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28 さようなら



 守れなかった。何一つ。

 トウコちゃんは何も悪くないのに、遂に学校に来れなくなってしまった。

 最後は、ひどい言葉を言われたけど、きっとそれは何か考えあってのことだと思う。たぶん、俺のために。

 何もできなかった。


 ただ、俺はベンチに座って、事実を振り返っていた。何もできない自分。何ができるというのか?答えは簡単で、何もできないのだ。

 そんな何もできない役立たずのくせに、俺はトウコちゃんに会いたいだなんて思いがあって、自分自身を殴りつけたくなった。会ってどうするというのだ?謝って、許してでも貰いたいのか?レオ君のせいじゃないって、慰めてもらいたいのか?


 でも、トウコちゃんは優しい。だから、俺のそんな身勝手な願いだって叶えてくれる。俺は、目の間にいるトウコちゃんを見上げた。


「レオ君、一緒に来てくれる?」

「あぁ。行くよ。」

 どうしてここに?とか、外に出ても平気なのか?とか・・・聞きたいことはあったが、どうでもよかった。何もできない俺に、来て欲しい、そう言ってくれた。だから、俺はそれに従うだけ。


 レオを連れて、山の手前まで来たとき、レオが緊張した様子で声をかけてきた。

「トウコちゃん、ここって・・・あの山?」

「そうだよ。レオ君はここに来るの初めて?」

 頷くレオに当たり前かと思う。ここは、危険だから立ち入り禁止と大人たちが口々に言っているのだ。危険にしているのは、人間だというのに。


「・・・一緒に来れない?怖い?」

「いいや。ただ、トウコちゃんが心配で、こんなところに来て大丈夫なのか?」

「今更だよ。私は、ずっとここにいるから。」

「え?」

 わからない様子のレオを置いて、トウコは先に進む。慣れた道とは違う。ここは、人間の出入りが多い道で、いつもトウコが使わない道。

「レオ君。お願いがあるの。」

 その言葉に、レオは少しうれしそうに耳を傾けた。


「クラスメイトと仲良くして。」

「!?・・・なんで。俺は、トウコちゃんと一緒なら、別に周りにどう思われようとどうでもいい。だから・・・」

「私は、レオ君に周りと仲良くして欲しいの。」

「なんで、なんで、俺に優しい?俺は、君に何もしてあげられなかった。」

「・・・そうだね。レオ君が私の問題を解決してくれたかどうかと言えば、全くしてくれなかった。でも、だからってレオ君が辛い思いをすることはないよ。」

「俺は、関係ないから?」

 悲しそうに言うレオに、トウコは笑った。


「違うよ。私自身がレオ君に辛い思いをして欲しくないから。だって、私たち・・・」

 トウコはレオの瞳を見つめた。この言葉を否定されたら、すごく悲しいけどレオは否定しないだろう。

「私たち、友達でしょ?」

「友達・・・あぁ!そうだな。」

 ニカッと笑うレオに、トウコは自然に笑みがこぼれ、すぐに寂しい気持ちになった。もうすぐお別れ。口の中の飴玉は半分くらいの大きさになっていた。これでもだいぶ節約できたと思う。


 光を遮っていた木々がなくなり、目の前に青空が広がっていた。

 ここは、崖。ふちに行けば、トウコの学校が小さくだが見える、景色のいい場所だ。

「風が強いな。」

 心配になったのか、レオはトウコの手を握った。怖いのかと、トウコが茶化せば怖いと返ってきたので、トウコは驚いた。


「君が、どこかへ行ってしまう気がして、怖い。」

「レオ君、そんな言葉どこで覚えてくるの?」

「母親が読んでいる少女漫画・・・って、少女漫画読む男子って、気持ち悪いか?」

「別に?」

「ならよかった。」

 お互いに真顔で話していたのだが、唐突に2人して笑いあう。あぁ、いいな。そう感じたトウコだが、時間がない。もう、終わりの時は近づいていた。飴玉は、もう本当に小さな欠片になって、いつ溶けきってもおかしくない。

