26 コトメの目
そこそこ重い荷物を担ぎ上げ、僕は山の中を駆け下りた。にしても、山の上り下りって辛いなぁ。ここ数年していなかったし。数百年だったけ?
「お前、そんなものどうする気だ?」
後ろから声をかけられたので、止まって振り返るとシロがいた。名前の由来の白髪は、今日も混じりけなく美しい。
そんなもの・・・とは、僕が抱えている妖のことだろう。トウコが欲しいと言ったので、与えるために捕まえてきた妖だ。
「アノカミ?聞いているのか?」
「うん。これはね、トウコが欲しいって言ったから、捕まえてきたんだよ。結構苦労した。逃げ足が速くてね。」
「トウコが?・・・あいつは何を考えているのか。どういうつもりなんだ?」
「時間稼ぎに必要だからね。そうそう、もうすぐトウコが人間の生活をやめてこっちにくるよ。良かったね?」
僕は、シロの気持ちを理解しているにもかかわらずそう言った。シロは、少し面倒な性格をしているので、僕としてはもう少し素直になればいいのにと、最近は思っている。
「あんなことがあれば・・・いや、なくても遅かれ早かれか。しかし、トウコはやはり人間として生きていた方がいいのではないか?」
すぐにこんなことを考えるのがシロだ。自分は、トウコがそばにいることを何より望んでいるくせに、トウコの思いを最優先とばかりにこんなことを考え始める。
「ま、そうかもね。」
「あぁ・・・って!?はぁ!?」
「何を驚いているの?君に同意しただけじゃん?」
「いや、いつもなら・・・天使はそんなこと望んでいないとか、何とか言って・・・」
「・・・トウコは、人間の生活を望んでいない。それは、本当だよ。」
「そうか。」
明らかにほっとした様子のシロに僕は釘を刺した。
「人間の生活を望んでいないってだけで、レオとかいう人間と離れることを嫌がってはいるけどね。」
「レオ・・・あのガキか。」
動揺するシロ。シロは、トウコ自身よりその気持ちを理解していたのかもしれない。いや、未来のトウコの気持ちを読んでいたのかも?・・・そんなわけないけどね。
「そうか。アノカミ、後は任せた。」
「・・・君に頼まれる意味は分からないけど、別にいいよ。君は今回ノータッチなんだね?」
「あぁ。」
「そう。なら、僕はもう行くよ。」
荷物を担ぎ直して、走り出そうとした僕に、シロは疑問を投げかけた。
「なぜ飛ばない?」
「・・・いや、僕鳥じゃないし。」
「飛べるだろう?」
「まぁ。走りたい気分なんだよ。じゃ、また。」
「おまたせ~」
いつもの調子で入ってきたアノカミに、トウコは内心ほっとする。といっても、アノカミにはバレバレなのだが。内心の意味が彼の前ではない。
「はいこれ、お望みの物ね。」
どすん。と担いでいたものを下ろすアノカミは、珍しく汗をかいていた。それを不思議に思うが、おおげさに汗をぬぐうアノカミを見て、大変だったアピールかと思い無視した。
「ちょっとぉっ!誰が物よ!?」
アノカミが下ろした途端騒ぎだした荷物・・・それは、トウコの目を奪ったコトメだ。
「あぁっ!こいつ、ひぃ!」
顔を上げたコトメは、トウコの顔を見て悲鳴を漏らした。最初と比べ、片目を失ったことで、ずいぶんと可愛らしくなったものである。
「ひさしぶり。今日は、あなたに頼みがあって来てもらったの。」
「た、頼み?わ、私の目を食っといて、私に頼みですって!?ふ、ふざけないでよっ!」
怯えながらも、トウコには屈しないと、震えながら自分の意見を主張するコトメに、トウコはため息を一つついて、手のひらを前に出して広げた。
「食べてない。こんなもの、誰が食べるのか。」
「え、それ・・・」
トウコが広げた手のひらの上には、コトメの目がのっていた。それを見て、コトメの目に涙が溜まる。目のない方にも溜まっている。
「これが報酬。どう?やる気になった?」
「う、奪っといて・・・でも、いいわ。そうね。奪われる方が悪いんですもの。もう、目が戻ってくるなら何でもいいわ。」
コトメは目が戻ることに安心したのか、震えは収まり、立ち上がってトウコを見下ろした。
「で、何をすればいいの?」
「私の目を食べて。」
「はぁ?」
トウコの衝撃的な頼みごとに、コトメは意味が分からず変な声を上げた。そんなことは気にせず、トウコはコトメに一歩近づき、両手を広げた。準備はできていると。
「私に成り代わって欲しいの。でも、私は今日死ぬことになるから、この町で私の姿でいていいのは少しの間だけ。いい?」
「何が、いい?よっ!全く分からないわ。話が見えないのだけれど!」
「あなたが知る必要はない。ただ、少しの間私に成り代わってこの部屋でおとなしくしていて欲しいの。」
「あんた、それが人にものを頼む態度なの?」
「目、返して欲しくないの?いらないのなら、つぶしちゃうよ?」
「くぅっ・・・仕方がないわね。」
コトメは、歯ぎしりをした後に、しゃがみ込んでトウコの目に歯をたてた。
コンコンと部屋にノックの音が響く。今、ここにいるのは私だけ。トウコとかいう人間の姿をした私だけ。
「トウコちゃん、入るわよ。」
そう言って入ってきたのは、以前生活を共にしたことがある人間、トウコの母だった。以前とは違い、目は少し吊り上がり、声も低く、怒っているようだった。
「お昼ごはんよ。」
そう言って投げ込まれたのは、白いビニール袋。中に何か入っているようだ。
「祟りだなんだって、家政婦もやめたの。私も作る気になんてなれないわ、それで我慢しなさい。」
私はビニール袋を広げ、中に入っていたジュースと肉まんを取り出した。2つとも暖かい。
「ありがとう、お母さん。」
にっこり笑って言えば、母は不思議そうな顔をした。
「・・・久しぶりね、笑うなんて。最近はいつもつまらないって顔をしていたわ。学校に行かなくていいことがそんなに嬉しいの?」
そのようなことを言われても、コトメにはトウコの心すべてが分かるわけではないので、何と返答すればいいのかわからなかった。まさか、笑顔ひとつで疑問を持たれるとは思わなかったが、うかつだった。
「肉まん、おいしそうだから、嬉しかったの。」
とりあえず話をそらして、うやむやにしようとしたが、それがまずかった。
「あなた、トウコちゃんなの?」
「え?」
何がまずかったのか、母は疑わし気にコトメを見た。
「トウコちゃんは、肉まんなんて好きじゃないでしょう?黙って食べているけど、おいしそうに食べないもの。」
「・・・そ、そんなことないよ。」
好きだよ、肉まん。そうつぶやいた声は小さく震えていた。
まずい。ばれたら、あの人間から私の目を返してもらえないかもしれない。それどころか、目をつぶされて・・・
「母さんが、私の何を知っているというの?」
「・・・そうね。私、トウコちゃんのことが分からないわ。なんで、こうなってしまったのか。あんたのせいで、また私が白い目で見られる・・・育て方を間違えたのね。」
言って満足したのか、母は部屋から出て行き、コトメは一安心した。
「全く、困った親子ね。この私をここまで振り回すなんて。」
包装紙を解いて、肉まんをほおばったコトメはにっこり笑った。
「おいしい。」




