第2話 彼女の真実
俺とクラスメートの女の子は、一緒に帰る。
校舎を出て、校庭をゆっくりと進む。
俺は、このタイミングで切り出した。
「えー、ちょっと悪いけど、君の名前はなんだったっけ?
実は、クラスメートの名前もろくに覚えていないんだ。
教師の名前くらいなら覚えているけど……」
彼女は愛想良く笑い、こう答える。
まあ、可愛いし、人気者だろうなとは思う。
「男の子と女の子じゃあ、会話もほとんどしないもんね。
小学校の時は友達だったけど、中学になってからみんなの態度が変わったよ。
スキンシップも急激に少なくなったし……。
まあ、思春期の異性同士だから仕方ないけど……」
「ふーん、それで名前は?
ハーフらしいから、変わった名前かな?」
「森坂・ダリア・雛子だよ。
ダリアで良い。
みんな、そう呼んでいるから……」
他人には興味が無い。
普通の男子ならば、ここで実名を全て覚えたり、雛子と呼び捨てにしたりするが、俺には女の子1人と付き合う気もなかった。
煩わしい人間関係など、所詮は何の役にも立ちはしない。
住む場所や職場や学校が変われば会う事もないのだ。
最も厄介で、最も煩わしい物は、環境が変わるだけでアッサリと消え去ってしまう。
(ダリアか……。
3文字程度の覚え易い名前で良かったぜ。
どうせ、数日後には忘れているのだろうが……)
俺がそう思っていると、彼女がこう言ってきた。
「私の事、忘れないでよね。
沢山の友達が欲しいんだ……。
宋史君も、私の友達に……」
まあ、偶然だろう。
それでも、面倒臭い奴に捕まった。
おそらくは、連絡先をたくさん知って、私は友達が多いアピールをしたいのだろう。
今まで仲良くなかった小学生のクラスメートが、卒業式の間際にアドレス交換するような物だ。
クラスで一番影の薄かった俺にまで、アドレス帳を書かされた時は驚いた。
まあ、その後に一回も電話が掛かってきた事もないのだが……。
俺も一応は人間だ。
好きだった女の子に求められて、アドレス帳に名前や住所を書いたし、その子の名前と住所を知ったが、結局会いに行く事もなかった。
みんな忙しくて、他人似合う余裕なんてないのだ。
最初の頃は、その子の事が気になって会いたいと思っていたので、禁忌を破ってその子の家に二、三回電話をしたら、相手は俺の事を忘れていた。
それから、他人の記憶力など当てにならない事を知った。
熱い恋心も、急激に冷えて行き、燃える恋などないと悟ったのだ。
このダリアとかいう少女も同じだ。
どんなに可愛くて良い子でも、俺の恋愛対象にはなり得ない。
まあ、向こうもそう思っている事だろう。
「ここが私の家だよ。
ゆっくりして行ってね」
「ふーん、良いお家だね」
ダリアの家は、絵に描いたような高級な住宅に住んでいた。
お父さんは夜には帰って来ており、お母さんもいる。
俺の家族とは正反対だ。
この幸福な家庭があるからこそ、彼女は幸せな笑みがあるのだろう。
俺とは合わない空気を感じるが、所詮は今日1日だ。
寝床と食事さえ貰えたら御の字と言ったところだ。
「じゃあ、遠慮なく上がらせてもらうよ!」
「どうぞ……」
俺は彼女に部屋を案内された。
玄関や通路は良く掃除されており、趣味の良い家具が使われていた。
靴箱に靴を置き、彼女が客室という部屋へ向かう。
客室の隣に彼女の部屋もあり、彼女が自主的に見せて来た。
可愛らしい女の子の装飾がされており、彼女が自慢しているのも頷ける。
ピンク色のシーツとベッドが置いてあり、女の子特有の良い香りが漂っていた。
「じゃーん、新しいパジャマだよ!
こっちは色違いの青色。
宋史君に貸してあげる。
そして、今日の為に準備したオヤツだよ!
今日は、一緒にパジャマパーティーしようね!
