30 アノカミの力
アヤカシが去った後、アノカミはトウコを誘い、一緒に横になった。トウコは、腕枕をされて、若干恥ずかしく感じた。
「恥ずかしがる必要ないと思うけど・・・ま、いいか。この能力もオンオフ切り替えられたらいいのに。」
「ずっと、人の心の声が聞こえるの?」
「・・・どうなんだろうね。おそらく、全部聞こえているわけじゃないと思う。けどね、神に祈る声だけは、絶対聞こえるみたい。本当にさっきはうるさかった。」
アノカミは天井の方を見て、心ここにあらずと言った調子でつづけた。
「神様、僕は悪くありません。これも仕事なんです。生きるために仕方がないんです。」
「え?」
いきなりアノカミらしくない、震えた声で話し出したので、トウコは驚く。その顔を見てアノカミはくすっと笑った。
「命乞いばっかり。なら、やるなよって話だよね。」
「・・・そうだね。本当勝手だよね、人間って。」
「そうだね。僕のこと神になんて祭り上げちゃうし。あぁ、でもあれは僕が馬鹿だったんだよなぁ。」
「?」
「僕はね、ただの妖だったんだよ。人の心なんて読めないし、特にすごい力を持つわけでもない・・・きっかけは本当に些細なことだったんだ。」
信じられない。
「今の僕を見れば、信じられないのも当然だね。この、人の心を読める能力はね、ある人間の願いを叶えたら手に入ったんだ。」
「どんな願いを叶えたの?」
「この能力をもらってください・・・もらう前はわからなかったけど、そりゃこんな能力いらないよねー。」
疲れ切ったアノカミの言葉をトウコは否定した。トウコは欲しかった、そんな能力が。この能力があれば、きっと周りともっとうまく付き合えたかもしれない。
「僕もだよ。もらう前は、欲しかった。だって、これさえあれば、僕は人間の本当の願いを叶え続けてあげられるから。」
「人間の願いを叶えたかったの?」
「うん。今は叶えたくないけど、昔はね。愚かだったよ、本当に。」
「・・・なんで叶えたかったの?人間の願いなんて叶えても、何の意味もない。」
「最初は、ただの気まぐれだったんだ。次の日までに仕上げなければいけない織物があるっていうのに、寝入ってしまった人間がいてね。代わりに織ってあげたんだ。そしたら、すごく感謝して、自分の最高傑作を僕にくれた。」
「そんなにいいものだったの?」
「人間にとってはね。その織物をぜひ譲って欲しいと言われ、商人に譲ったら大金が手に入った。でも、そんな貰い物じゃなくて、僕はその心がうれしかった。」
アノカミは懐かしむように笑みを浮かべ、天井を見つめる。そこにはきっと、アノカミだけに見えるかこの光景が写っているのかもしれない。
「大金の次は屋敷。その次は食料・・・僕の物はころころと代わって行ったが、僕の中にある力はたまり続けた。いつしか、僕は僕自身の力で人間の願いを叶えるようになった。原点に戻った感じだね。」
「その溜まった力が、正の信仰?」
「そう。シロに聞いたんだね。正の信仰は、お礼の気持ち、感謝の気持ちって感じのでね、その力を使うときは、その人間の感謝の言葉が聞こえてくるんだ。」
それなら、アノカミが使いたがらない負の感情はその逆なのではないかと、トウコが思っていると、アノカミは肯定した。
「負の感情は、恐怖だね。信仰というからには、僕を信じている者の心が僕に力を与えるのだけど・・・何もすべてがプラスっていうわけにはいかないからね。」
トウコは思い出す。クラスメイト達の不安な顔。神の祟りを信じきって怯えていた。あれが負の信仰と言われるものなのか?
