叫んだら少しずつ顔出ししてくるようにはなった。
「……」
私が会いたいと叫んだ結果、あの少年は少しだけ私の前に姿を現すようになった。だけれども、少年は喋らない。
私を見つめて、だけど私が見返すとすぐに視線をそらして、何だか恥ずかしそうな顔をしている。というか、何なんだろう? 話を聞きたいのだけれど、私が近づくとこう距離を置かれてしまうのだ。
姿を見れるようになったけれど、見れば見るほどやっぱりその少年は平凡な、何処にでもいるような少年である。私はこの少年が近くに居たとしても気にも止めないだろう。それだけ周りに埋没するような少年。
「……ねえ」
「は、はい」
私が話しかければ返事はちゃんと返してくれる。だけれども、遠い。遠いのと、か細い声しか聞こえてこない。
……王女である私を攫うといった事を起こしているのにもかかわらずに、どうしてこういう時に堂々と全然していないのだろうか。正直、私の事を攫うといった事を起こす存在だからもっと堂々としていて、もっと不遜な存在かと思った。王女である私を攫っておきながら、こうして私の話す事には緊張している様子というのは本当に不思議だ。
私は誘拐された身で、目の前の少年は私の事を攫った誘拐犯。
誘拐犯が目の前に居るというのに、私はその誘拐犯の事が面白いと思ってならなかった。
誘拐犯の事が面白いと思う7のだけでもおかしいだろうけれども、私の心はその気持ちを感じていた。
「貴方の、名前は?」
「え、お、俺の名前?」
「そう。貴方の名前を教えて欲しいの」
「………えっと、お、俺はヴァイン」
「ヴァイン。そう。私はナティ」
「は、はい、知ってます!」
私達の会話を聞いている召喚獣達が何が面白いのか、楽しそうに声をあげていた。
それにしても距離が遠くて話しにくい。もっと近くによってくれたらもっと話しやすいのだけれど。こうして姿を現すだけでも、まだ進歩なのかしら。
「……どうして、私を攫ったの?」
「それは、その……ごめんなさい!!」
私が一番気になっている事を聞けば、瞬時に顔を真っ赤にしてそのまま去ってしまった。それも走り去っていくとか普通の去り方ではなくて、消えた。文字通り、気づいたら消えていた。
「……あれは、転移魔法? そんなもの、使える人なんてこの大陸では居ないといわれているぐらいなのに。それなのに、あの少年は使った。そんなものを……いとも簡単に使った。
本当にこの少年を敵に回すわけにはいかないと、そんな気持ちで一杯になった。
その翌日、また少年が姿を現した。
私が話したいと言ったからこそ、こうして姿を現してくれるようになった。少年は私を攫った理由を言いたくないようだから、今の所は聞かないようにしよう。少年——ヴァインの事を怒らせて、国が大変な事になるのは困るのだから。
ひとまず、私との距離をもう少し縮めてもらう努力をすべきだろう。
もっと近くで話を出来るようになって、私に私を攫った理由を言ってくれるようになるだろうか。攫われている身でそんな悠長にしているのは何だか違う気もするけれど——こんなに圧倒的な力を持っている存在の事を怒らせるわけにもいかない。そして下手な行動を起こして失敗するわけにもいかない。だってヴァインはきっと、私を殺すことぐらいたやすい。そして、国を滅ぼす事ぐらいたやすいだろう。それが短期間でも分かるかこそ、慎重にならなければならない。
「ねぇ、ヴぇイン。近づくこと出来ないの?」
「ええっと……はい」
「どうして?」
「……ええっと。ごめんなさい」
ヴァインは私が近づこうとすると、顔を赤くして逃げていく。
逃げていくのもあって私は嫌われているのだろうかと思ったけれども、それを聞いたらぶんぶんと首を振られたから、そういう事ではないらしい。
でも結局、どういうつもりなのだろうか。
色々予想外な事ばかりだ。それに此処での生活が快適すぎて、私は攫われている身だというのに、色々と感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
こんな状況で、私は落ち着いている。
この状況を、面白いとさえ考えている。
ここにとらわれていて、どれだけ時間が経過しているかも全然分からないけれど……とりあえずヴァインと親しくして、王国が滅ぶ事だけは回避しないと。
もっとヴァインに近づく事が出来れば、ヴァインが何を考えて私を攫ったのか、それが分かるようになるだろう。
それにこれだけの力を持っている少年に私は興味を持ってしまった。
不思議と怖さを感じないのは、あまりにも力の差がありすぎるからだろうか。
「ねぇ、ヴァインは——」
私はヴァインにそれからも話しかけつづけた。少しでもヴァインとの距離を縮めて、どうかこの状況を打破する道を探すために。
このままとらわれの身で終わる気はない。ここは快適な場所だけれどもずっとこのままでいるわけにもいかない。
ヴァインが何を考えているかはさっぱり分からない。もしかしたらヴァインの考えている事は私にとって望まない答えなのかもしれない。もしそうだったらどうしたらいいか分からなくなるだろうけれど、それでもまずは知る事から始めてみよう。




