第1話 ネフィリムは、幸福な天使に出会う。
この世の中で、才能も頭脳も優れている人物は、幼少の時からもモテはやされる。
両親や先生の期待を一身に受け、様々な良い教育という物を十分に与えられる。
だが、知識や頭脳、才能があり過ぎて、全ての事を理解していたらどうだろうか?
そいつは、親や先生に期待されて、さらに良い教育を受けられるだろうか?
社会のエリート街道に進み、誰もが羨む生活や教育を受けられるだろうか?
答えは、否だ!
行き過ぎた知識や頭脳は、己や世界の限界を否応無く知り、全てにおいて絶望してしまうのだ。
そうなれば、自ら目標を持って動く事や、夢を追いかけるなどという事はしなくなる。
たとえ目的や夢を達成しようが、人間のドス黒い邪悪さを理解して、失望してしまうのだ。
いや、失望する間も無く、他の人間に操られるくらいなら、全てを放棄しようという気にさえなるのだ。
かつての賢人達は、こう言った。
『人間が最高度に賢くなったら、その人間は何もしなくなると……』
人間のしがらみや人間関係、メリットとデメリットを天秤に掛けた結果、賢い者は何もしない。
1つの童話でもあるだろう。
『ある所に小さな島国があり、そこに経済的に成功したお金持ちが訪れた。
その島の住人は、魚を釣ってのんびりと暮らしていた。
成功したお金持ちは、その住民達にこう説教した。
「そのやり方ではダメだ!
お金を貯めて、もっと良い漁船と網を買い、経済的に安定した生活をするようにしなさい!」
住民達は、疑問に思い、彼に質問した。
「経済的に安定すると、その後はどうなるの?」
成功したお金持ちは、こう答えた。
「安定した収入をするようになれば、更にお金を貯める事ができる。
そうすれば、もっと良い漁船が買えて、更に事業の拡大をする事ができる!」
住人は、好奇心を持って質問した。
「更に、事業が拡大したらどうなるの?」
成功したお金持ちは、このように言う。
「更に、事業が拡大したら、経済的に安定して、自分にとって自由な時間を多く持つ事ができる。
そうなったら、自分の好きな時に釣りをしてのんびり暮らしたり、家族との時間を持つ事ができる」
住人は、納得して言った。
「なら、オイラ達は、このままで良いや」
このように、卓越した知識や知恵があると、人間は何も挑戦せず、何も努力しようとしないのだ』
俺も、これと似たような考えを抱いていた。
どれだけ努力しようとも、得られる物は少ないのだ。
高収入の賃金を得る為に努力するよりは、努力せずに低賃金で生活する事を願っていた。
人間というのは、答えやシナリオが分かっていると、途端にヤル気を無くすものだろう。
ごく一部の人間しか入れないと分かっていれば、入る気など全く無くなるのだ。
そんな絶望的な思考の持ち主の俺も、一応中学生になっていた。
入学したてで夢溢れる時期だが、俺はすでに希望を持っていなかった。
(今日は、学校終わったら、すぐに帰ってゲームでもしよう。
ツイッターで知り合った仲間もいるし、小説も配信しないと……。
まあ、誰が見てくれるとも思えないが……)
俺は、両親に捨てられて孤児院で育った。
仕事としての義務感から、いろいろ世話をして貰ったが、やはり愛情には飢えていた。
最初の頃は、いずれは親が迎えに来てくれるとか、間違って捨てられたのだとか考えていたが、いつしか希望さえ持つのが辛くなっていた。
どうせ、親に繋がる遺品も名前もない。
下手な希望など抱かず、ただ自分の興味を持っている事をしていれば、それで良いのだという考えになった。
施設で育てられたが、大した問題を起こすことも無く、小学校高学年になる頃には、頭脳だけが身に付いていた。
親も施設の連中も当てにならない以上、自分で生活して行くしかない。
俺が選んだのは、養子縁組だった。
それなりに自分の選んだ子供のいない夫婦に取り入り、なんとか自分を子供としてくれるように取り計らったのだ。
自分は良い子だという事をアピールする事で、なんとか俺の計画通りに、彼らの子供として生活する事ができた。
彼らには感謝しているが、彼らの為に尽くすような生き方はしない。
自分の興味を持った事だけを学び、自分のやりたい事だけをするのだ。
いつしか、俺は計画スキルと愛想が良い子供にはなっていた。
一攫千金は夢見るが、堅実的で趣味程度の延長線上を狙う。
危ない話や無理な高等教育など、俺からして見れば、人間に縛られるだけのトラップだった。
(一応、俺が計画して、俺が成人する時には、仮の親が生きていない時期が来るようにした。
せいぜい俺が30歳までには、彼らは80歳を超えるだろう。
親の介護など真っ平だ。
せいぜい彼らの貯蓄を使って、俺が生活しやすいようにさせて貰う。
悪いが、この世の中に感謝などという感情は、大して持ち合わせていないよ。
利用して、生き抜くだけの間柄だ……)
授業も終わり、俺は家へ帰宅して、毎日のゲーム生活をする。
これが、俺が得た自由にできる時間の過ごし方だった。
目標もなく、人間関係を築くでも無く、ただゲームとネットで日々の生活を遊び尽くすのだ。
人間などに期待するのは馬鹿げている。
結局重要な局面では、俺など捨てられて終わりなのだ。
なら、最初から期待などせずに、夢も目標も希望も無い方が良いのだ。
(よし、授業も終わった。
帰って趣味の小説でも書くか。
実は、自分の小説を書き始めると、他人のストーリーがチープに思えて来るんだよな。
アニメ映画で『君の名は。』とか流行ったが、あれくらいのレベルでようやく感動する。
小説家としてまだまだ未熟な面もあるが、他人のストーリーよりは面白いという自覚はある。
まあ、『宮崎駿』は、雰囲気や設定は凄いと思うが、やはり知名度も高いからな。
駄作だとしても名作になってしまうぜ。
設定や世界観自体は面白いけど、バトルや恋愛関係は単調かな?
