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カラフル・パレット  作者: もちうどん
第一章 四天能戦編
4/5

3 彩輪と空色鼠

空色鼠そらいろねず

 四か月ほど前、そんなこんなで僕、雨宮真咲は、アクアによってこの世界、《カラフル》に連れて来られた。アクアが白崎学園の教員になるということは後に知ることとなった。


 着いてからは、これから住む学生寮に案内されたが、その道中、この世界のことをいろいろと教えてもらった。


 カラフルには、赤、青、黄、緑、茶、紫、黒の七原色からなる《カラー》と呼ばれる魔法の様なものが存在しており、この世界の住民は全員がどれかのカラーを使えるらしい。アクアの話によると、僕もカラーの適性があるから今回の編入が決まったそうだ。


 また、カラフルは大きく分けて五つのエリアからなっており、中央には、ショッピングや行政など様々な施設がある最大のエリア、通称セントラルエリア。そこを囲むようにして、東西南北に、それぞれ四つの学園エリアが位置している。

 白崎学園は北のエリアに存在し、そこの住民の半数以上は白崎学園の生徒や職員らしい。西、東、南エリアにもそれぞれ大きな学園があり、四つの学園を合わせて、《四天能(してんのう)》と呼ばれている。


 なにより気になっていたアクアの正体なんだが、セントラルエリアにある、この世界の政府である《色府(カラーズ)》のお偉いさんらしい。まぁ自称だけど。

 そんな人が白崎学園の教員になると聞いた時はなぜと思ったが、あまり追及しないでおこう。


 ただ言えることは、今までの生活とは違くなること。

 家族もいない。知り合いと呼べる者すらいない。そんな中でやっていけるだろうか。しかし、そんなことは杞憂でしかない。もう引き返せないのだから。


 学生寮に移動する間、いろいろと教えてくれ、道案内もしてくれたアクアは常に明るかった。不安を和らげてくれているのだろうか。

 なんにせよ、相談できる相手はアクアしかいない状態だった。そんな彼女が隣にいるだけで少しは安心できたような気がする。



 ※   ※   ※   ※   ※  



 赤い花と言えば何か、と尋ねられたらあなたは何と答えるだろうか。

 有名どころで言ったら、チューリップや、バラだろうか。

 では、今壇上で雄弁に挨拶を述べている彼女を花に例えるなら、何と答えるだろうか。


 僕は真っ先に、ハイビスカスと答えるだろう。

 堂々とした立ち振る舞い、長く伸びた艶やかな髪から覗かせるくっきりした顔。そして、ホールに響き渡る透き通った声。

 その姿は、まさに赤いハイビスカスの花言葉、「勇敢」「常に新しい美」に相応しかった。


 そんなどうでもいいことを考えながら、この世界に来て、今入学式にきた過程を思い返す。


 四月六日、ここ白崎学園大ホールでは入学式兼始業式が行われていた。生徒がすることは殆どなく、ただ座って大人しく話を聞くだけ。あまりの退屈さに寝ている者も少なくない。

 僕がいる席は大ホール一階の客席のほぼ中心に位置しており、周りを見たことのない人に囲まれるのは中々に窮屈だった。


 しかし、そんな様子も今はない。壇上に上がっている生徒会長、白崎恵の話を誰もが聞き入っている。いや、聞いているのかは分からない。ただ、会場の誰もが彼女から目を離せない様子だった。


