13 黒い妖
今日は何事もなく帰りの会を迎え終えたトウコは、荷物をさっさと詰め込み教室を出た。レオに挨拶することも忘れない。
トウコが向かったのは、昨日何かを見た茂み。
誰も見ていないのを確かめ、茂みの中に入るとそれはすぐに見つかった。
黒い塊。それも流動・・・前に見たスライムというオモチャに似ている。形をころころ変えて、プルンとしている。
「ねぇ、話せる?」
トウコは黒い塊に話しかけた。黒い塊はブルブルと震える。
「声は出ない?」
「・・・ハナス、スコシダケ。」
黒い塊から、低くかすれた声が聞こえた。
「私は、トウコ。あなたは?」
「ナ、ナイ。」
ナ・・・名か。名前は、ないらしい。
「・・・どうしてここにいるの?」
「ウゴケナイ。ズット。」
「どうして?」
「ナイ。キオク。」
少し話しにくいと感じながらも、トウコは根気よく質問し答えをもらった。
妖の名はない。理由はわからないが、この場所から動けない。とりあえず、今は食べることで力をつけようとしているらしい。
そこら辺を飛ぶものを引き寄せる能力があるらしく、よくボールがここへ転がってくるのは、この妖のせいらしかった。ちなみに、ボールは食べないそうだ。
「大体わかった。また明日来る。」
「・・・?」
トウコは、そう言ってこの場を後にした。
夕食。珍しく早く帰ってきた父と、トウコは夕食を共にしていた。もちろん母も一緒だ。特にたいした会話もなく食べていると、父が「そうだ。」と切り出した。
「あの山の使い道が決まった。どうやら、ゴルフ場を諦めて、砂利なんかを採取するようだ。その関係の作業車がくるし、色々危ないだろうから近づくな。」
あの山。それは、アヤカシとアノカミの住む山だった。
さっと、トウコの顔から血の気が引いた。
「トウコちゃん、聞いてる?近づいちゃだめよ?」
母にそう言われ、頷いた後、トウコは自室に戻り頭を悩ませた。
「あの山が・・・どうしよう。」
アヤカシに知らせるべきか。だが、アヤカシが会ってくれるかどうかもわからない。彼は、トウコに失望していたから。それに、その失望した目をまた向けられるのが怖かった。
「アヤカシ。」
あれから、一度もアヤカシを見ていない。このままお別れ?
それに、アヤカシは山がなくなって平気なのか?
どうすればいいのか。トウコにはわからず、涙があふれた。
翌日。トウコは教室の前にいた。目にはうっすらクマがあって、みっともない。とりあえず、山の件はわきに寄せ、トウコは今やるべきことをやることにした。
自分の机を見たトウコは、舌打ちをしたい気分になった。落書きされた机・・・もう、いいからこういうの。という気分だった。
いつものようにレオに挨拶をされ、レオに慰められて、今日は帰りたくなかったトウコはレオに、先生には言わないよう言った。
「そんな、どうして・・・」
「迷惑かけたくないの。それに、こうやって消せば、もうわからない。」
だが、正義感の強い彼は納得せず、トウコはさらに言葉を重ねた。
「昨日ね、お母さんが倒れたばかりで・・・今日だけは休ませてあげたいの。だから、お願い。私は、大丈夫だから。」
そう言って微笑み、首を傾げた。
なんとか、強制送還・・・早退を免れたトウコは、帰りの会の後にあの茂みへと行った。
「来たよ。」
「・・・」
黒い塊はプルプルと震えただけだった。
「今日は、お土産があるの。」
そう言ってトウコは、ランドセルの中から、ハンカチに包まれたクッキーを取り出した。家から持ってきたものだ。
「クッキーていうの。ちょっと食べてみて。」
「・・・アリガトウ。」
黒い塊は、差し出されたクッキーを受け取ると、クッキーはすっと消えた。
「オイシイ。」
「そう、良かった。」
トウコは、黒い塊が満足そうなのを見て、使えるかもしれないと思った。
「もっと欲しい?」
「・・・モラエル?ホシイ。」
「なら、私と取引しよう。」
「・・・トリヒキ?・・・ナニモ、デキナイ。」
「そう思っているのは、お前だけ。」
トウコは、やって欲しいことを言ってみると、それならできると良い返事をもらえた。
「後は、事実を作らないと。今の状態では、少し弱い。」
「ナニガ?」
「ごめん、こっちの話。明日は・・・マショマロを持ってくる。」
「マツ。」
「ばいばい。」
「・・・バイバイ。」
それから一週間が経った。その間に、机の落書きは油性ペンで書かれるようになり、椅子にはボンドが塗られた。下駄箱の上履きがなくなることもしばしば起きて、最後には落書きされて、トイレの便器の中に放り込まれていた。
その度にレオに慰めてもらい、それによって行為はエスカレートしていく。先生にもやめるよう言ってもらったが、それは火に油を注ぐだけだった。
「トウコちゃん、大丈夫か?なんでこんな目に合わないといけないんだ。トウコちゃんは悪いことなんて何もしていないのに。」
「大丈夫。悲しいけど、私にはレオ君っていう、大切な友達がいるから・・・まだ、頑張れるよ。」
「そうか。良かった。少しでも助けになれているなら。」
トウコの心がざわつく。彼は、本当にトウコを心配し、助けているつもりだ。ただ、優しくて正義感の強い男の子。
復讐をレオにすると決めていた。
アヤカシとの時間を奪ったレオに。
でも、その思いが少し揺らいだ。
「ありがとう、レオ君。」
トウコはにっこり笑った。花の咲くような笑顔で。
赤くなるレオ。
でも、奪われたら、奪い返さないと。
揺らいだ思いは、もう揺らがない。
目をそらしたレオには、冷たい瞳で見るトウコの姿が見えなかった。




