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10 転校生



「今日は、みんなに新しい友達を紹介する。」

 朝の会の時間、先生はそんなことを言った。トウコは眉をひそめた。

 ただのクラスメイトを勝手に友達呼ばわりとは、なんとなく気に入らない。それに、また新たな関係を作らなければならないのは面倒だ。人が増えるたび、人間関係は微妙に変化する。


「入ってきなさい。」

「はいっ!」

 扉の外で元気よく返事が聞こえ、男子が一人入ってきた。第一印象は、活発で面倒そう。顔はだいぶ整っていて、女子に騒がれそうだった。

 実際に女子たちがささやき合っているのが聞こえた。


 先生の隣まで来た彼は、自己紹介をするように言われ、元気に答えた。トウコは興味がなかったので名前と話題に使えそうなことだけを頭の隅に置いた。

 レオ。野球好き。

 トウコの頭の隅に置かれた情報はこれだけだ。はきはきと話し、自信に満ち溢れた彼の姿は、面倒な相手とトウコに思わせ、関わりたくない人リストに追加された。


休み時間。レオは女子にはもちろん男子にも大勢囲まれ、質問攻めの嵐だった。それに笑顔で一つ一つ律義に答える彼の印象はいいものだろう。


「いいよね、レオ君・・・」

 トウコの席まで来ておしゃべりしている女子がそう言った。

「気になるなら、あなたも混ざってきたら?」

「えぇ~恥ずかしい。トウコちゃんも一緒に来ない?」

 そう返されるだろうと思っていたトウコは、少し考えるそぶりをして首を横に振った。

「私は遠慮しておく。同じクラスだし、これから話す機会はいっぱいあるからね。」

「あ、確かに!それもそうだね、急ぐ必要ないか~でも、今話している内容も気になる~」

 面倒だ。これは一緒に来て欲しいと、トウコに言っているようなもの。ここで再び断れば心証が悪くなるのだろう。でも、正直あんなものに混ざりたくはない。


 トウコはちらっと、時計を確認してから頷いた。

「実は、私もちょっと気になっていたの。行こうか。」

 そう言って、トウコが立ち上がった瞬間、チャイムの音が鳴り響いた。

「あ、授業が始まっちゃう・・・残念だったね。」

「うわー、もうこんな時間だったの!?席に戻らなきゃ。」

 そう言って、彼女は自分の席に戻って行った。トウコは、ほっと息をつき、次の休み時間はお手洗いに行こうと考える。


 トイレの個室に入ったトウコは、ほっと息をつく。何とかこの時間は逃げられたが、次はどうするかと考えこむ。

 妖となったトウコは、不思議なことに食事ができ、物にも触れるが、排せつすることがなくなった。どういう仕組みなのかはわからなが、便利なものだと思う。


 トウコが考え事をしていると、女子たちの話声が聞こえてきた。どうやら誰かトイレに来たようだ。

「もう、最悪。せっかくレオ君と話せるチャンスだったのに!あの子がもたもたしていたせいで!」

「それは残念だったね。私たちがいればよかったけどね。」

「先生に呼ばれちゃったからね。」

 それは、クラスメイトの声で、一番最初の声は、トウコの席に来ていた女子の声だった。

「で、三人そろったから今度こそって思ったら、今度はレオ君が先生に呼ばれちゃうんだもん!先生ったら、もう何なのよ!」

「それにしても、トウコちゃんも本当気が利かないよね。いつもお話してあげているんだから、それくらい手伝ってくれてもいいのにね。」

「恥ずかしかったのかな?」

「それはないでしょー。だって、あのお嬢様だよ?」

「だよねー。」

 女子たちは、どうやら3人組のようだが・・・ひとしきり話して、用をたし出て行った。


 トウコは、面倒だなと思う。成長するにつれて、クラスメイトへの対応が難しくなってきた。物をあげたり、宿題のプリントを見せてあげたりするだけでは、平穏に過ごせなくなってきた。

「面倒・・・」


「うわー!宿題のプリント出てたの忘れてた!」

 次は国語の時間。その教科書の準備をしていたトウコの耳にその言葉が聞こえた。またか。トウコはいつものように立ち上がって、プリントを渡してあげようかと思ったが、その前に声を上げた彼がトウコの方に来た。