 正直、僕も話の内容は頭に入ってこなかった。それでも、この白崎学園で頑張ろう、的なニュアンスだったと思う。きっとそうだ、たぶん。


「以上で、生徒会長挨拶とさせていただきます」


 恵は一歩下がり、長い髪を靡かせながら、深々とお辞儀をする。ホールは拍手に包まれた。


「やっぱ美しいなぁ、生徒かいちょ~」


 隣から蕩けた声が聞こえてくる。神楽は椅子にもたれ掛かりながら、ニヤケ面でいる。


「真咲、うちの生徒会長初見だろ? どうよ」


 どうよと言われても……。そもそもなぜ神楽がドヤ顔でいるんだ。


「ま、まぁ綺麗なほうじゃ」


「だろだろぉ! なんか華があるっていうかさ。性格も物静かで可憐って感じだよな」


 僕が言い終わる前に、神楽が間髪入れずに割り込んできた。

 なぜ神楽がこうも「俺の恵、どうよ(ドヤ)」という雰囲気を醸し出しているのかは知らないが、やけに自慢げに嬉々として語っている。

 その話をはいはいと聞き流していると再び司会の声が鳴り響いた。


「これにて、白崎学園入学式を閉式とさせていただきます。引き続き、彩輪(リング)授与式に移りたいと思います」


 司会が終わると壇上のマイクが下ろされ、代わりに台に乗った、大きめの古ぼけた段ボール箱が運ばれてきた。

 聞き慣れない言葉に首を傾げた。


彩輪(リング)? なんだそれ」


「あぁ、真咲は初めてか。彩輪って言うのは俺たちがカラーを使って戦う際の武器となるものだ」


「戦うって、何と?」


「ん、さぁわからん。まぁカラーを使いこなせるかの確認として試合を行うんだ。その時に使う。武器と言っても、彩輪のほとんどは指輪やネックレスなどのアクセサリーだな。入学した時とか年度の初めの授与式で生徒は貰うことができるんだ。ほらこれ」


 そう言って神楽は右手を見せてきた。中指のところに紫色に輝く、シンプルな指輪がはめられていた。


「これが彩輪……」


「ああ。こいつにカラーを込めると武器になったり、能力が向上したり様々だな。因みに俺のは銃になるぜ。……まぁ、うまく使いこなせてないけどな」


 差し出した右手で頭を掻きながら照れたように笑う。続け様に一言。


「真咲はどんな彩輪が貰えるか楽しみだ! 去年もこの授与式盛り上がったんだぜ」


 笑顔で壇上を指さす。なんかよく分からないが。っておいおいまさか、


「これ、全生徒に見られながら貰うのか……? 全員が!? 一人一人!?」


「もっちろん! 頑張ってこいよ」


 そう言って僕を通路に突き出す。授与される人は前に出るらしい。


 コミュ障の人間にはわかるだろう。大勢の前で何かを行うという時の緊張を。

 僕なんか授業中、寝ているところを先生に注意されただけでクラスの人に見られて恥ずかしい思いをする。あ、寝てる自分が悪いのかすみません。


 新入生は殆どの生徒が、また2、3年もちらほらと席を立ち、ステージに向かっている。

 座って、ギャラリーと化した生徒は時より、「頑張れよー」や「本気で行けよー」という声が聞こえてくる。え、頑張るって何!? 貰うだけじゃないの!?


 謎の不安に苛まれながらステージに行くと一列に並べられた。順番に貰うらしい。

 舞台袖で控えている生徒からはそわそわとした雰囲気が伝わってくる。


 授与が始まった。客席はまだ見えないが、時より歓声が上がっている。

 にしても壇上にあったのは古ぼけた段ボール箱。あの中に、彩輪がたくさん入っていて、自由に選ぶ方式なのだろうか。どれを選べばいいか聞いておけばよかった。


 だんだん自分の番が近づいて緊張感を漲らせていると、一人の白い髭を伸ばした仙人のような老体が歩み寄ってきた。この学校の職員なのだろうか。


「いやはや。……緊張しておる」


 杖を突いているその老人は、僕の横に立ち、顔を見ずに落ち着いた声で言った。

 どこかで見覚えがあると思ったら、ふと思い出した。


「先ほど、入学式で祝辞を述べられていた……」


 恐る恐る尋ねると、ようやく僕の顔を向いた。


「ほっほっほ。いかにも。わしがこの学園の理事長を務めている、白崎源治(しらさきげんじ)じゃ。……お主が雨宮真咲君かのう」


 理事長って……。めちゃくちゃ偉い人じゃん。

 白崎源治というこの老人は先ほど挨拶した白崎恵の祖父にあたるのだろうか。

 杖を突き、白く長い髭を生やしており、一見かなりのご老体かと思ったが、その年に合わず、しっかりしており、なにしろオーラというか、覇気がある。すごい人であるのが感じられた。


