25 隠された心
「おはよう、トウコちゃん。」
「レオ君?」
驚くトウコに、レオは頭をかいて言う。
「ごめん、トウコちゃん。迷惑だろうが何だろうが・・・たとえ、嫌われていてもさ、俺はトウコちゃんと話したいし、一緒にいたいから。」
そう言って、ニカッと笑うレオ。なぜかトウコの胸は暖かくなった。人間相手に感じることのなかった暖かさが、トウコの目を潤ませた。
「な・・・んで?」
「トウコちゃんは、俺の・・・憧れだから!」
憧れ。それは、トウコがアノカミに抱く感情と同じものだ。なぜ、トウコ相手にレオがそれを感じるのかは全く分からなかったが、それを嬉しいと感じた。
「憧れって、馬鹿じゃないのか。あいつのせいで不幸が続くってのに・・・」
一つの呟きが、トウコの耳に届く。
今までどうでもよかった呟きが、トウコを不安にさせた。このままだと、レオまで辛い思いをする・・・
レオまで辛い思いをする?
自分の思いに、自分自身が驚いた。そうか、自分は辛かったのかと。自分はそれに全く気付いていなかったのだ。
でも、いい。トウコが辛かったとしても、トウコはもうすぐここからいなくなる存在。だから、トウコの辛いはもうすぐ終わる。
なら、今すべきことは・・・考えないと。考えて、レオに辛い思いをさせないように。
トウコは、口をゆがませて鼻で笑った。
「何?もしかして私のことが好きなの?気持ち悪い。」
「・・・!トウコちゃん・・・。」
一瞬悲しそうな顔をしたレオになぜか胸が痛むが、トウコは続けた。
「顔がいいからって、調子に乗らないでくれる?私をどこの家の娘と思っているの?あんたたち貧乏人とは格が違うのよ、わかる?」
傲慢に言い放ったトウコに、クラスメイト達は一気に熱くなり罵声を浴びせ始めた。
それをトウコは右から左に聞き流して、状況を見守る。この騒ぎを聞きつけて、すぐに先生が来るだろう。
「ふざけんなよ!この疫病神が!」
一人の男子が、近くにあった椅子を持ち上げて、トウコに投げつけた。力自慢のその男子は難なくその行動をおこせたようで、トウコはそれに気づいたとき逃げる時間がなかった。
まずい。そう思ったトウコの前に、正義感の塊、何度も見たレオの背中が現れた。
「だめっ!」
人間のレオでは、怪我をしてしまうだろう。それはだめだ。だから、何とかしないと。そう思うのに、何とかするすべがトウコにはなかった。
スローモーションのように時が流れた。レオに近づく椅子。その動きはゆっくりなのに、同じようにトウコの動きもゆっくりで。どうにかしないと、という気持ちだけが速く動いていた。
ついに、レオに椅子がぶつかる瞬間が訪れようとしていた。しかし、椅子がレオに当たることはなかった。弾き飛ばされたように椅子が、椅子を投げた男子に向かって飛ばされ、男子は椅子がぶつかって倒れこんだ。
騒然とする教室に、長身の男がため息をついた。
「まったく、ガキが無茶をする。」
長く白い後髪を見て、トウコはほっとする。そんなトウコを振り返り見た赤い瞳・・・アヤカシが優しく微笑んだ。
「心配するな、トウコ。俺がついている。」
その言葉に、その場で腰を下ろすトウコ。近づいたアヤカシは、トウコの頭をそっと撫でた。
夜。学校もとっくの昔に終わり、夕食まで済ませた頃。
暗闇の中。トウコは、自分の部屋で電気もつけずに、ただ考えていた。
トウコは、今回の騒ぎで学校に一週間行かなくてよくなった。騒ぎが落ち着くまでトウコに来て欲しくないのだろう。
騒ぎが落ち着くはずもないのに。父は、計画を破棄することはないと思う。頑固な人だから。父を語れるほど父を知っているわけではないけど。
そういえば、椅子を投げた生徒は、腕の骨を折ったらしい。アヤカシは容赦なく椅子を弾き飛ばしたようで、それくらいで済んでよかったと思うべきだろう。下手をすれば、もっとひどいことになっていただろうから。