学校で気になる女の子とかを聞いちゃうよ!」
「パジャマは借りるよ。
でも、そんな遅くまで起きているつもりはない。
悪いな、10時くらいで寝るよ……」
「うん、そうだよね……。
学校で疲れているもんね……」
彼女の顔が始めて曇った。
今まで明るい笑顔だったが、一瞬だけ遠い目で床を見つめていた。
俺は、変な事を言った記憶もない。
男子が女子と話をするのも話題が合わずに気不味い思いをするだけだ。
ツイッターでさえ、多少の差がある。
会話が合わない時など多々あった。
普通の女の子と話をするならなおさらだ。
悪いとは思いつつも、彼女と少し距離を置いていた。
俺ごときと仲良くできない程度で悲しむ必要もない。
彼女にとっては、他に友達もいるし、俺などいなくても問題ないはずだ。
言葉にさえしなかったが、俺は彼女を突き放していた。
彼女は、暗い顔のまま自分の部屋へ入って行く。
(さすがに、ちょっと悪い事をしたか。
まあ、食事をした後は、ちょっとゲームでも付き合ってやるか。
ケーキやオヤツも用意していたみたいだしな……)
人付き合いの良い俺ではないが、さすがに家に招かれて愛想が悪いのもいただけないと思う。
最低限は、彼女と仲良くなっても良いと感じていた。
ストレスも溜まっているのかもしれないし、今日くらいは相手をしてやる。
ただし、男女間の関係にならない程度に注意をしてだ。
恋人など、俺にとっては煩わしい邪魔な物だった。
「まあ、ご飯が食べ終わったら、お前の部屋で遊んでやるよ。
ゲームとか、漫画とか、いろいろあるだろう。
別に、ボードゲームやトランプだって良いんだぜ!」
「うん……」
俺は、俺なりに彼女を気遣ってみたが、彼女の顔色は戻らなかった。
変だと思いつつも、彼女と食事をして遊んだ。
多少落ち込んではいたが、彼女の顔にわずかばかりの笑顔が戻ったので、安心していた。
俺達は、食事を終え、一緒にゲームやアニメを見る。
彼女の顔に、明るい笑顔が戻っていた。
どうやら、俺との遊びでも少しは楽しませる事ができたらしい。
9時を過ぎると、お母さんがどこかへ消えて、お父さんだけが家に残っていた。
俺が気付かないようにコッソリと出て行ったが、トイレに行く途中で出くわす。
この時は、そこまで不思議には思っていなかった。
「じゃあ、そろそろ休もうか?
もう、12時だし……」
「うん、そだね……」
俺達はお風呂に入り、石鹸の香りが漂っていた。
この状況で男女が一緒にいるのは不味いが、俺は彼女をそういう目では見ていなかった。
人間の感覚で可愛いとは感じるが、ただそれだけだ。
異性として見る事も、これ以上関係を築く気もない。
寝る予定の時刻よりも2時間オーバーしただけでも、寝る部屋を提供してくれた彼女に敬意は払ったと思う。
それ以上の関係は、俺の望む人間関係では無い。
せいぜい学校で挨拶する程度の関係で良かった。
だが、彼女は少し違うようだ。
「ねえ、今日は、一緒に眠っても良い?
1人が寂しくて……」
「いや、他の人に誤解されたくも無いし……。
お前も、俺と一緒に寝たとか言われたく無いだろう?」
「はは、そうだね……。
変な事を言ってごめん……」
彼女は明らかにおかしかった。
それが分かるのは、深夜2時を回った頃だ。
隣の彼女の部屋から話し声がし始めていた。
「ふん、まさか男を呼んで来るとはな……。
だが、一緒に寝ない所を見ると、お前に興味がないみたいだな」
「くう、やだ、宋史君が隣にいるんだよ!
声を聞かれちゃうよ……」
「へっ、あんなガキが何ができるかよ!
聞かれたところで何もできはしないぜ!
お前も残念だったな。
友達でもいれば、俺に抱かれないかと思ったか?
甘いんだよ。
むしろ、隣に人がいるかと思うと興奮するぜ!」
「やだ!
やめてよ、お父さん……」
「ほら、静かにしないと、隣のガキに聞こえるぜ!」
「ふっぐ、ううん……」
隣からクチュクチュという音や、彼女の声が聞こえていた。
すすり泣く声が時々聞こえたが、今出て行っても鍵が掛けてあって入れない。
関係ない事に関わるのはごめんだ。
俺は、寝たふりをして、彼女が泣いているのを聞いていた。
3時ごろには、父親が部屋から出て行ったが、しばらく彼女の泣く声が聞こえていた。
(ふん、ダリアの笑顔は偽物だったのか……。
家庭内の事情があっても、彼女が気丈に振る舞っているのなら、俺がどうこうできる問題じゃない。
あいつ自身がどうするかを決めなければ、この問題は解決しないだろうな……)
俺は、壁越しにすすり泣く彼女の声を聞いて眠りに落ちた。
おそらく毎晩、このような事が起こっているのだろう。




