙った。

「トウコ、もう寝なよ。」

 黙ったトウコに、また微笑みかけたクロ。それは、有無を言わせない顔だった。



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