まあ、素人小説家がどう批判しても、彼らには痛手も何も無いんだろうけど……。
まあ、自分のネット小説は、アクセス数も低いからほぼ趣味として書いてるけどな。
別に、他人に見られたい為に書いているんじゃない。
俺が楽しいから書いているのだ。
まるで、いくつもの人格を持ったようで面白いぜ。
小説家や漫画家が、敵キャラに多重人格者を出すのも頷ける。
おっと、携帯のメールが入ってるぜ。
叔父さんと叔母さんからのメールだろうな……)
俺は、メールを開いて内容を読む。
良い子を演じる為には、メールや連絡を無視してはいけない。
正直煩わしいが、時には重要なメッセージもあるのだ。
俺は、こういうメールに時間を取られたく無いから、一言くらいで返信している。
正直、彼らとは表面上仲良くしていればそれで良い。
どうせ血の繋がりもないのだ。
変に意識してもお互いに気不味くなる。
他の子供の方が可愛いとか感じても、他に養子を取れないくらいの年齢の夫婦を狙ったのだ。
今更、ここで独り身になる危険は少ない。
それは、彼らも同じだった。
俺など大して構わず、2人だけの時間を楽しんでいるようだった。
このメールもそうだった。
『今日は、旅行で帰りません。
ご飯は適当に食べてください!』
こうメールを打って、多少のお金が置いてあるはずだ。
愛情はあるが、ちょっと冷淡過ぎるかもしれない。
まあ、他人の俺にここまでしてくれるのだ。
感謝こそすれ、恨むいわれは毛頭ない。
せいぜい安い食べ物だけで飢えを凌いで、残ったお金は娯楽に使う事にするか。
俺に友達らしい友達もいない。
お金を使うのは、本やプラモデル、ゲームを買うくらいだ。
この手の収入は、俺にとっては嬉しい物だ。
今更、家族団欒の愛情など注がれてもウザったらしい限りだ。
実の親に捨てられ、絶望を味わった俺に、他人への関心などない。
『分かった。
いつもありがとう!』
こんな短いメールを返信する。
感謝くらいの言葉を述べれば、彼らは満足するのだ。
どうせ、彼らもママゴトみたいな家族だと感じているはずだ。
彼らも、俺の成績くらいが気になって、他の事には興味なんか示さない。
(さて、日々の日課も終わったな。
ご飯をどうするか考えないとな……)
俺は、そう言って財布を探す。
財布の中に、家の鍵もお金も入っているのだ。
だが、今日に限って、それが見当たらなかった。
どうやら習慣でいつも持って行く物を、今日は急いでいたからか忘れたようだ。
これでは、今日一日家に入る事ができない。
俺とした事が迂闊だった。
(くっそ、どうする?
近所のコンビニで徹夜するか?
食事は、スーパーの試食コーナーを食いつなげば、なんとか1日くらいは持つ。
友人もいない俺には、それくらいしか方法がないぞ)
そう思っていると、俺のメールを盗み見したのか、クラスの女の子が話し掛けて来た。
金髪のショートカットに、ちょっと天然のパーマがかかった髪型だ。
日本人と外国人のハーフらしく、一般の女の子よりも断然可愛い。
特に、その笑顔は、この世の中に幸せしか経験した事の無いような満面の笑みを浮かべていた。
彼女を見る人は、幸せな両親に囲まれた幸福な箱入り娘を、容易に想像できるだろう。
俺もそう思っていた。
普通に接していたら、俺と彼女に接点など1つもない。
「宋史君、今日は親がいないんだね!
なら、今日は家に遊びに来ない?
私、クラスの人と仲良くなりたくて、いろいろな人を誘っているんだ。
どうかな?
ちゃんと客室も用意しているから、夜間は別々でゆっくり休めるよ!
私も、宋史君とゆっくりお話ししたいし……」
俺からしたら願っても無いチャンスだ。
今日1日は、野宿を覚悟していた。
それが、食事付きの個室ならば、願ったり叶ったりだ。
「ありがとう。
でも、俺、君が思っているほど楽しい奴でも無いよ。
いつも1人でいるし、人付き合いは苦手なんだ……」
「うん、それでも良いよ!
ああ、もしかして警戒してる?
大丈夫だよ、襲ったりはしないから……」
まあ、美少女とのデートは、思春期の男子にとっては嬉しいだろうが、俺には興味のない事だった。
彼女を誤って妊娠させ、一生彼女とその子供を養うなんてごめんだ。
酷い奴なら、中絶させたり、彼女を捨てたりするのだろうが、それでも煩わしい事になるのは明白だ。
人間に興味のない俺が、たかが制欲ごときで彼女を抱く気にもならなかった。
彼女自身も、俺の性格を多少は知っているのか、意外と乗り気で接してくれる。
煩わしい事だったが、彼女の好意に甘える事にした。
(ふう、今日1日だけだ。
それが済めば、明日からはただのクラスメートに戻る。
どうせ、彼女の両親に会っても、俺なんか空気と変わらないだろう。
そのままお付き合いなんて、普通の親なら勧めないだろうな。
まあ、彼女自身が俺を好きになる事もないか……。
彼女のツマラナイ好奇心だろうな……)
彼女は笑いながら、俺と一緒に帰る準備をしていた。
俺は、彼女の名前さえも、ろくに覚えていない。
せめて、今日1日くらいは名前を覚えてやらないと……。