「レオ君、聞いてくれる?」

「いいよ。なんだ?」

 レオの返事を聞いた後、トウコは一度深呼吸して、覚悟を決めた。


「この山に、特に何を思ったわけではないけど、一人で来たの。つい最近のことだけどね。この景色を見たかったのかもしれない。綺麗でしょ?」

「そうだね。カメラを持ってくればよかった。」

 自分のカメラを持っているのかと、気になったがあえて聞かなかった。時間がない。


「あまり私運動とかしなくて。ここへ来たとき汗だくだったの。それで、自分のハンカチを出して、汗を拭いていたら、風がふいたの。」

「ここは風が強いからな。」

「うん。それで、ハンカチが風にさらわれて、飛んで行った。私は、追いかけたの。」

 こんな風にと言って、トウコがレオの手を放し崖の先へと走り出そうとしたが、レオの手が離れず動けなかった。


「レオ君?」

「だめだ。」

「・・・何がだめなの?」

「トウコちゃん、君・・・飛び降りる気じゃないのか?この崖を。」

 驚くトウコの表情を見て、レオは苦笑した。


「ずっと、君は嘘をついてる。なんとなくわかるんだ。森に一人で来たのも、ハンカチが風に飛ばされたのも本当だと思うけど、それ以外はなんか嘘くさい。」

「そう。私の嘘が分かるんだ・・・それは、残酷だね。」

「どういうこと?」

「だって、本当のことを言っているって、瞬時に理解してしまうのは・・・とても辛いと思うよ。心がそれを受け入れる暇もなく、それを受け入れることしかできないのだから。」

「?」

 トウコは、もう一度息を吸って覚悟を決める。


「レオ君。」

 レオの名を呼び、レオの瞳を真剣なまなざしで見るトウコ。その目は、片方が色の抜けたような白。そういえば、髪も切られたはずなのに伸びていると、レオは今更気づいた。

「私は、もう死んでいるの。」

「なっ・・・」

 それは真実。レオにはわかった。だからこそ、何も言えない。そんなレオの代わりにトウコは話す。

「この崖の下に、私の死体がある。」

 これも嘘じゃない。

「誰でもいい、知らせに行って欲しいの。決してレオ君一人で探そうなんて考えないでね。ここは、危険だから。」

 この辺りは採石作業が行われる場所だ。レオにとって危険なことを、レオ自身も理解している。

「なんで・・・」

 死んだの?俺を呼んだの?


「迷惑かけてごめんね。でも、レオ君にしか頼めない。レオ君だけが、私の話を聞いてくれる、唯一の友達だから。きっと、これから面倒なことをレオ君は経験することになると思うけど・・・許して。」

「面倒なんて、どうでもいい!トウコちゃん・・・」

 このことを話すということは、もうトウコはレオの目の前に現れないのだろう。そんな気がして、レオは続きが言えない。言って、返事が返ってくれば、真実が分かってしまう。もう、希望が持てなくなってしまう。


 それは、なんとなくトウコにも伝わって、だからこそトウコはその希望をバッサリ切った。

「もう、これが最後・・・今までありがとう、レオ君。あなたの正義感に、私は気づかないうちに助けられていた。最初は面倒と思っていたけれど・・・」

「嫌だ!トウコちゃん、消えるな!」

「消えるわけじゃない・・・ううん。そう、もう時間だから消えるよ。ごめんね。面倒な友達で・・・」

「待って!お願いだ!まだ、話したいこととか、行きたいところとか・・・いっぱいあるんだ!待ってくれ!」

「そうだね。もっと早くに気づいていれば・・・いや、そしたらその分悲しくなるだけ。」

 トウコにはわからなかったが、レオの目にはもうすでにトウコの姿をとらえることができなかった。握っていた手の感触ももうなく、レオは泣いて叫んだ。トウコの名を叫んだ。


「レオ君。」

 トウコの口の中にあった飴玉は、影も形もなく、ただ甘ったるい味覚をトウコに残していた。もう聞こえていないと思いつつ、最後にトウコはお礼を言った。

「ありがとう。」



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