「悪いトウコ。またプリント写させてもらっていいか?」

 トウコは頷き、プリントを手渡そうとして、横から伸びた手に邪魔された。顔をあげれば、転校生の彼がいた。


「ダメだ。これは、この子が頑張ってやったことの成果だ!それを写すだけなんてだめだ!」

 トウコは、やめてくれと思った。面倒ごとに巻き込まないで欲しい。プリントを写されるくらい、トウコにとっては痛くもかゆくもないのだから。

「いいよ、レオ君。だって、宿題をやってこないと怒られちゃうから、可哀そうだよ。」

 トウコは宿題を忘れた男子にプリントを渡そうとして、また止められた。

「ダメだ!だいたい、こいつのためにもならない!宿題をしてこなくても、君が助けてくれるってわかっているから、こいつはまた宿題を忘れるんだ!」

「いいじゃんか、レオ。トウコがそれでいいって言ってんだから。それに、時間無いから早く写さないといけないんだ。」

 レオはそんなことを言った彼を、殴った。


「忘れたなら、怒られればいい話だろ!?この子を巻き込むな!」

 お前が巻き込むなとトウコは言いたかったが、我慢した。思っていた通り、曲がったことが嫌いな正義感が強いやつだったと、トウコは心の中でため息をついた。

 トウコの前では、殴り合いの喧嘩が始まって、先生が来るのは時間の問題のような気がした。



 案の定先生が来て、男子2人は呼び出され、国語の授業は彼ら抜きで行われた。

「トウコちゃん。」

 先生に名前を呼ばれ立ち上がる。

「では、21ページを読んでください。」

 先生の指示にしたがい、教科書を読み始めようと息を吸うと、教室の扉が開かれ、担任が顔だけのぞかせた。

「いかがなさいました?」

「授業中にすみません。トウコさん、ちょっと来てもらえる?」

「わかりました。」

 嫌な予感はしていたが、やはりトウコも呼び出されたかと、面倒に思いながら、先生についていく。


 先生は、音楽室にトウコを連れてきた。今は授業が行われていないので、静まり返った音楽室に、男子2人がいた。2人共たいした怪我はしていないが、服のボタンがとれていたり、若干乱れていた。

「謝りなさい。」

 宿題を忘れた男子の名前を呼び、先生はそう言った。男子は納得していなさそうだったが、とりあえずトウコに頭を下げて謝った。


「ごめん。」

「いいよ、別に。私は、困っているあなたを助けたかっただけだから。」

「心がけはよろしいですが、それはだめですよ、トウコさん。」

 トウコの言葉に、先生の方が反応をする。

「いいですか。トウコさんは彼を助けたと思っていたのでしょうが、それは違います。プリントを写させるだけなんて、彼にとって何の助けにもなりません。」

 そんなことは知っている。だが、トウコは先生に神妙に頷いた。


「わかっていただけたようで良かった。では、レオ君にお礼を言いましょうね。」

 その時、トウコの心は荒れた。教師が何を言いたいのかはトウコにわかった。間違いを正す機会を与えてくれた彼には感謝すべきということだろう。予想通り、教師はやり方は間違っていたが、と付け加えてそう言った。

 それに、彼はトウコを助けてくれたのだとも言った。

 ふざけるな。

「ありがとう、レオ君。」

 この騒ぎが、今後どう影響するのかわからない。レオは、トウコの平穏を崩した張本人になるかもしれない。恨み言は言っても、礼を言うなんてありえない。

「いいぜ。男は女の子を守るものだ!俺は、当たり前のことをしただけだ。」

 自分に酔っているだけだ、それは。レオの行為は、ただの自己満足。

 

 レオは、宿題を忘れた男子にも謝って、友達になって欲しいと言った。

 その態度に教師は感心して、レオを褒めた。

 

 身勝手な奴ら。

 お前たちの理想を押し付けるな。


 馬鹿な奴ら。

 ただそれだけならいい。私を巻き込むな。


 そしてトウコの平穏は、予想通りこの日から終わった。



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