実は、この生徒のほかにもトウコに危害を加えようとした者がいた。以前父が亡くなったことでトウコを怒鳴っていたクラスメイトだ。彼女は、何を思ったのか忌引きで休みだというのに、突然休み時間教室に入ってきて、あの騒ぎを起こした。あれにはトウコも驚いたが、その彼女が、トウコに向かって自分の筆箱を投げつけようとしていたらしい。
しかし、椅子が男子生徒に跳ね返ったのを見てやめたとか。意外とカンがいいようで、何かを感じ取ったのだろう。
「そんなことはいい。」
どうでもいいことだ。本当に考えなければいけないことは、レオのこと。
あの時、トウコはレオに対して感情が動いた。いや、もっと前から、レオに対して特別な感情があった。好意的な感情があったのだ。
でも、それに意味はない。トウコはもうすぐ、人間の生活ができなくなる。だってトウコは妖だから。だから、気づかないようにしていた。
意味はないけど、トウコの感情は嘘じゃない。だから、その感情が、あの騒ぎを起こした。レオに向かうはずの悪意もすべてトウコが引き受け、トウコがいなくなった後、レオが辛くないようにしたかった。
「・・・うまくいったのかな?」
トウコにはわからなかった。クラスメイト達の悪意が、今どこへ向いているのかが。それはきっと、トウコが妖だから。人間の心なんて、妖にわかるはずもない。
「天使ちゃん・・・」
暗闇の中、意外とすぐ近くで声が聞こえた。優しい声の主は、アノカミだろう。トウコの目には、夜目ではないので特徴的な青い髪は見れないが、わかった。
「アノカミ?どうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ・・・なーんてね。なんとなく、こうなる気がしていた。いや、こうなって欲しいと思っていたんだ。」
「それは、どういう・・・もしかして、私の心を理解していたの?」
「天使ちゃんがそう思うなら、僕は君の心を理解していたんだろうね。」
アノカミは心が読める。だから、当たり前かと納得して、アノカミに何の用か尋ねた。
「天使ちゃん。今日は、迎えに来たんだ。」
「!?」
驚くことはない。前々から決まっていたことだし、なによりトウコはこの日を待ち望んでいた。待ちくたびれた、そう言ってもいいほど待っていた。
そのはずなのに・・・
「くすっ。嫌だ?」
笑って聞くアノカミ。彼を初めて意地悪だと感じた。
「そうだね。僕は意地悪だ。レオ君への気持ちを知ってしまった君を、レオ君から遠ざけるのだから。しかも、君が気持ちを知るまで待ったうえでのお迎えなんだよ。」
これは嫌われちゃうかな、と笑ったアノカミに、トウコは怒りを感じることはなかったが、強い悲しみを感じた。
「ごめんね。でも、君に人間としての未練を残して欲しくなかったんだ。君は、人間としての生に何も望みはないと、自分に言い聞かせていた。けどね、心はそうじゃなかったよ。心は正直なんだよ。」
トウコは、選ばれた人間だった。衣食住に困らない、それ以上に贅沢な生活ができた。でも、他の子供と違うことが求められた。大人であることを求められた。
欲しがらず、与える存在であることを求められた。奪わず、奪われない強者であることを求められた。
でも、欲しかった。ぬいぐるみだって、可愛い服だって、星形のストラップとか、今までに我慢してきた「欲しい物」がトウコの頭に次々と現れた。
アノカミが寂しそうに笑った。
「君は、人間だった。トウコ、君の天使のような心をずっと見ていたかったけど、不自然にゆがめられた君は可哀そうだったから・・・」
「アノカミ・・・」
アノカミは、トウコの言おうとしていることをすでに理解していたが、あえて聞いた。
「トウコ、お主の願いはなんだ?」
それは、神として聞く、憎むべき人間に対する問。




