16 俺の願い
動けなくなって何日たったのか?
目を閉じて、ただ横たわっている俺の耳に、土を踏む規則正しい音が聞こえた。
じゃり、じゃり、じゃりと。それはこちらへと近づいてきているようで、音はだんだん大きくなっていき、本当にすぐそばまで来たところで止まった。
「人の子」
抑揚のない男の声が聞こえたが、俺は何も答えなかった。
「われの供物か。お主にしてみれば、難を逃れたというところだな。」
何も言っていないのに、男の声は一人で話し出す。
「お主は、なかなかに面白い。人の子よ、お主は何を望む?我に何を願う?」
その言葉で、俺はこいつが神だと理解する。あの男が巨万の富とやらを願いに来た目的の神・・・
「ありふれた、つまらぬ願いだ。だが、お主は違うのだろう?人の子でありながら、人の生活を営むことを許されなかった、哀れなお主は。」
哀れ・・・可哀そう。カンタも俺にそう言っていた。そういえば、カンタは外に出してやると言っていた。その言葉を聞いて、俺はなんとなく外に出ようと思っていたが、いつの間にか外に出ていたな。
「カンタとやらは、特に面白みのない男のようだ。弟の方がまだ面白みがある。」
神の言葉で、俺は久しぶりに弟を思い出した。金平糖をくれて、俺に甘みを教えてくれた。そして、俺に罪を擦り付けて、外に出してくれた。
「その言葉だけ聞くと、弟とやらは恩人とも思える。しかし、やっていることはただの悪人で、お前は利用されただけと思うぞ。弟はな、恐らく村長になりたかったのだ。そして、カンタが邪魔で殺した。その罪をお主に擦り付けただけだ。」
罪を擦り付けることは悪いことなのか?
「一般的には悪いことだな。お主も、結果的に今生きているがよいもの、本当ならあの時殺されていたのだぞ?罪を擦り付けられたせいでな。」
殺されることは、死ぬこと。
「死・・・とはなんだ?」
俺は、初めて神に声を出して聞いた。かすれて聞き取れないかと思われた言葉だが、神には届いたようだ。
「これまた難しいことを聞く。人間とは面倒だな。死とはな、死だ。」
「わからない。」
「体が動かなくなり、声も出せない、目も見えない、耳も聞こえない。周囲の状況を把握できず、考えることすらできない。時が経てば、体は虫に食われ、いずれ土にかえる。人々の記憶からその者の思い出もなくなり、そのものが存在していたことすら、誰も思い出せない。そんなところか。」
想像ができない。今だって体は動かせない。目もつぶれば周囲は見えなくなる。しかし、耳で周囲の状況は把握でいる。先ほど神が近づいてくるのを察知できたように。今、神の声を聞いているように。これが聞こえなくなったとして、考えられないとは何か?
ぐるぐると頭が回って、何も考えられない。
「それは、何も考えられないと考えているのだ。まぁ、難しい話だ。しかし、直わかるだろう。お主はもうすぐ死ぬのだから。」
その言葉を聞いて、俺は寒気がした。死が恐ろしいと、今になって思ったのだ。
「生き物はいずれ死ぬ。しかし、それを恐れるのも生き物だ。」
死は、嫌だ。なんだか、受け入れられない。
「なら、そう願うか?願う者は多いな。しかし、不死は幸せと呼べるものではないぞ。あぁ、幸せなぞお主にはわからぬか。」
わかる。カンタが殺された日。その日見たカンタの笑顔が、俺の幸せだ。
「なら、何を願う?」
幸せはいいことだ。不死は幸せでないというのなら、何が幸せなのか?
「お主は、わからぬのだな。無理もないか。なら、教えてやろう。お主は、カンタが嫌いだった。」
「嫌い?俺が、カンタを?」
それは、遠い昔の出来事。しかし、そのことを忘れることは出来なかった。
生きるために、忘れてはいけないことがある。カンタを怒らせるな。
それは、たった一度の喧嘩。というよりは、カンタが勝手に怒っただけだったような気がする。その内容は覚えていないが、そのことが原因で、カンタが3日来なかった。
その間、俺はずっと飯を抜かれて、苦しい思いをした。カンタは飯を抜かれているとは思っていなかったようで、悪気はない。
俺は、カンタに生かされているということを実感した。カンタに深く感謝をしたが、同時に息苦しさを感じたのを覚えている。だが、関係ないのだ。俺は、カンタにとって都合のいい存在でなければいけない。生きたいのならば。
「嫌ってはいけない。その感情はカンタを怒らせる。そう思っていたのだろう、もちろん心の奥底で。おそらく本能が、その気持ちを拒み、お主はその気持ちに気づかなかったのだ。」
「・・・カンタは、俺を生かしてくれた。それだけで、感謝しなければいけない。」
でも、カンタは俺を見てくれなかった。都合のいい俺しか見てくれなかった。話だって、カンタが話したいことを話すだけ。
「人間とはそんなものだ。カンタは、お前を生かす代わりに、お前を都合のいい存在に仕立てたのだ。そこに、お前の意志など関係はない。」
「そうだな。」
「お主は、今までずっとそうであったようだな。カンタから弟、男へと持ち主が変わっていったが、その在り方は今まで変わらなかった。それは、これからも変わらぬのだろうな。」
「俺は、そういう生き方しかできないようだからな。生きるために、カンタ、弟、男の都合のいい存在となって、生きてきた。」
「ならば、われもお主を都合のいいものにしよう。」
神は、柏手を一つ打つと満足そうに笑った。
「巨万の富と引き換えに、お主はわれのものとなった。しかし、われは人間を憎んでおってな・・・人間を近くに置くつもりはないのだ。」
神の手が俺に伸びた。瞬間、視界が赤く染まり、鋭い痛みに耐えかねて俺は意識を手放した。
「にしても、最後まで願いを言わぬのか。言えば、ただ殺すだけだがな。面白みもない人間などいらぬし、供物ももらっておらぬのだから。」
その日から、俺は妖になった。俺の都合は関係なく、神の都合によって。
神は、今とは全然違う口調だが、トウコを天使と呼ぶアノカミだった。
アノカミは、共にいる存在を求めていたようで、人間らしくない俺を気に入ったらしく、妖にして傍に置くことにした。ただ、アノカミはそれ以外を何も望まなかった。
俺は、座敷牢にいるときから、自覚はなかったが自由を求めていた。誰にも縛られない、何をしてもいい。その自由は、一生手に入らなくなったが、なぜか息苦しさは感じない。
でも、寂しさは感じる。
アノカミは、俺を求めたわけではない。
人間でないが、人間であった、人間的でない妖。おそらくそういったものを欲していた。ただそれだけで、それ以上を望まない。
望まれたい。
おそらく、それが俺の次の願い。
そして、それはアノカミには叶えられない。
学校の屋上。俺はそこから、小さな背中を見つめていた。
黒い妖と並んで、その少女、トウコは泣いていた。
さんざんアノカミに言われたことで、俺はトウコが悲しんでいるわけではないことが分かった。そして、彼女が何かを企んでいることも。




