29 願い
山に響く、幼い少年の泣き叫ぶ声。
それを聞いたアノカミは、泥だらけの手で額の汗をぬぐい、地面に腰を下ろした。
「何とか間に合った。さすがに疲れた~」
レオのいる崖の下。トウコの亡骸の前で、アノカミは昔を懐かしんで目を細めた。
「何年・・・いや、何千年ぶりかな。うん?でも僕ってそんなに生きていたっけ?もしかして数百年程度だったり?もう、長すぎてわからないや。」
ごろんと背を地面に預けて寝ころべば、いつもと変わらない青空。山も、人間の世界も少しずつ、はたまた大きく変わったが、空だけは変わらない。
そう思ったアノカミを否定するように、飛行機が遠くできらめいた。
「空までいっちゃう人間って、何だろう。身の程知らず?」
そんなことを呟いていたアヤカシの耳に、幼い少年の声が届く。
神様、どうか彼女を生き返らせて。
彼女ともう一度会いたい。
神様。何でもするから。お願い、神様。
「あぁ、うるさいなあ。」
アノカミは立ち上がって、山の奥、自分の家へと歩き始めた。
「全く、耳をふさいだって意味がないから、本当面倒だよね。」
けだるそうに歩くアノカミ。
お願いだよ。神様!
生き返らせて!また会いたいんだ!
「ぐっ・・・」
突然のめまいに襲われ、アノカミはその場で倒れこんだ。激しいめまい。歩くことはもちろん、立ち上がることですら困難だ。
「ホント、面倒・・・」
僕を、必要な時だけ求めて・・・身勝手な人間。
もう、放っておいてくれよ。僕は、この山から出ないから。この与えられた場所で、静かに暮らすことを許してくれよ。
そこで、ぷつんとアノカミの意識は途切れた。
レオは、散々泣きはらし、叫んで、何度も神に願った。しかし、その願いが神に届くことはなく、レオは自分のすべきことをした。
トウコの死が知らされた後、すぐにトウコの母はトウコの部屋に行ったが、そこには肉まんの包み紙と飲みかけのジュースが置いてあるだけで、トウコはいなかった。
山での捜索は、すぐに終わった。遺体は暗闇でもすぐに見つかったのだ。
この事件は、変死事件として扱われた。なぜなら、見つかった遺体は死後数か月、それも土に埋められた様子。
そんな遺体があるのに、死んだはずの彼女を見た多くの証言があり、なぜここまで遺体の腐敗が進んだのか?という話になり話題を呼んだ。
オカルト話としても話題を呼び、人間として生活をしていたゾンビ少女とトウコは言われた。
「馬鹿馬鹿しい。」
トウコの記事を読んで、その雑誌を放り投げた。トウコの父は、相変わらず計画を進める。
「馬鹿なのはどっちよ。」
書斎にこもる父をみて、呟くトウコ。もちろん父にその呟きは聞こえない。
「私が死んだくらいじゃ、だめだったか。」
父が投げた雑誌の記事を見る。
「神の祟りは実在した!?あの山に手を出してはならぬ。霊能者は語る・・・そういえば、なんか来てたね。」
トウコは山に来ていた男たちを思い出して、ため息をついた。
「全く、うまくいかないものよね。」
父を見上げたトウコは、残念そうに言って、部屋の外へと出る。
「どうだ?」
部屋の扉の横で、壁に背を預けていたアヤカシが声をかけてきた。
「諦めそうにない。・・・アノカミは、どうするつもりだと思う?」
「・・・そろそろ「けり」をつけるだろうな。手加減をしている余裕はなさそうだ。」
「どうして?いや、手加減して欲しいわけではないけど。なぜ、余裕がないの?」
「あいつの力の源は信仰だ。あいつの信仰は、この件でかなり蓄えることになったが、それは負の信仰なんだ。」
「負の信仰?」
「そう。あいつはそれを使いたくないらしく、正の信仰をいつも使っているのだが、それがもうすぐ枯渇するらしい。」
「・・・そう。」
アノカミの力も無限ではないようだ。そう納得し、トウコは山に向かった。
山に帰ると、信じられない光景があった。
「木が、切られてる?嘘・・・」
「ありえない。アノカミのやつ、何を考えているんだ。」
そう言って、アヤカシはトウコを担ぎ、走り出した。
「とにかく、アノカミを探すぞ。」
「でも、木が・・・止めた方がいいと思う。」
「それは・・・俺の決めることじゃない。ここは、アノカミの山だ。」
「・・・!いた!あっちだよ、アヤカシ!」
トウコの言葉に従い、アヤカシはアノカミのもとへとひとっ飛びでたどり着いた。
「アノカミ!」
「大丈夫?」
アノカミは倒れこんでいた。意識はあるようで、苦しそうな顔をして2人を見る。
「ご、ごめん・・・家に連れて行って。」
「わかった。」
アヤカシは了承し、アノカミを担いで、反対にトウコを担いだ。
「でも、アノカミ・・・木が切られてるよ?」
「ぐっ・・・」
「まずは、家に戻るぞ。しっかり捕まっておけ。」
アヤカシは、木の上まで上がって、木を足場にして飛び、5分とかからないうちにアノカミの家へとたどり着いた。
家に着いたアノカミは寝転がるとほっと息をついた。
「やっと聞こえなくなった。」
よくわからないが楽になったようで安心する2人に、アノカミは笑って礼を言った。
「あいつら煩くて・・・もう、頭が痛いよ。」
「あいつらって、人間たち?確かに、木を切る音とかうるさかったけど・・・」
「おそらく、心の声がうるさかったのではないか?どうだ、アノカミ?」
「そうだよ。全く、神様神様って・・・煩くてたまらない。」
うんざりした様子のアノカミに、トウコは同情した。
「トウコ、僕を癒してよ。」
「癒す?」
「シロの膝の上によく座っているだろう?僕の膝にも座ってよ。」
「ダメだ。」
トウコがアノカミの膝に座ろうとするのをアヤカシが止めた。
「ケチ。」
「ケチで結構だ。そんなに人恋しいのなら、俺が座ってやろうか?」
「いるかっ!」
そのやり取りにトウコは笑う。
「ふふ。トウコの笑顔が見られたからいっか。」
「そんなことでいいの?」
「うん。癒される~でも、膝には座って欲しいな。」
「諦めろ、ロリコン。」
「だからそれ、君もだからね?」
アノカミは一つ咳払いをして、少し真面目な顔をした。
「さて、とりあえずシロ。あいつらを追い返してくれる?」
「追い返すだけでいいのか?」
「とりあえずね。」
「わかった。」
アヤカシは、頷くとトウコの頭をなでて「行ってくる」と言った。
「行ってらっしゃい」と見送るトウコに、微笑みを返して、アヤカシは作業現場へと急いだ。




