20 アノカミ
あぁ、つまらないな。
ずっと昔からそう感じていた日常。妖になってもそれは変わらなかった。
妖になっても、家と学校に縛られる。私は、もう人間のトウコではないのに。妖なのに。もう、本当の居場所はこんなところではない。
「久しぶりだね。愛しのマイエンジェル!」
夕食が終わり、家の中で一人過ごしていたトウコに、突然現れたアノカミがそう声をかけた。妖のくせにカタカナを良く使いこなせるものだと、変なところで感心していたトウコに、心を読んだらしいアノカミは照れくさそうに笑った。
「天使ちゃん、君は本当にいいね!その可愛らしい見た目もいいけど、心の内も素敵だ。僕がどんな妖かわかっているはずなのに、君は何も望まない。いや、望みはするけど、最後は自分の手で決めるとことか、本当にクールだね・・・と、こんなことを言いに来たのではなかったよ。」
アノカミは咳払いをして、少し落ち着いたところで話し始めた。
「君が、シロのことを気に入ってくれたようで良かった。彼もそれを望んでいたからね。ありがとう。」
シロとは誰だろうか?一瞬そう考えたトウコだが、アヤカシのことだと思い出す。アノカミは、アヤカシのことをシロと呼ぶのだ。髪の色が白いから。
「なぜ、お礼を?」
「彼は、僕の都合で妖にしたからね。正直なところちょっと不憫に思うところがあって。彼も君と同じで人間とは思えないほど好感の持てる人間だったから。ま、好感というよりは興味の方が強かったけど・・・とにかく君には感謝しているよ。」
感謝されることなどないのに。トウコは、トウコがアヤカシと一緒にいたいと思いそれを望んだだけだ。ただそれだけ。
「そう。わかっているよ。君は自分の望みのまま生きる。それでいい。今まで縛られていたんだから、それくらいの自由なら許される。君の望みは、僕にとって不利益でもないしね。」
自由に生きるつもりではあった。私が妖になったとわかったその時から。でも、それを理解し許してくれるものがいるとは、思ってもいなかった。
アヤカシとは違った意味で、アノカミも一緒にいたいと思う。
「それは、光栄だね。君とは格が違うから、隣に寄り添って生きることは出来ないけど、僕は、君の憧れであり続けられればそれでいいや。」
「憧れ・・・そうだね。私は、あなたに憧れている。何者にもあなたを脅かせない。その強さがそうさせる・・・」
「ま、それでもちょっかいをかけてくる馬鹿はいるから、面倒だけどね。」
「でも、あなたなら簡単に退けられるでしょ?」
アノカミは、その言葉に黙って頷き返して、トウコの頭をそっと撫でた。アヤカシより優しく、壊れ物でも扱うような丁寧な撫で方。
「山のことは、心配しなくてもいいよ。だけどね、君はまだ人間の生活を続けるといい。不満はわかるよ?君の心を読めば、君がどれだけ色のない日々を過ごしているかわかるから。でもね、これから君は何百何千年と生きることになる。それは妖としてだ。」
「それは、わかっているよ。」
「うん。でもね、そんな長い間生きたことのない君にはわからないけど、君が人間として過ごせる期間は一瞬だ。これから続く同じような日々を早く始めるより、一瞬なら、つまらなくても人間としての生活を経験した方が僕はいいと思う。」
「つまらないのなら、それに意味はないよ。」
「そうかもしれないね。でも、一瞬のことだからさ。未来の君にとって、この期間は本当に一瞬。なら、別に無為に過ごしてもいいと思うんだ。」
トウコはアノカミの言葉をしっかりと聞き、理解しようとするがわからなかった。
「今はわからないだろうね。でもね、きっと未来の君にはわかるよ。それに・・・」
アノカミはカーテンを開き、部屋の電気を消す。
「ほら、こんな景色も今しか見られない。見ようとすれば見れるけどさ。こんな機会でもなければ、見に来ないんだよね。」
窓の外には、満天の星空。外に出ればもっと開放的で、素敵な星が多くみられるだろうしきれいだと思うのだが、なぜ部屋から覗く必要があるのか?
「自分の住み慣れた部屋。そこから見る景色って、結構特別なんだよ?ま、それがわかるのは、その景色を失ったときだろうけどね。」
アノカミが何を言いたいのか、トウコには理解ができなかった。少なくても今は・・・
「あぁ。本当に愚かだね。なぜ気づかないのか。」
性懲りもなく訪れる人間に吐き気を催すほどの嫌悪感があふれた。
「この山は僕の物なのに。なぜわからない?あぁ、知ってるよ。僕のことを知らないんだよね?なら、調べたくなるまで、僕の存在を疑えなくなるまで・・・」
アノカミが手を挙げて、振り下ろした。途端に大きな音が響き渡り、土砂が崩れる。
「昨日も今日も天気が良かったね。なんで、こんな現象が起きるのだろうか?考えてくれると嬉しいな。下調べも万全の状態で起きたのだろうし・・・ねぇ?」
昨日、あの山で土砂が崩れたらしい。幸い巻き込まれた作業員たちに命の別状はなかったが、この前の事故と引き続き起きたそれは、山の神の怒りであると、噂が広がっていた。
そして、多くの作業員たちが仕事をおりて、計画者は山から手を引いた。
しかし、愚か者はどこにもいるもので、その計画を引き継ぐものが現れる。
「全く、何が神の怒りだ。仕事を何だと思っているんだ!馬鹿馬鹿しい!」
一人の男が、書類を片手に叫ぶ。もちろん部屋に他の人間はいない。いればこのような感情を男がむきだすことはないだろう。
「受けるのは、何も知らない人間と、どうしても金に困っている者、あとは仕事と割り切る者・・・しかし、これは少なすぎる。面倒だが外から雇うか。」
「そこまでして、あの山に手を出すのか。全くあきれるねぇ。」
男以外誰もいない部屋に、別の声が響く。しかし、男にその声は聞こえず、独り言をぶつぶつと言っていた。
「この男が、天使を生み出したなんて信じられないね。」
アノカミは、男の前で頬杖をついて男の顔をまじまじと見ていた。
「天使の父親だろうが関係ないよ?次は覚悟しておくんだねって、聞こえないか。」
残忍な笑顔を浮かべたアノカミは立ち上がると、近くにあった写真たてを手で振り払い落とした。落ちた拍子に、写真たてのガラス部分がひび割れた。
「なんだ!?」
驚く男を放置して、アノカミは扉へと足を向ける。最後にちらりと、自分が落とした写真たてに入っている写真に目をやる。
笑顔の3人家族。どこにでもあるような家族写真。しかし、その写真のトウコは3歳くらいの子供で、今の彼女の写真ではなかった。
「娘の成長を祝えないのか。」
吐き捨てるように言ったアノカミの言葉は、誰にも届かなかった。