「そうだよ。今の僕は、負の信仰が溜まって、力だけはかなりある。でも、それを使いたくない・・・きっと僕の心が壊れてしまうから。人間臭いよね、全く。」
苦笑するアノカミは、確かに人間臭くてトウコは自然と頬が緩む。
「トウコ。」
トウコがアノカミの方を見れば、アノカミの青い瞳がトウコを映していた。
「僕の使える力は残り少ない。もう、手段は選べない。」
トウコは頷いた。次に来るであろう質問の答えも、トウコはすでにアノカミに伝えているので、答えは変わらないのだが、アノカミはそれをわかっていても聞いた。
「君の父親を殺すけど、いい?」
「うん。」
仕方がない。アノカミの怒りを買った父に、生きるすべはないのだ。
トウコが、人間として暮らし続けられないように、仕方がないことなんだ。
静まり返ったアノカミの家で、私は一人、床にごろんと寝そべっていた。耳をすませば、遠くでカラスが鳴いている。
ガラッと音をたてて、玄関の引き戸が開かれた。家の中に夕日が入り込み、真っ赤になった天井や床。
「トウコ・・・」
トウコの名前を呼ぶ声は、もう聴きなれたアヤカシの声。
「おかえり。」
「・・・」
ただいまの返事が返ってこないことを不思議に思い、起き上がるとアヤカシが目の前にいた。
アヤカシは、雑誌を開いてトウコに渡す。渡されたトウコは、開かれた雑誌に視線を落とした。
祟りにはかなわない。責任者も遂に亡くなる。
「これ・・・え?」
本文を読む前に、一枚の写真がトウコの目に入る。トウコの父が写った写真。
「お父さん・・・」
心臓がドクドクと嫌な音をたてる。息が苦しい。
「お前の父は死んだ。よかったな、お前を縛っていた、苦しめていた男が死んだのだ。」
「よかった?」
トウコは、アヤカシの言葉に目を見開いて、顔をあげた。
「そうであろう?なぜなら、お前は望んでいたはずだ・・・」
「私に復讐することを。」
低く、敵意に満ちた声がすぐそば、トウコの持つ雑誌から聞こえてきた。すぐに雑誌に目を向けたトウコは、父と目が合った。雑誌にのせてある写真の父と。
「ずっと、憎かったのだろうな。私は、お前にとっていい父ではなかった。お前が、私にとっていい子でなかったように。」
「やめて。」
「本当のことだろう?」
写真の父は醜く笑った。そんな父を、トウコは見たことがなく、信じられない気持ちでその父を見つめる。
「お前は、私を殺したのだ。」
「ち、違う。」
「アノカミを止めなかった。それは、私を殺したのと同じことだ。」
「違う!だって、アノカミを止めることなんてできない。彼は、私よりずっと格上で、強いから。私では止められない。」
「本当か?お前なら止められたのではないか?アノカミは、お前に好意を持っているだろう?お前の言葉なら聞くのではないか?」
「・・・」
「止められる可能性はあった。それを実行しなかったのはお前だ。お前が、私を殺したのだ。この、人殺し。親殺しが。」
一方的に言われ続け、トウコの中の何かがぷつんと音をたてて切れた。
「親?いまさら、父親面をするつもり?父さんはいっつも、仕事優先、家族を顧みない人だった。私に厳しいことばかり言って、褒めてくれたことなんて一度もない!お出かけだって全然連れて行ってくれないし!叱るだけの親が、胸を張って親だと言えるの!?」
「だから、私を殺すのか?」
「・・・違う。私は、私の仕返しで他人に手を下させることなんてしない!本当に、仕方がないことだと思った。アノカミが、父さんを殺すと決めたのなら、仕方がないと思ったの。」
「父親が死ぬことを、仕方がないで済ますのか。本当に、なぜこんな子に育ったのか。」
「あなたたちが、こう育てたのでしょう!」
父の目が、トウコを見つめる。その目は、いつもトウコを見つめる父の目で、愛情なんて全く感じない、トウコの嫌いな目だった。
「見ないで。」
その目で見られるたび、トウコは悲しくなった。もうその目で見られたくないと、努力しても、いつも向けられるのはその目。
「見ないでよっ!」
トウコは叫び!起き上がった。
トウコ以外誰もいないアノカミの家。トウコの荒い息の音だけが、家の中で聞こえる。
「はぁはぁはぁ・・・夢?」
アノカミと寝転がっていたトウコは、いつの間にか眠っていたようだ。トウコは辺りを見回すが、やはり家の中にはトウコ一人だった。
「アノカミ・・・まさか?」
トウコは立ち上がって、急いで家を出た。




