15 飽きていた
遠い昔の話。座敷牢と呼ばれる場所に、俺はいた。
日の光もろくに入らない薄暗い部屋。薄くて小汚い布が一枚。部屋にあるのはそれだけ。一応粗末な服は着ていた。そして、食事も1日に一度は与えられていたので、なかなか待遇は良かったのかもしれない。
「飯持ってきたぞ~」
「カンタ・・・」
俺に比べれば、いや、比べなくたって上等な服を着た男が入ってきた。男の名前はカンタ。俺の兄らしい。
持ってきたもらった食事を黙々と食べていると、カンタはいつものように愚痴とやらを話し始めた。
どうやらこの家は、村というものをまとめる家らしく、この家の長男であるカンタは毎日忙しいそうだ。その忙しい合間を縫って、ここに食事を持ってきてくれるらしく、いつも感謝している。
「お前、いつもそんなの食っていて飽きないのか?」
「?」
「まぁ、俺もそんな種類に富んだものを食っているわけじゃないが・・・」
「カンタ、飽きるとはなんだ?」
「・・・そうだな。お前にはわからんよな。たぶん、お前は知らない方がいいと思う。」
「そうか。なら聞かない。」
俺は、この座敷牢とやらから出たことがなかった。話相手もカンタだけ。言葉もカンタに教わったようなものだ。
カンタは、可哀そうだとか、いつか外に出してやるとか言っていたが俺にはよくわからなかった。でも、カンタがそういうのなら、俺はいつか外に出てみたいと思った。
今日の食事は終わったというのに、誰かが座敷牢へと来た。
それは、今まで見たことがない男で、自分を俺の弟だと言った。
「本当に、いたんだ。そうだ、これやるよ。」
手を出すように言われ、差し出すと手の上に小さな石のようなものをのっけられた。
「金平糖っていう砂糖菓子だ。お前、食べたことないだろ?うまいぞ!」
男のうまいという言葉を聞いて、食べ物と理解し口に入れた。それは固く、変な感じがしたが、今まで食べたことのない味で驚いた。
「これはなんだ?」
「だから、金平糖だって。気に入ったのなら、またやるよ。今日はそれで終わりな。」
これが、弟との出会いだった。
翌日。いつものように食事を持ってきたカンタに、昨日のことを話した。
「あいつが来たのか・・・お前、何もされなかったか?」
「金平糖とやらをもらった。」
「・・・?あいつが?変な話だ。それで、うまかったか?」
「よくわからないが、今まで食べたことのない味がした。」
「あぁ。それは甘いっていうんだよ。そういえば、甘味なんて出されないからな。また食べたいか?」
「弟がまた持ってきてくれるらしい。」
「それは・・・いったいどういうことなのか。ま、害が無いのならいいが。」
その言葉の意味は、その時全く分からなかった。だが、後に思い知ることとなった。
「よ、兄さん。また来たぜ。」
「弟・・・」
二度目となる訪問に、弟は荷物を抱えていた。
「今日は、兄さんに頼みたいことがあって。」
「頼み?」
弟は、俺の目の前に茶色い塊と固そうな何かを並べた。それは、木片と彫刻刀だった。
「これで、兄さんに手彫りのクマを作ってもらいたいんだ。」
わからないことだらけで、頭がぐるぐる回ったが、弟は見本というものを置いて、彫刻刀とやらの使い方を教えると、そのまま帰ってしまった。
カンタに聞かれたので、弟の話をしたが何も言われなかった。ただ顔をしかめるだけ。
俺は、弟に言われた通り手彫りのクマというものを作った。見本と瓜二つのそれは、カンタと弟を驚かせ、そのせいか見本は増え、ウサギ、タヌキなんかも作った。
これらは動物と言われるものらしいが、俺は見たことがない。何でも動くらしいそれらを、いつか見てみたいと思った。
ある日、カンタが言った。俺たちは誰も似ていないと。
俺たちは、兄弟と言われるものらしく、兄弟はどこかしら似ていると聞いた。だが、確かに俺たちは似ていなかった。弟は、腹違いだからという理由らしい。
俺は、俺の顔を見たことがないからわからないが、カンタとは髪の色も目の色も違うらしい。だが、似ていないと言った後に、カンタはそれを否定した。
「なんだ。目元は似ているな。色が違うところばかりに目がいって気が付かなかった。」
そう言って笑ったカンタの顔をなぜか忘れられなかった。
それは、その後カンタが弟に殺されたからかもしれない。カンタは、俺の前で殺された。しかし、当時の俺は「死」がよくわからず、倒れるカンタを見ていることしかできなかった。
弟は、カンタを刃物で刺し殺した後、絶命を確認し、俺に与えていた彫刻刀でカンタの傷口をえぐり、血の付いた彫刻刀を俺に渡した。
俺は、よくわからずそれを受け取って、人を呼んだ弟に罪を擦り付けられた。
処刑されるはずの俺は、弟の言葉で・・・新しい村長の言葉で旅人に売られることになった。女に間違えられたわけではない。ただ、そいつは供物が欲しかったのだ。
俺を買った男が、上機嫌に酒をあおりながら話していたことがある。
「お前は、あの山の神への供物だ。おらは、お前を捧げることで、巨万の富を得るのさ。」
あの山の神は、供物を捧げた人間の願いを叶えてくれるらしい。でも、そんなこと俺にはどうでもよかった。その時は。
男があの山と言っていた山に来て、中腹まで登ったところで男が倒れた。おそらく何かの病気だったのだろう。
俺は、特に何を思うでもなく男の近くに座っていた。日が落ちて、また日が昇って。腹が減ったと思ったが、どうすればいいかわからず、そこに唯留まっていた。
おそらく、季節は夏だったのだろう。昼時はむしむしとしていて、不快でのども乾いた。水だけは近くに湧水があったので飲んでいたが、腹の満たし方はわからずに減りっぱなしだ。
正確に何日かはわからないが、一週間も経っていない。3日とかだったかもしれない。ふと、男を見たら、白いものが腕にある傷口から飛び出て、気持ちの悪い動きをしていた。
その傷口は、男が山に登るときに誤って木の枝に引っ掛けてできた傷だ。
吐き気がした。なんだか全身がかゆくなって、かきむしった。爪でできた薄い切り傷を見て、血の気が引く。俺の傷口からもこんなものが出てくるのか?
そう思うと気持ちが悪かった。こんなの嫌だ。この男と同じになりたくないと思った。
俺は、いつの間にか走っていた。
もう、男は見えないし、男がいる場所まで戻れる自信もない。
走りつかれて木陰に座っていると、突然座敷牢での生活が蘇り、不思議な気分になった。いつか見てみたいと思った、動物。手彫りシリーズのどれもいまだに見ていないが、時折可愛らしい声でなく鳥を見た。
座敷牢にはなかった明かり。眩しいくらいのそれになれるのは、ものすごく時間がかかった。今も長時間日の光にさらされるのはきついものがある。
座敷牢と違って、外の世界というものは何をすればいいのかわからなくて、戸惑うことも多い。だが、目新しいものばかりで、心惹かれる外の世界は嫌いじゃない。
ここにいたいな。
いや、ちがう。
もう、座敷牢には戻りたくない。
その時俺は初めて、飽きるという言葉を実感した。
座敷牢での生活に、俺はとっくの昔に飽きていたのだ。




