12 母
「辛かったわね、トウコちゃん。今日はもう帰りましょうか。」
学校に来た母にそう言われた。全く、余計なことをしてくれる先生だと、トウコは舌打ちをしたくなるが、もちろんしない。
先生に呼ばれ事情を聞かれたので、知らないと答えた。トウコは何も知らなかったのだ。朝来たら、机に落書きをされていた。知っているのはそれだけ。
先生は、後日また事情を聞くと言って、母に迎えを頼んだ。
私は、大人しく母と家に帰る。もちろん車に乗って。
車の中で、母はこういった。
「男に色目を使うなんてはしたないから、やめなさい。」
自業自得とさえ言われた。もっとうまく立ち回れとも。
私がそういう風に見えるのか?聞きたかった疑問は口にしなかった。
翌日。トウコは、教室の前に立っていた。
下駄箱には、特に何もされていなかったが、掃除をした後のようにきれいにされていた。
ここからが勝負所。トウコは深呼吸をした後、教室の中へと入って行った。
トウコが入ってきた瞬間、教室中から好奇の視線にさらされた。今日はいつもより遅く登校したので、人が多い。
自分の席まで行き、ランドセルを机に置く。机には落書きがないことを確認済みだ。それから、椅子を引いて見るが、何もなかった。
ランドセルから教科書を取り出し、机の中に入れようとしながら、机の中を見ると、何かが入っていた。
「トウコちゃん、おはよう。」
突然挨拶をされ、トウコは挨拶を返しながら相手を見る。わかっていたが、レオだった。
「おはよう、レオ君。昨日はありがとう。私、どうしたらいいかわからなくて・・・レオ君がいなかったら。」
少し瞳を潤ませて、レオを見た。レオは少し赤くなって、気にすんなと言って視線をそらした。もちろん、全く気にしていないとも。
この一連のやり取りだけで、大変満足のいくものだが、使えるものは使わねば。
トウコは、机の中に教科書を入れるふりをして、不思議そうな顔をして机の中を覗き込んだ。
「何かしら?」
「ん、どうした?」
「机の中に何か・・・いやっ!」
手に持っていた教科書を投げ出し、トウコはレオに軽くしがみついた。
「どうした!?」
「な、何かいる・・・」
レオは、その言葉を聞いて、机に手を入れそれを掴んだ。
三日連続である。先生からの呼び出し。
今回は、机の中にネズミの死骸が入っていた。ちなみに、トウコは初めてネズミの死骸を見た。結構可愛らしかったので、別に恐怖も何も感じない。
さて、次は何が来るのか?それをどうやって利用しようか?教師の話を聞き流しながらトウコは考えていた。
昨日と同様に迎えに来た母と共に、学校を出たトウコは、目の前をすごいスピードで横切る何かを見た。すぐにボールだと気づく。
それを追って、男子生徒が一人、ボールの消えて行った茂みの方に入っていく。
「やっぱり、この茂みに入ったか。全く、いつもなんでこっちに飛んでいくんだ?」
ぶつぶつ言って、彼はグランドの方へと戻って行った。今は体育の授業中でキャッチボールをやっているらしかった。
「トウコちゃん、行きましょう。」
「うん。」
母に促され、素直に頷く。
そして、先ほどの茂みの横を通り過ぎるとき、何かを見た。たぶんそれは、トウコと同じ妖なのだろう。
トウコは、何も言わず、表情も変えず、母に続いて行った。
翌日。教室の前に来たトウコは、そのまま教室に入り、昨日と同じように自分の席を点検した。今日は特に何もないようだ。
「トウコちゃん、おはよう。今日は何もない?」
「おはよう、レオ君。今日は大丈夫みたい。心配してくれてありがとう。レオ君は優しいね。」
「と、当然だよ。困っているときはお互い様だ!」
以前自分が言った言葉を本気で使うレオに、若干の不快感を感じながらも、トウコは笑った。そして、レオの好きそうな言葉を言う。
「レオ君ってヒーローみたい!かっこいいよ!」
「ヒーロー・・・俺、コメンダーに憧れているんだ!だから、いつもコメンダーみたいになれるよう努力してるんだよ!」
コメンダー。その言葉を聞いた時、トウコは苦い思いがしたが、その感情はわきに寄せた。
コメンダーとは、お米戦士。ヒーロー戦隊モノの主人公の名前だ。農家生まれの気弱な男性が、コメンダーに変身して悪の組織と戦う物語で、コメンダーはお米を食べて強くなり、回復もする。
そして、悪しき心に染まった人間もお米を食べさせることで、浄化する。
ただの、子供番組の主人公。
「コメンダー、かっこいいよね!私も小さいころから好きなの。」
「トウコちゃんもわかってくれるんだな!嬉しいよ、コメンダーの話ができる子がいて。あまり俺の周りいなかったから・・・」
トウコの周りにもいなかった。もし、もっと前に会っていたのなら・・・
その考えを塗りつぶす。もう、後には戻れない。いや、戻らない。
トウコがもっと小さかったころ、コメンダーのショーを見に行った。
大好きなコメンダーに会える!子供らしくウキウキとした気分でショーを見に行った。ショーは大成功で、本当に夢のような時間だった。
来てくれたお礼と言い、コメンダーは一人一人の子供にステッカーを渡した。もちろんトウコももらった。もらうときに頭を撫でられ、すごく嬉しかった。
帰り道、トウコは車でなく歩きで、母と共に家へと向かっていた。
コメンダーのミニキャラが描かれた、手のひらサイズのステッカー。トウコはずっとそれを手にもって、たまに眺めていた。その度に母に注意され、何度ステッカーを没収されそうになったことか。
幸せをかみしめるトウコの耳に、悲痛な叫び声が聞こえた。それは、橋の前で泣き叫ぶ子供の声だった。
「僕のコメンダーが!!うわぁぁあああん。」
「だから言ったでしょ。しっかり持っていないから、こういうことになるのよ。」
「うわぁぁあああん。」
母は立ち止まり、その親子へと声をかけた。
「どうかしましたか?」
「あぁ、いえ。騒がしくてすみません。この子が、ショーでもらったステッカーを川に落としてしまって。ほら、行くわよ。もうどうしようもないでしょ。」
「お気の毒に。トウコちゃん、そのステッカーをその子にあげなさい。」
母の言葉に小さいトウコは固まった。
「いえっ!そんな、いいですよ。落としたのはこの子の責任ですし。」
「遠慮なさらずに。この子は、別にステッカーなんて欲しくありませんから。」
意味が分からなかった。トウコがこのステッカーを欲しがらないも何も、これはトウコのステッカーだ。今泣き叫んでいる男の子の物ではない。
「ほら、トウコちゃん。」
「嫌だ。これは、私のものだもん!」
「はしたないこと言わないの。そんな紙切れ、あなたには必要ないでしょ?」
紙切れ・・・じわっと涙がにじむ。
「全く、みっともない。」
頬をたたかれ、トウコのステッカーは母に奪われた。
その行動に相手の母親は目を丸くするが、特に何も言わなかった。
「はい。」
「ぐすっ・・・もらっていいの?」
男の子に母は頷き、男の子の手にステッカーを握らせてあげた。
その後、トウコは家に帰ってみっちり叱られた。そこからだ。だんだんと、トウコの子供らしさは失われ、コメンダーは、悲しい出来事を思い出させるものとなった。




