23 妖少女は人間として生きる
「あんたのせいよっ!」
トウコは、教室で一人のクラスメイトの女の子に突き飛ばされた。泣きながらいろいろとまくしたてられた後に、まさか突き飛ばされるとは、と驚いたトウコはそのまま床にしりもちをついた。幸い、机などにはぶつからなかったので、けがはない。
彼女の父は、トウコの父の計画である、採石の作業員だった。それが昨日亡くなったらしい。突然爆発した作業車の爆発に巻き込まれて。
「あんたのお父さんが、あんなことを!山の神様を怒らせることをするから!私のお父さん悪くないのに!仕事だからって仕方がないって・・・それなのに!」
トウコこそ関係がない。父は父。トウコはトウコ。彼女の父の死と何のかかわりもない。
「何をしている!トウコちゃん、大丈夫か?」
先生にプリントを出しに行っていたレオが帰ってきて、彼女に声を上げた。
「ナイトさまのゴトージョウだよ。」
悪意に満ちた呟きがトウコの耳に入った。レオは現在、最初ほどクラスメイトに好感を持たれていない。正義感の強すぎるレオは一部には煙たがられている。
「だって、こいつのせいで!お父さんが・・・お父さんが・・・」
「トウコちゃんは関係ないだろ!」
「こいつのお父さんのせいだもん!」
「だから、トウコちゃんじゃないだろ!トウコちゃんの父親の話だ!この子は関係ないだろ!」
2人の言い合いは、互いに引かない唯の叫びになって、徐々に大きくなっていった。そして、事態を聞きつけた先生が2人を止めて、騒ぎは落ち着く。
「とにかく、2人ともこちらに来なさい。」
先生の指示に従う2人を連れて、先生は教室の外に出て行く。トウコの横を通り過ぎたとき、その先生は「またあなたか。」とつぶやいた。
「あぁ、あの人間ね。たばこのポイ捨てしたんだよ?死んで当然だよね。」
山にあるアノカミの家で、トウコはアノカミと今日の出来事を話していた。アヤカシもいて、トウコの話を静かに聞いていた。トウコを膝の上に乗せながら。
「それは、火事になるとこだったね。そんなこともわからないのかな?」
「ま、昔ほど火の扱い方に注意しなくなったからね。いや、火だけじゃないけど。最近の人間たちは、どこか抜けているよね。」
「私にはわからないけど、そうなの?」
トウコは振り返ってアヤカシの意見を仰いだ。
「俺もわからん。昔も今も、そこまで人間とかかわっていないからな。」
「そうなんだ。」
「あぁ。俺は、トウコがいてくれればいい。ついでにアノカミもな。」
「アヤカシ・・・」
「ついで・・・僕、君の所有者なんだけど。」
アノカミの言葉に、トウコはそうなのかとアヤカシに聞いた。
「あぁ。俺は、アノカミへの生贄としてこの山に来たからな。アノカミは俺の所有者ということになる。」
「他にもアヤカシのような生贄はいるの?」
その問いにはアノカミが答えた。
「いや、シロ一人だけ。他の生贄はただの人間で面白みがないから、そばに置かなかったんだ。シロはね、こいつ本当に人間?って、疑問に思うほど人間らしくなかった。」
「ふーん。アヤカシは人間だったんだ?私と同じだね。」
「あぁ。そうだな・・・」
アヤカシは、トウコをぎゅっと抱きしめた。
「アヤカシ?」
「ねぇ、君たち?」
「俺は、座敷牢というところに閉じ込められていたんだ。自由はなかったし、自由なんて知らなかった。」
トウコは、小さく頷いて続きを促した。
「でも、この山に来て、一生アノカミから逃れられない代わりに、小さな自由を手に入れた。その後、お前に会うまではこの生活に飽きていたが、今は違う。幸せなんだ。お前もそうだろ、トウコ。」
「うん。幸せだよ。」
「そうだね。でも小さな自由って何?僕、基本的に君の好きなように過ごさせてあげてるけど?まだ足りないの?」
「私も、人間として生きていたとき、両親の理想の子供として生きて、自由がなかった。楽しみも・・・ほぼなくて、生きることにきっと飽きていたんだと思う。でも、今は違うよ。」
「天使が幸せならいいけどさ・・・いい加減僕を会話に入れて?」
「ありがとう、アノカミ。」
「ありがとな。」
それは、同時に2人からアノカミに掛けた言葉だった。突然のことにアノカミは一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに笑う。
「いきなりびっくりした。でも、その言葉は僕の方だよ。2人とも、僕の傍にいてくれてありがとう。」
若干目の端に涙を浮かべるアノカミに2人は意地悪そうに笑った。
「それが所有物としての義務だからな。」
「え?」
「別に、アノカミの傍にいるわけじゃないよ?アヤカシの傍にいるの。」
「天使・・・が悪魔に見える。」
うなだれるアノカミを見て、2人は笑った。こんな日が続けばいい。いや、これからずっと続くのだ。
トウコはそれを理解して、胸のあたりが暖かくなった。
ぱしんっと、台所で響き渡った音の正体は、母がトウコの頬をひっぱたいた音。
アノカミたちと楽しい時間を過ごして帰ったトウコに、母はわめき散らした。
「この、親不孝者!問題ばかり起こして!」
あぁ、面倒だなと。たいして痛くもない頬に手を添える。
「今日、先生から電話があったのよ。お宅のお子さんのせいで、クラスは問題ばかりだと!どういうことなの!明日、母さんは学校に行かないといけない・・・こんな恥ずかしいことは初めてよ!」
うるさいと思いつつも、トウコは黙って母の話を聞いているフリをした。それが一番この事態を早く収束させる方法だからだ。
「ただでさえ、山のことでご近所さんに白い目で見られるのに・・・なんでこんなことに。」
うるさくわめきたてた後、鼻をすすりだし、遂には泣き出してしまった母を、感情のない瞳でトウコは見つめた。
心の中でアノカミに問いかける。
私はいつまでここにいればいいの?
家では、両親に理不尽に叱られて。
学校でも、理不尽な悪意を、憎しみをぶつけられて。
ここにいる意味って何?
トウコが安心して、幸せな気持ちになって笑える場所は、アヤカシのいる場所。アヤカシのいない家も学校も息苦しいだけで、面白くもない。
アヤカシもトウコに人間の生活を望んでいるようで、学校にいるときと家にいるときはほとんど現れない。
つまらない。
もう、人間じゃないのに、なんで人間として縛られているの?
私は妖。何にも縛られない、人間とは違う存在なのに。




