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19 生まれ変わる



 私は、奪われることが嫌いだ。

 人に与えることはいい。それは、私が特別であるが故の義務で、特に物に執着することのない私に苦痛ではないことだから。昔は欲しいものも、執着するものもたくさんあったけれど、いつしかそう思うことをやめた。思ってしまえば苦しいだけだから。


 しかし、奪われることには我慢できない。それはどうあっても許せる行為ではなかった。許容してはいけない出来事である。

 これは、父に言われたとかそういうものではなく、おそらく物に執着しなくなった分の気持ちが、奪われるという行為に対しての怒りを増幅させているのだと思う。

 奪われたら、仕返しをしていい。それが、私には許されていた。


 そう。仕返しとは、私の怒りのはけ口だ。

 特別な私は、他の子と同じであることを許されず、常に特別であることを求め続けられて、私を出すことを許されなかった。


 欲しいのに、欲しがってはいけない。

 辛いのに、泣いてはいけない。

 子供なのに、大人でなければいけなかった。


 両親に望まれた姿になったはずの私は、なぜか母に好かれず、父にも渋い顔をされるばかりだった。


 あぁ、身勝手な。


「ずっと読書をしているのよ。まだ子供なのに、他の子とちゃんとコミュニケーションがとれているのか、心配だわ。」


 外で駆け回るのを禁じられた私は、周りのアクティブな子供と遊べなくなった。


「せっかく土産を買ってきてやったのに。子供らしい笑顔ひとつ浮かべない。」


 大人であることを求めたくせに。


 怒りが溜まっていく。

 その怒りは、両親だけでなく同世代の者に対しても感じた。


 私の物をすぐに欲しがり、困りごとがあればすぐ頼って。さんざん利用した後に、あいつらは私をいじめた。もしくは、見て見ぬふりをした。


 笑えるのは、無自覚にいじめの原因となったレオだけが、私を助けようとしたこと。彼に私は何もしていないのに。

 でも、それでも関係ない。レオが原因で私とアヤカシの時間が奪われたのだから、しっかり仕返しをさせてもらう。


 そう思っていた。




「だから、アヤカシ。私と一緒にいてくれる?」

「トウコ・・・?」

 こんなことは話すつもりじゃなかったのに。

 ここ数年自分の思いを外に出さなかった口は、そんなブランクを感じさせないほどに滑らかにそう言った。我ながら恥ずかしいことを言うものだ。


「いいに決まっている。むしろ、俺の方が一緒にいたいと思っている。」

 アヤカシまで恥ずかしいことを言う。でも、すごくうれしい。


「ありがとう。」

 いろいろと思いの丈を伝えたいのだが、なぜか滑らかだった口はうまく言葉を紡げずに、意味もなく口をパクパクと開閉するだけだった。


 そんな様子を見て、アヤカシは優しく笑うと空を見上げた。

「俺は、毎日その日の天気を見て、晴れだとか雨だとか呟いていた。意味のない、暇つぶしのようなものだ。」

「そう。」

「今まで、明日の天気は何かと見ることはなかった。だが、今日はなんだか気になるな。」

「明日、何かあるの?家で天気予報見ればわかるけど?」

「いや、特に予定はない。あぁでも、お前に会いに行くって予定があるな。トウコ、明日は学校で待っていろ。迎えに行くから。」

「・・・うん。」

「それでな、明日からは天気予報とやらは見るな。」

「うん・・・え?」

 そのまま頷いたトウコだったが、意味が分からずアヤカシを見上げた。


「明日から、毎日迎えに行く。雨が降っても大丈夫だ。むしろ降れ!」

「アヤカシ?」

 ついていけないトウコは不安そうにアヤカシの名を呼ぶ。


「安心しろ。雨が降っていれば傘を持っていく。一本だけな。」

「・・・あっ。」

 一本の傘ということで、トウコはアヤカシの言いたいことが分かった。しかし、大の大人がそんなことで?と思い、口に出すか迷った。


「知っているか?相合傘というものを。俺は一度それをやってみたかった。」

「・・・」

 トウコは、生暖かい目で自分がアヤカシを見ていることを自覚した。でも、嬉しいと感じ、次第にトウコも明日が雨になればいいのにと望んだ。


「あ。」

「ん?どうした?」

 何かに気づいた様子のトウコに、アヤカシが続きを促す。トウコはとても言いにくそうに、しかし決心したようではっきりと言った。


「明日、学校や休みだよ。」

「・・・そうか。」


雨が降る以前の問題だった。




「本当に愚かだよね。」

 木の上で横になって腕を枕にしているアノカミは、感情のこもらない声でそう言ってあくびをした。


 アノカミの視線の先には、つなぎを着て頭には黄色いヘルメットをかぶった男たちが数名、それぞれの仕事にとりかかっているようだった。

 彼らは、今から山の木を切り倒し、その材木を得ようとしているようだった。


「ここが、誰の山なのか・・・思い出してもらわないとね。」

 枕にしていない方の手を前に伸ばし、左から右へと横にまっすぐ、まるで何かを斬るように動かした。




 そうだ。と父がいつかの日のように切り出した。夕食を食べ終え、トウコが食器を流しに運んでいるところだったので、トウコはそのまま流しに向かう。父はそれを気にせず話した。

「今日、あの山で事故が起こったらしくてな。前にも話した通り、今あそこは採石をするために作業者が来ているのだが・・・どうやら、採石をするのに邪魔な木をきっている最中に木が倒れてきたらしい。その下敷きになった人間がいて、今入院しているそうだ。」

 山の話と分かるとトウコは父の話を少し真面目に聞いた。その様子が分かったのか、父は少し機嫌がよくなったようで、続けた。


「幸い命に別状はなく、数日で退院できるそうだ。しかし、何を怯えたのか数名の作業者が仕事をおりてな。全く、仕事を何だと思っているのか・・・危険な仕事とは承知の上のはずなのに。」

 何かに怯えた作業者。何に怯えたのか?もしその正体がアノカミなら、彼らの判断は賢明だろう。


「あの山に用などないだろうし、絶対に行くなよ、わかったな?」

 トウコに父はそう言ったが、従うつもりのないトウコは無言でうなずき、自分の部屋へと戻った。


 次の日、学校では山で起きた事故の噂でもちきりだった。


 なんでも、倒れてきた木は、きってもいないのに真横に二つに割れ、その断面図、年輪は鬼の形相をしていたとか・・・

 年輪で表情などできるはずはないので、これはただの見間違いか、噂にありがちな尾ひれだろう。


 トウコは、特に興味もなく本を開いた。面白くもないが、これくらいしか暇をつぶす物がないので仕方がない。


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