34 怪奇の名前
レオは、わずかな物音で目を覚まし、起き上がる。
「・・・?」
まだうまく働かない思考で、目の前の現実に対しての判断をする。
部屋の中には、自分以外の誰かの気配がある。しかし、それは母ではない。母は今旅行に行っており、あと2日は帰らないので家にいるはずはない。なら、物盗りか?
そう疑ったレオは、音をたてないように慎重に動き、部屋の電気をつけた。
現れたのは、電気をつけてもなお暗い・・・いや、黒い塊。いつの日か校舎の中に入っていくのを見た異形だった。
「な、はぁ?」
「・・・オマエ、イタ。」
「話せるのか・・・」
その異形が話せることに驚くレオ。なぜならそいつに口はなく、目や鼻、耳もないように見えたからだ。
「ナイテタ・・・トウコ。ソノトキ、オビキヨセラレタ。」
「トウコ?トウコちゃんが何だ!?」
「コレ、トウコノ。オマエノ、チガウ。」
そう言って異形は、机の引き出しの中にあったゲーム機を、自分の中に取り込んだようで、ゲーム機は目の前から消えた。
「何をする!?お前は、一体なんだ!それは、俺の宝物なのに!」
「バケモノ・・・」
「?・・・いいから、それを返してくれ!」
「オマエノモノデ、ナイ。」
「・・・!」
異形の言葉は、レオの胸を鋭く突き刺した。そう、あのシールは、トウコが奪われた物。本当は、あれはトウコの物。
自分の前から去っていく異形を、レオは黙って見送ることしかできなかった。
強い風が吹き、トウコは自分の手でスカートを抑えた。何かポケットに入っていることに気づき、ポケットからそれを出した。
「飴?・・・あ。」
アノカミからもらった、人の前に姿を見せることができる飴。最後の一つになったその飴は、トウコにとって貴重なものだった。
「そういえば、あれから黒い妖に会いに行っていない。」
あの妖は飴を食べたのだろうか?ひもじい思いをしていないだろうか?
気になったトウコは、久しぶりに学校に行くことにした。人間として生活していた時と違い、クッキーなどではなく木の実を黒い妖のために持っていく。
学校の敷地内に来ると、懐かしさが胸をかすめた。しかし、トウコはまっすぐあの茂みへと歩いていく。
茂みに入り、すぐに茂みを抜けて顔をあげると、大きな黒い塊がいた。それは、大人の人間くらいの大きさになって、どこか人型を思わせる形だ。
「え?」
「トウコ、会いたかっタ。」
以前より滑らかで、聞きやすくなった声に驚くトウコ。それを見て、妖は笑ったような気配がした。
「ずっと、待ってタ。行ってモ良かったケど、約束シたかラ。」
「・・・大きくなったね。」
「うん。エサをたくサん食べたかラ。好き嫌いセず、いろんなエさを、ネ。」
「そう。」
トウコは自分が持ってきた木の実を渡すかどうか迷った。だって、このアヤカシにはもう必要ないように思えたから。
「イイや、欲しい。必要ダよ。ダッテ、トウコのくれるエサは、格別ダかラ。」
「・・・?」
何かに違和感をおぼえたトウコ、しかし言われて通り木の実を渡した。
小さかったころと変わらず、トウコの与えたエサを吸収する妖に、トウコはほっとして微笑んだ。
「おいしイ。トウコ、ありがとう。」
「いいよ。喜んでくれて、私は嬉しい。」
「トウコは、色々くれた。エサ、話・・・暖かいモノ。」
妖は手のようなものをトウコに伸ばして、その両肩に優しくそれを置いた。
「?」
「もう一つ、欲しい。トウコ、欲しい。」
「・・・何が欲しいの?クッキー?マフィン?どれも今の私では手に入れるのが難しいよ。」
「もっといいもの。」
妖が近くに来て、少し気圧されたトウコは後ろにさがろうとするが、肩に置かれたものがトウコを固定して動けない。
「名前が欲しい。名付けて、優しいトウコ。」
「・・・そういえば、名前がなかったね。でも、必要なの?」
「欲しい。」
「そう、欲しいのか・・・なら、付けてあげるよ。どんな名前がいいかな?」
「トウコが望む名前。」
「クロでいい?」
特に考えることもなく、トウコはそう名付けた。
「クロ。今日からクロ。」
自分の名前を覚えるかのように、妖、クロは呟いた。
「トウコ、クロは、願いを叶える。」
「?」
「だから、トウコ。クロの中に来て?」
そう言うと、クロはトウコを吸収した。
「!?」
悲鳴を上げることもできず、トウコはクロに飲み込まれた。
鳥のさえずりが聞こえる。もう、起きる時間と理解しているが、体は言うことを聞かず瞼を閉じたままだ。
「トウコ、起きて。」
優しい声がトウコの耳元から聞こえるが、トウコは目を開かない。
「まだ寝ていたいの?なら、それでいいよ。」
そう言って、誰かはトウコの体を抱きしめた。暖かくて心地いい。もう、ずっとここにいてもいいかもしれない。
衣擦れの音が聞こえ、トウコはまた目を覚ました。暖かい何かは、いまだにトウコの体を包み込んでいる。
先ほどよりしっかり目覚めたトウコは、その正体が気になり目を開けた。
トウコの目の前には、大きな手があって、頭の辺りでは何かの息遣いが聞こえ、トウコは後ろから何かに抱きしめられていることを理解する。
何かを確認しようとしたトウコが動くと、何かはそれでトウコが目覚めたことに気づき、抱きしめる力を強めた。
「起きたんだね、トウコ。」
チュッと、頭の上に何かが触れると同時に音がした。
「・・・離して。」
「いいよ。」
あっさりと離してもらえたトウコは、少し肌寒さを感じて顔をしかめるが、起き上がって振り返る。
「え・・・アヤカシ?」
そこにいたのは、優しく微笑むアヤカシ。白い髪も、血のように赤い瞳も、アヤカシそのもの。でも、声は違うし、どこかその表情にも違和感をおぼえた。
「誰?」
「声でわからない?クロだよ。」
「クロ?」
「そう、トウコが名付けたクロ。クロは、クロ。」
「なんで?」
クロは確か、黒い塊のスライムのような妖だった。でも今、目の前にいるクロは、アヤカシそっくりで、声だけがクロという理解できない状態だ。
「だって、これがトウコの欲しいモノだから。でも、これはクロのモノでもトウコのモノでもないから、ここに連れてこれない。だから、クロが姿だけでもこのモノになることにしたんだ。」
アヤカシの姿をしたクロは、アヤカシではない笑い方をした。




