17 キス
レオが去ったのを確認する。泣いているところを故意に見せたトウコは、すぐに涙を引っ込めて、小さな達成感に口元が緩んだ。そんなトウコに、妖が声をかけてきた。
「ウマクイッタ?」
「うん。ありがとう。また明日、何か持ってくるね。食べたいものある?」
「ドレモ、オイシイ。ドレモ、スキ。」
「そう、良かった。」
妖と話していると、レオがまた現れた。
トウコは、ちょっと驚いたが、予想の範囲内なのですぐに対応できた。
「レオ君・・・帰ったんじゃ。」
「こんな状態のトウコちゃんを放っておけないよ!これ、俺のお茶だけど飲んで。落ち着くと思うから。」
勘弁してくれ。とトウコは内心悲鳴をあげた。お前のお茶なんて飲めるか。
「で、でも・・・」
「遠慮するな。」
殴っていい?と思わず言いたくなったが、トウコは、両手で口元を抑えて、恥ずかしそうに言った。
「それ・・・間接キス・・・だよね。」
「・・・はっ!」
今更気づいた様子で、レオは顔を赤くしたが、決心したようにトウコを見つめて聞いた。
「嫌か?」
嫌だ。心の中で即答する。しかし、これは回避できない。
レオのうるんだ瞳と引き結んだ口元で察した。勇気を振り絞って行った言葉だと。これを断るのは、トウコの計画的に得策ではない。
仕方がない。もう、後には戻らない。
「れ、レオ君こそ・・・嫌じゃない?だって、私、気持ち悪いって、みんなに言われ・・・うっ。・・・ぐすん。」
この手はいいかもしれない。このまま泣いてしまえば、お茶を飲まなくて済むかも?
「トウコちゃん!」
その時、トウコはレオの方に引っ張られて、レオの鼻とトウコの鼻がぶつかり、痛かった。
何がしたいんだお前。恨みがましくレオを見れば、顔が真っ赤だった。
「失敗・・・したから、もう一度やる。そのままじっとしてろ。」
「え?」
レオが、真剣な顔をして顔を近づけてくる。まさか、キスをしようというのか?
トウコは、おのれの浅はかさを嘆いた。作戦変更をするのではなかった。これなら、間接キスの方がまだましだ。
なにか逃れるすべはないかと頭を巡らせるが、トウコの目的のためなら、受け入れるしかなさそうだ。それにもう、レオの顔はすぐ目の前で・・・嫌だな。前はキスとかどうでもいいと思っていたけど・・・今は何か嫌だ。
「そこまでだ、ませ餓鬼ども!」
唐突に上から声が降ってきて、トウコの頭に優しく手が置かれた。一方レオの方には、レオの頭をわしづかみする手がある。かなり痛いようで、レオは叫んで、涙を流した。
だが、そんなことはどうでもいい。この声は。
「アヤカシ?」
「久しぶりだな、トウコ。その・・・」
アヤカシはトウコの髪に目を止めると痛ましげな顔をした。
「とりあえず、家に帰るぞ。」
「うん。」
トウコは素直に頷いた。
そして、レオのことを思い出して、アヤカシにレオを解放するよう言った。
「なんだよ、このじじぃ!」
「ほう。お前見どころがあるな。よく俺がじじぃだと見破れたな。」
感心するアヤカシに、憎々しげな表情を向けるレオ。
「レオ君、ありがとう。いつも助けてくれて嬉しいよ。今日だって、泣いている間ずっとレオ君に助けを求めていた。でも、本当に来てくれるなんて・・・レオ君は、本当に私のコメンダーだよ。」
不機嫌だったレオは、その言葉に完全に気を良くした。そして、今日はもうお互い帰ることになった。
アヤカシと共に家へ向かうトウコは、帰り道からそれて、雑木林の中に入っていく。
「トウコ、なぜこんなところへ?」
「この髪だと、家に帰ってから母に説教されるから。家に帰る前にアヤカシと話がしたいの。それとも、私と話したくない?」
「いや、俺はトウコとずっといたい。」
「・・・それは話してもいいってことだよね。」
トウコが地面に腰を下ろそうとすると、アヤカシが止めて、自分の膝の上に座るよう言った。トウコもその方が清潔だと思い従う。
トウコが腰を下ろすと同時に、アヤカシの両腕がトウコを抱きしめた。暖かいと感じたトウコは、特に何も言わずにそのまま座っていた。
「嫌じゃないか?」
「何が?」
「こう、抱きしめられることだ・・・」
「別に。」
「そうか。トウコ、悪かった。」
「何のこと?」
「お前が、困っているときに、俺は逃げだした。」
「逃げた?アヤカシが?どうして逃げたの?」
トウコに思い当たる節はなく、本当に意味が分からなった。だいたい、アヤカシほどの格があるものが、逃げるというのが信じられない。
「机に、落書きをされていただろう?あの時だ。」
「どの時?机に落書きなんて、最近毎日のようにされているよ。」
その言葉にアヤカシは、トウコを抱きしめる腕に力を込めた。さすがにそれは苦しかったので、トウコはアヤカシの脇腹を肘で突いたが、全く効果がなかった。
「すまない。そんなことになっていたなんて。辛かったな。」
「え?全く。辛くなんてないけど。」
「強がらなくていい。だって、お前はまだ子供なのだから。」
「・・・」
一人話し出すアヤカシにため息をつく。しかし、あの程度のことでトウコの心が傷ついたと勘違いされたままなのは嫌で、しっかりと説明することにした。
「アヤカシ、聞いて。」
「あぁ。何でも聞くぞ。」
「私は、クラスメイトを見下している。あいつらは、私とは格が違う。もちろん私の方が上で、あいつらは下だよ。そんな奴らに何と言われようが、思われようがどうでもいい。」
「そうか。お前は、俺と同じなんだな。俺も、人間が俺をどう見ようがどうでもいい。」
その言葉に、トウコは嬉しくなった。トウコが格上と認めるアヤカシが、トウコと同じだというのだ。嬉しくないはずがない。
「嬉しい。私は、いつかアヤカシと並び立ちたいと思っているから。同じところがあるのは嬉しい。」
「並び立つ?・・・それは、俺の隣にいたいということか?」
「違う。」
否定の言葉に、アヤカシの心は一気に沈み、それと共にトウコを抱く腕の力も弱まった。
「私は、アヤカシと同じ強者になりたい。母より、父より、人間より強い強者。格上の存在になりたい。」
気が沈んだアヤカシだったが、トウコの話はしっかりと聞いており、一つの疑問がわいた。
「なぜそこまで強さに焦がれる?」
人間に強さは必要ないとアヤカシは思っている。まだ、妖になりたてで、人間よりのトウコが強さを求める意味が理解できなかった。
「強者、格上の存在となって、何を望む?」
アヤカシの質問に、特に考える様子もなくトウコは即答した。
「自由。」
そう言ったトウコの姿に、アヤカシは過去の自分を重ねた。
遠い昔。俺も自由になりたかったからわかる。もう、一生叶わない昔の願い。
どうすればその願いが叶うのか、いや、そんな願いを持っていたことすら俺は気づかなかった。なのに、トウコは自分の願いを叶えるのに必要なこともわかっているのか。
感心するアヤカシに気づかず、トウコは続けた。
「誰も、私を縛れない。自由に行動し、言いたいことを言う。もう、私の物を奪わせない。それほどの強さが欲しい。」
その願いは、アヤカシには叶えられない。
そのことが、とても悲しい。




