歪んだユートピア
春の暖かい日差しが指している。そよ風が木々を揺らしてる、そんな春、4月の喫煙所で、僕はタバコを吹かしていた。聞こえる音は近くを通るローカル線が線路を揺らす音と、野球部が鳴らすバットの乾いた音だけ。
変に気が立っていた。何にもやる気が起きない。出来ることなら酒でも飲んで全てを忘れてしまいたかった。上手くいかない、でも上手くやらなきゃいけない。面白くない、けれども面白くしてなきゃいけない。そういった自分と外界の差に心が疲れてたのかも知れない。何にせよ今の僕は空っぽだった。何も無い、言うならばサバンナの大草原、言うならば南極の流氷の真ん中みたいに、何も無かった。大学も4年目となると真新しさの欠片も見つけられない。
時折通る自転車の小気味良いカラカラとした音すらも全てが僕を透過していく。
僕は透明だった。でも澄んではいなかった。濁った用水の底みたいに、光は来るのに闇の方が多い。それが今の僕だ。
僕に出来ることを探してから回って、諸悪の根源たる僕は諸悪を全て他人に転嫁して、そうしてのうのうと生きようとしていた。僕は不気味だ。
人の皮をかぶった用水のヘドロだ。何度もバットに打ち付けられて凹んだボールだ。へこたれなさには自信がある。空っぽだから、何が来ても全てが透過していくから、だから僕は強かった。そう振る舞っていた。
ここに書き連ねられているのは他でもない僕のことなのに、僕はこれをあたかも他人事かのように、言葉を紡いでいく。気分は最悪だった。でも、その最悪さの根源は分からないのだった。
嫉妬でもなく、不甲斐なさに打ちのめされているわけでもない。結局のところ、僕は何がしたいのだろう。
部室からギターの音が流れてくる。その音は3年前の僕を今へと突き動かした音だった。でも、その音も今の僕は透過してしまって、背中を押してはくれない。
つまるところこんなもの、ただの愚痴の捌け口になっているだけなのだ。
ただの文章の羅列に過ぎない。
メガネを捨ててみた。世界がぼやける、ぼやけた世界でなら生きていけそうな気がしていた。全てものもが輪郭を失い、全てのものが物としてそこに存在しているのかすら分からない状態。その状態まで持っていかないと安心して歩けない。左右で視力の違う僕はメガネなしでは真っ直ぐ歩けない。それでもまっすぐ歩けず、物にぶつかるその痛みが僕の生きている証明みたいなものに感じた。もし、幽霊に痛覚があるなら、全てを透過する僕は幽霊と何ら変わらない。
僕は幽霊なのかもしれない。
そう考えると、生きている訳では無いのだから、大分気が楽になった。生きていないのならば、他人のことなど他人事で十分だ。生きていないのならば周りに合わせる必要が無い。なんて素晴らしいのだろう。自分だけの国家で、自分だけの決められていない無限の死を歩ける。素晴らしい世界じゃあ無いか。
僕はもっとこの素晴らしい世界を、僕だけの生の無い国家を、はっきりと見たい衝動に駆られた。それでも視力の弱い僕では、この素晴らしい世界をはっきり見渡すことができない。
そうだ。メガネだ。メガネを取りだそう。僕だけの世界がどんな物かしっかりとこの目で確かめてやろう。
僕は胸ポケットからめがねを取り出した。
僕はメガネを掛けた。世界に輪郭が戻っていく。
もうそこは見知った部室の一角で、見知った天井を見上げていた。
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