 ちょうどいい、このチャンスを逃すまいと思い、コミュ障ながらも頑張って尋ねた。


「あ、あの、彩輪ってどういう物を選べばいいんですか?」


 すると理事長はじっくりと僕の眼を見つめてきた。思わず固まってしまい、逸らすこともできなかった。

 そして、ゆっくりと優しく微笑み、ゆっくり、言葉を噛み締めるように言う。


「……いい眼をしなさる、いい色じゃ。一つ、君の勘違いを正しておこう。いいか、君が彩輪を選ぶのでない、彩輪が君を選ぶのじゃ」


 一瞬、言っている意味が分からず、またもフリーズしてしまう。


 ――彩輪が、僕を選ぶ。


「でも、彩輪ってアクセサリーですよね。選ぶって」


「次の方、どうぞ」


 理事長に向かって言いかけたところで係員に呼ばれる。

 話していて気付かなかったが、もう自分の番らしい。


「ほれ、行きなされ」


 理事長はそう言って顎をくいくいと動かし、行けというジェスチャーをする。

 そして、最後に。


「あ、そうじゃ、アドバイスじゃ。遠慮はいらん、とにかく諦めずに全力を尽くすのじゃ」


 そして僕は舞台袖から壇上に上がった。


 先ほどまで暗かったが、急に明るいステージに上ったことで目が霞み、思わず、手で顔を覆う。

 係員の指示に従い、段ボールの所まで行く。客席に目を遣ると誰もが息を飲んで見守っている。


 緊張感で、今すぐ去りたい、穴があったら入りたいという思いがしたその時、客席から一人、たった一人だけ手を振っている姿があった。楽しそうに笑っている神楽だ。


 口元が緩む。


「……ふっ。……馬鹿かよ」


 誰にも聞き取れない声で呟くと、先ほどまでの緊張感はどこかに去ってしまっていた。


 深く溜息をつき、目の前の段ボール箱と対峙する。

 近くで見るとますますぼろく見えた。側面には「みかん」と書かれている。


 なぜみかんの段ボール箱を使ったのだろうか。その疑問が脳を駆け巡る。

 もしかして、僕のような生徒の緊張をほぐすためか、いや、絶対違いますねはい。

 静まり返ったホールの中、ゆっくり恐る恐る覗き込むと、そこにあったのは予想を裏切るものだった。


 どこまでも広がる紺碧、時空が歪んだようなこの見た目に見覚えがあった。


「ゲート……」


 僕がこの世界に来る時に通ったゲート。その時にゲートを生み出したのはアクアだった。ではこのみかん箱のゲートもアクアが作ったのだろうか。


 皆に見られている。あまり時間を取るわけにもいかない。

 意を決して右腕を突っ込むとどこまでもずるずると入っていき、肩の深さまで達した。


 どうすればいいのか迷っていると係員の方が、「何か感触のあるものを探してください。見つかったら、それを掴んで思いっきり持ち上げて」と小声で教えてくれた。


 感触と言われてもなぁ。腕を動かしても何も見つからない。

 と、思った瞬間、何か固いような物が指先にぶつかった。


「これか」


 言われた通り、掴んでみると片手でも握れるほどの固形物だった。

 そして、そのまま思いっきり引っ張ったがびくともしない。


「……あれ?」


 動かせど動かせど、びくともしない。

 客席のざわついた声が聞こえてくる。変な冷や汗が出てきた。やばいやばい。


 僕、こんなにも筋力なかったっけと、筋トレしなかった過去を恨む。

 引っ張っても肩が外れそうになる。


「動け……! 頼む動け……!」


 動かない。

 係員の寄ってくる足音が聞こえる。もうだめだ、とあきらめかけたその時。


 理事長の言葉を思い出した。

 アクアの言葉を思い出した。

 神楽の言葉を思い出した。


「――とにかく諦めずに全力を尽くすのじゃ」


「――強くなれる。変われる。私が保証する」


「――真咲はどんな彩輪が貰えるか楽しみだ!」


 ここで諦めれば、いつもと同じだ。

 変わりたいと思ったのは自分自身だ。

 待ってろ、神楽。お前よりかっこいい彩輪を手に入れてやる。


「……お前は、僕の彩輪(もの)だ!」


 左手と右足で台を地面に押し付け、右腕に全神経を込める。


 僕の体はこれでも頑丈だ。右腕くらいどうってことない。


「……ぅぅぁああ!! 動けえええぇぇぇ!!」


 頭の血管がぷちんと切れそうなくらい全力だった。本気だった。たぶんここまで本気になったのは生まれて初めてではないだろうか。


 今まで、ただのうのうと生きてきた。時間を浪費していた。


 ――でも、彩輪を取れた時、僕は心から変われたと思った。


 右手に彩輪を握りしめ、腕を引き抜いた僕の体は、そのまま後ろに仰け反り、ステージに倒れこむ。


 すると、引き抜いたと同時にみかん箱の中から、謎の警報音が鳴り響き、ホールに木霊する。

 その音が何なのか、思考する時間も与えないほど、追い打ちをかけるように、眼の前で耳を(つんざ)く音を上げながら、大爆発が巻き起こった。


 大爆発の脅威が自分の体に届く寸前、僕の頭にあったのはただ一つだった。


 ――あ、たぶん死んだな。




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