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3 変態との出会い



「今日は曇りか。雨が降りそうで降らない・・・そういう天気だな。」

 木の上でいつものように呟くアヤカシ。その隣には誰もいなかった。


 トウコと出会ったのは3日前。一晩だけ一緒に過ごしたら、トウコは日が出るとともに家に帰って行った。


「なんだろうか、この気持ちは。なぜかトウコが気になる。」

 トウコは家に帰ってどうするつもりなのか。自分の姿が見えないであろう両親に会ったとしても、悲しいだけだ。まだそれだけならいい。自分でないものが、自分と成り代わって両親に愛される姿を見るなんて苦痛ではないのだろうか?


「まさか、このような感情が残っていたとは。もう、妖になってずいぶん経つというのに。」

 自分が悲しいとか辛いなんて感情を共感できることに、アヤカシは驚いた。ここ数百年感じたことがなかったのに。感情なんて忘れ去っていたはずなのに。


「行きたいところに行けばいい・・・か。」

 自分自身がトウコに言った言葉を思い出し、アヤカシは立ち上がった。



 トウコの家へと来たアヤカシは、庭から家の中をざっとのぞいた。居間や誰かの部屋、書斎などを覗いていると、どこからか甘い香りが漂ってきた。

「なんだこれは?」

 匂いの正体が分からず、少し興味を持ちながら匂いの元をたどると、一つの開け放たれた窓があった。

「あそこだな。」


「お母さん、もう焼けた?」

「ん?まだよ。きつね色になるまで焼くのよ。」

「もう、きつねさんの色だよ。前に読んだ本のきつねさんは、こんな色だったよ?」

「えぇ、たしかにそうだったわ。でもお母さんが言うきつね色は、そのきつねさんの色じゃないのよ。」

 楽しそうな親子の会話が聞こえる。親子の正体は、もちろんトウコの母とトウコに成り代わったコトメだった。2人はパンケーキを焼いている。

 2人の後姿をじっと見ている者がいた。それは、トウコ。もう振り向いてくれない母と無視し続けるコトメを、トウコはただ無表情で見つめていた。


「トウコ、あれはなんだ?」

 突然声をかけられたトウコは、声の方を向くため顔を上げた。

「アヤカシ・・・来てたの?」

「今来たとこだ。それで、あの甘い香りがするものはなんだ?うまそうだな。」

「・・・パンケーキ。」

「パンケーキ・・・うまいのか?」

「さぁ?・・・私は好きだけど。」

「なら、うまいのだろうな。」

「・・・アヤカシが食べておいしいのかはわからない。」

 アヤカシは、改めてトウコを見た。どこからどう見ても子供だ。10歳くらいだろうか?なのに言動は子供らしくない。ここは、「おいしいよ!」の言葉の後、擬音語が並んだ言葉を言うと思う。


「ま、どうでもいいか。とにかく、あれを食べたいな。」

「・・・」

「お前は食べたくないのか?」

「・・・別に。」

 特に表情を崩さずトウコは答えた。本当に食べたいとは思っていないようだ。

「俺は食べたいな。でもあれをつまむ気にはならんし。」

「なんで?」

「よくわからん奴の作った手料理だぞ?」

「・・・私だったら?」

「なんだ、お前が作ってくれるのか?お前の作ったものなら・・・食べる。」

 トウコは少し考えた後、いいことを思いついた様子で、「それなら・・・」とアヤカシに提案した。


「何?お前の正体が知りたい?うーん・・・わからんな。」

「それは聞いた。わかる人はいないの?できればその人が頭いいと、なおいい。」

「頭がいい?うーん、俺ではだめなのか?」

 トウコは目を丸くした後、はっと小馬鹿にしたように笑った。

「おい。」

「・・・とにかく、私の正体・・・何の妖かわかればいい。もしわかったら、私がパンケーキを作ってあげる。」

「んー・・・あっ!」

 アヤカシは声を上げて、ポンっと手を打った。



 トウコは、アヤカシの案内に従い山の頂上に来た。なぜか途中で霧が出て見通しが悪くなった道のせいで、ここまでアヤカシと手をつないでくることになった。アヤカシの手は暖かく、ひんやりと冷え切ったトウコの手は少しだけ暖かくなった。


「子供は体温が高いと聞いたが、お前の手は冷たいな。」

「アヤカシは・・・子供?熱い。」

「そんなわけないだろ。ただ体温が高い・・・」

 体温が高いなんてことあったかと、アヤカシは不思議に思った。今まで人と手をつないだことなんてないからわからないが、自分の手は冷たいと思っていた。なんとなく、妖だからと。


 話をしていると、あっという間に目的地に着いた。さほど大きくない、家というよりは小屋というべき、木製建物。玄関とおぼしき引き戸を開ければ、ふわっと暖かい空気が小屋から流れ出した。

 昔話に出てきそうな空間がそこにはあった。中央に囲炉裏があって、静かにお湯が沸く音と、たまに火がはじける音が鳴っている。それを囲うように座布団があり、その一つに男が腰を下ろしていた。

「なんだシロ。珍しいな・・・な!?」

 青い髪にアヤカシと同じ赤目の男は、トウコを見て固まってしまった。

「どうした、アノカミ。」

「て・・・」

「て?」

「天使がいる。」

 アノカミと呼ばれた男は、デレっとした顔をしてそんなことを言った。危険を感じたトウコがアヤカシの後ろへと隠れる。


「そんな。もっとその可愛い姿を見せておくれ。」

 手を伸ばして近づいてくるアノカミにさらに警戒するトウコは、アヤカシの袖を引っ張った。そのしぐさにアノカミの顔がさらにだらしなくなる。

「アヤカシ・・・変態のところに連れてきてとは言っていない。」

「いや、こんな奴だとは思わなくてな。今までこんなだらしのない顔をしたことがなかったんだ。」

「ずるいぞシロ、僕も天使と話したい。」

「ならまずその顔をどうにかしろ、変質者。」

「それはできない。生理現象だからな。」

「帰るぞ、トウコ。」

 アヤカシの言葉にトウコは何度もうなずいた。


「そんなぁ・・・でもさ、天使ちゃん、奪い返すためには、僕に聞かないといけないことがあるんだよね?」

「え?」

「やめろ。勝手に人の心の中を覗くな、変質者。」

「だって、こうでもしないと帰ってしまうだろ?」

「・・・覗く?人の心を?」

 呟くトウコに、アノカミはにっこり微笑んだ。





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