4 明日見る少女と白百合色
白百合色
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
僕は地面に倒れこみ、至近距離で大爆発。謎の警報音も聞こえてくるわで、脳の処理が追いつかなかった。
でも不思議だ。混乱した頭でも、死、というものは明瞭に感じ取ることが出来たのだから。
僕は目の前のみかん箱が爆発し、その衝撃で死ぬ。あれほど近いと、自分の肉体は原形と留めておくことができるだろうか。
まぁおそらく無理だろう。もろに受けたので、爆発四散でもしているだろう。
しかし、もう一つ、不思議なことがある。
僕は死んだはずなのに、こうして死の直前の情報を整理している。大層なことだ。
もしかしたらここは死後の世界と言う所なのだろうか。
それなら考えることぐらい朝飯前だ。天国だろうか、地獄だろうか。
善行を積極的に取り組んだ覚えはないが、かと言って悪い行いもしていない。こういう場合はどちらに行くのだろうか。
遠くから声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
何と言っているのか、耳を澄ます。
「……きくん……。……まさきくん……!」
僕の名前だ。僕の名前を呼んでいる。
だんだんと混乱していた頭の落ち着いてきた。
ゆっくりと目を開けると、眩しい光が飛び込んできた。ホールの天井の照明だ。僕は生きている。
すると、天井の照明を遮るように、仰向けで倒れこんだ僕の顔をアクアが覗き込んだ。
「真咲くーん。生きてる?」
「な、なんとか」
いつぞやの時みたく、アクアは倒れる僕に手を差し伸べる。その手を掴んで立ち上がると、僕とみかん箱の間に遮るようにして理事長が立っていた。
杖を体の前に突き、仁王立ちしている。僕の所からは、その後ろ姿しか見えないが、迫力に息が詰まった。
さらに、理事長の前方に目を遣ると、そこには岩でできた高さ2メートルはあろうかと言う障壁が地面から生え、そびえ立っていた。
僕たちはこの岩壁によって守られたということか。
目の前で仁王立ちしていた理事長は爆発が収まるとゆっくりと振り返った。
すると先ほどまであった岩壁が一瞬にして散っていく。
これがカラーとか言う魔法なのか。こんなもの僕に扱えるのか。
振り返った理事長は僕とアクアを交互に見る。
「二人とも怪我はなかったかの」
実に優しい声で話しかけてきた。その顔は微笑んでいる。
「はい、僕は大丈夫です。あの守ってくれてありがとうございます……」
「も、申し訳ございません、師匠。真咲君を庇うつもりが私まで……」
そう言ってアクアは頭を下げる。理事長は、アクアから師匠と呼ばれているらしい。
おそらく反対側の舞台袖にでもいたのであろうアクアもまた、助けようとしてくれたのか。ありがたい。そして申し訳ない。
「まぁ気にするでない。怪我人はいないみたいじゃしな」
微笑みを崩さない理事長はそういうと客席を向き、指をさす。
先ほど出現した岩壁は、僕とアクア、そして理事長本人を守る形だった。と言うことは、客席は爆発の脅威に晒されたということになる。
理事長が指さした先にあるものは、そのような心配を吹き飛ばすものだった。
壇上と客席をきっぱりと分けるように、花や蔦が生い茂っていた。
ホール内なのに、まるで植物園のような装いになっている。大小様々、色とりどりの花が咲いており、その間を埋めるように蔦が生えている。
壇上で佇んだまま唖然としていると、先と等しく、一瞬にして散った。そして、客席の様子が飛び込んでくる。
客席はそれらの花で守られ、全員無事のようだった。
ホール中が静寂に包まれる。
すると客席の最前列からステージまでの開けたスペースに、制服を身に纏った、若葉色の髪をサイドテールにした少女が立っている。おそらく先輩、3年生だ。
その少女は客席と壇上を一瞥すると、深く溜息をついた。
「はぁ、まったく。暇だから授与式を見にホールに入ったら爆発でお出迎えですか。ここの警備はどうなっているのだか」
呆れたように呟く。爆発が起こる寸前にホールへと入ってきてそのままカラーを発動し、客席を守ったらしい。
彼女は最前列に座っている生徒に向かって、口を尖がらせる。
「その所、生徒会副会長としてどう考えているのですか。ねぇ、舞」
舞と呼ばれた、ショートカットの水色の髪をした生徒はぎくしゃくしながら、言い訳を述べる。
「でもでもゆりちーん! いきなり授与式で爆発起きるとは思わんじゃーん」
「ゆ、ゆりちん言うな!」
抗議したゆりちんの頬は赤らんでいる。舞はからかうように笑みを浮かべていた。仲が良いのが傍から見ていても分かるくらいだ。いや、犬猿の仲とでも言うべきだろうか。
舞の隣の開いている席に向かいながら、まだ二人で言い合いしている。
すると、その会話に水を差すように手を叩く音が響き渡った。
その音のした方向を見てみると、ステージのど真ん中に理事長が立っていた。
舞とゆりちん含め、しんとしていた会場の視線が一気に集まる。
「百合、助かった。ありがとのう」
本名は百合と言うのか。あだ名まんまだな。
「い、いえ。大したことじゃ」
そういう百合は少し嬉しそうだ。
理事長は微笑みながら会場によく通る声で言った。
「ちょっとしたトラブルじゃ。体制を整え次第、引き続き授与式を行う!」
幸いなことにホール自体には、ステージ以外目立った外傷はない。
よくもまぁ、あの爆発があった後で続行を決断したものだ。しかし、その爆発を起こしたのは僕なので申し訳ない気持ちに包まれる。
係員の人がバタバタと動き始める。客席の生徒も少し動揺したようだが、騒ぐ者はいなかった。この世界では爆発なんぞ日常茶飯事なのだろうか。
呆然と立ち尽くしていた僕に理事長が話しかける。
「真咲君も席に戻るのじゃ。……後でまた会おう」
今回の騒動のことで何かしらお咎めがあるのだろうか。
――それにしてもあの爆発はなんだったのか。それに謎の警報。
※ ※ ※ ※ ※
授与式の後、教室に移動しながら考える。
爆発も警報も、どちらもみかん箱の中から発生した。
彩輪を得ると爆発が起きるのか。そんな訳ないだろう。僕の前に彩輪を貰った生徒たちは特に問題も起きなかった。
握っている自分の彩輪に目を遣る。
白く輝く指輪。その装飾はシンプルだが、一際異彩を放っているのが中央に填められている宝石。その宝石は上側が綺麗な断面になっている。どうやら宝石の下半分が填められているようだ。
廊下を人の波に任されながら流れに沿って歩いていると、隣にいる神楽が訪ねてくる。
「真咲のカラー、何色なんだろうな。普通、彩輪の色で分かるけどな」
「白じゃないのか、僕のカラーってやつは」
すると、神楽は鼻で笑いながら腕を広げ、おおげさなジェスチャーで首を振る。
「ないない。カラーは、赤、青、緑、黄、茶、紫、黒の七原色からなっているんだ。知ってるだろ」
そう言えばそうだった。以前アクアに聞いたような気がする。
まぁいずれ分かるだろう。そんなことよりも先の件に関するお咎めが怖かった。
白崎学園は生徒数が多いので、教室に移動するだけでも疲れる。
僕たちのクラスは1年C組だ。教室に入るとすでにほとんどの生徒がおり、会話している者もいれば、一人で席に座っている者もいた。
僕の席は、一番後ろの窓際。神楽の席は右斜め前。結構近かった。ぼっち回避成功ルートだ。
席に着くや否や、神楽は振り返り、うきうきと話しかけてくる。
「ところでさ、真咲! あの爆発どうやったんだびっくりしたぞ!」
「い、いや! 僕は何も!」
その時、見覚えのある顔が視界に入る。始業式の時、前の席に座っていたロリっ子だ。同じクラスらしい。
ロリっ子が教室に入って目が合ってしまった。睨んでいる気がしたのは気にしないでおこう……。
クラスの生徒はほぼ揃ったらしい。初顔合わせ特有のぎこちなさが漂う空気が流れる。
去年も同じクラスだったらしい友達同士で固まっている。僕は神楽と会話しているからいいが、中には一人の生徒もいる。初日だからこんなものだろう。
するといきなり、校内放送が流れる。教室が静かになる。
『1年C組、雨宮真咲。至急理事長室まで来なさい』
なんともシンプルな内容だ。分かりやすくてありがたい。
小さく溜息をつき、にやつく神楽を尻目に立ち上がり、教室を出る。
クラスの人がコソコソと何かを言っているのが分かる。
「怒られるんだろうなぁ」
呼び出しを食らって、気分高らかに行く人はこの世にはほぼいない。僕もまた憂鬱な気分になりながら、先ほどは人でごった返した廊下を、一人ぽつぽつと歩いていく。
理事長室。そこにいたのは、理事長とアクア、そして、色府の役人だった。
僕が呼び出された理由はただ一つ。役人が口を開く。
「雨宮真咲。君が所持している彩輪は色府の管理下にある。よって、返してもらおう」
もちろん、そんなの、納得できるわけもなく。