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カラフル・パレット  作者: もちうどん
第一章 四天能戦編
3/5

2 意志の強さと紺碧

紺碧こんぺき

 4か月前。12月31日。


 僕、雨宮真咲は一人、リビングでテレビを見ていた。

 冬は寒くてあまり好きな方ではないが、12月は特別だ。何しろイベント事が多い。

 クリスマスは毎年、いつもと変わらない生活を送っているが、下校の際、いつもの人気のない商店街がその日だけ、イルミネーションで輝いている。学校では、クラスの奴が、プレゼント交換を敢行している。大層なことだ。カップルに至っては言わずもがな。


 成績普通、運動神経は可もなく不可もない高校1年生。人付き合いも嫌いではないが、自分から行こうとは思わない。

 唯一特徴的なのが、一部が脱色して白くなった前髪。生まれつきだった。白髪ではないとは思うが……。この年で白髪はな……。

 

 この髪のせいかどうかは知らないが、友達はいない。クラスに話せる人はいても知り合いってだけだ。

 両親は僕が小さい頃になくなった。事故死だったらしい。

 らしいと言うのも、5歳くらいから昔の記憶がまったくないのだ。おまけに幼い頃の写真なども残っていないので、親の顔も名前を知らない。


 物心ついた時から、実の両親の知り合いであるという雨宮家の一人息子として育てられた。今の両親に、実の両親のことを聞いても、真咲が大きくなったら教える、としか言わなかった。


 その雨宮両親は今海外にいる。年越し旅行だそうだ。

 もちろん僕も誘われた。でも断った。


 雨宮両親には良くしてもらっている。実の親のように。しかし、僕の心の中で、本当の両親の存在が浮かび上がってくる。雨宮家で育っているが、実はここの子ではないと思ってしまう。

 そんな気持ちから、少し遠慮してしまっていた。


 よって、僕、雨宮真咲は一人、リビングでテレビを見ていた。

 テレビではド派手な衣装を身に纏う演歌歌手だったり、尻をバットでしばかれたりと、実に年末を感じさせる雰囲気だった。

 クリスマスは参加する術がないが、僕は基本、行事への参加は好きだ。

 寝正月なんてもってのほか。年越しにはそばを食べ、正月には餅を食べる。クリスマスのケーキは、悲しくなるからやめておいた。


 今、僕はこたつで暖まりながら、ささっと作ったそばをすすっていた。暖かくてうまい。

 こうしていると、年越しというイベントの空気に当てられてか、年を越すというものに感慨を感じられる。一年を振り返ってみると、


「今年一年、なんもなかったな」


 本音が漏れる。

 近場の高校に入学し、目標意識もなく高校生活を過ごし、休日はグータラと、ただ時間を浪費していく毎日。

 別に何かが起こるのを望んでいるわけでもない。

 しかし、来年も再来年も、今年のように時間を浪費していくのか?


「……」


 無表情のまま、テレビを眺める。

 何かを思っても行動を起こさないのが、自分の悪い所だ。


 頭がぼうっとする。意識が遠のいていく。瞼が重い。


「いけねいけね」


 頭を左右に振り、睡魔を強制的に退ける。別に睡魔と闘っているわけでもないが、ここまできて年越しの瞬間を逃すのは、なんか嫌だ。それに、年越しの瞬間にしたいこともある。

眠らないよう深く溜息をついた。


しばらく、睡魔と闘いながらこたつで温まっていると、MCの明るい声がテレビから聞こえてくる。


「さぁ、いよいよカウントダウンです!」


 待ってたぜェこの瞬間をよォ! とこたつから這い出て、リビングに立ち上がる。

 そう、一人で年を越す今年こそ、年越しの瞬間ジャンプしたら俺、年越す時、地球に存在してないwww論を実践するチャンスだ。……特に理由はないが、なんとなくやりたくなった。


 テレビから大勢の演者の数字を叫ぶ声が聞こえる。


「「5! 4!」」


 来年はどのような年になるだろうか。まぁ今年となんら変わらないだろうな。

 つまらなさそうにそんなことを思いながらジャンプする体制に入る。


「「3! 2! 1!」」


 ジャンプした。足はリビングの床から離れ、体を宙を舞う。そして、頭に何かが衝突する感覚、からの女性の悲鳴が鳴り響……、え、悲鳴?

 脳が異変を察知した時には、僕の体は床に倒れこんでいた。


「「明けましておめでとうございまーす!」」


テレビからの新年を迎える声がリビングに虚しく響いた。




「いってぇ、肋骨一本はやったな……」


 明らかにやってない。


 どうやら床に仰向けで倒れた、いや、落ちた自分の体は、床に腰を強打したらしい。僅かだが痛みを感じる。

 何起きたのか、脳が理解を拒み、混乱していると、仰向けの体の上で謎の物体がもそっと動いた。そう言えば先ほどから重さも感じられる。

 よくよくその物体を見てみると、人間のようだった。


「……いったたた。やっぱ成功しないや」


 声からして女らしい。僕を跨るような体制だった。頭を擦っている。

 動いたらやばい。とにかくやばい、と思い、硬直しているとその女性と目があった。


「あ、明けましておめでとう、真咲君」


 何言ってんだこの人。


「え、あ、おめでとうございます……」


 普通に返した。そのままの状態で。


 頭がますます混乱していると、女性がはっと気づいたような顔をした。


「あ、ごめんごめん! 今どくね。いやー着地いっつもミスるんだよー、練習しなきゃだね」


 笑顔の女性は何かぶつぶつと呟きながら跨る状態のまま立ち上がった。やばい見える。何がとは言わないが見える。

 って言うか、それよりも様々な疑問が頭に浮かぶ。なぜ見知らぬ人がリビングにいる? この人は誰なんだ? それに……。


「ど、どうして僕の名前を」


 僕とこの女性を見たことがない。少なくとも僕は初対面だ。

 一瞬浮かない表情になったがすぐに笑顔に切り替わる。


「あー、それはほら、君に用があったからだよ」


 そう言って手を差し出してくる。なんとも曖昧な返事だ。

 僕も手を取って立ち上がると、その女性は一瞬微笑み、こたつに置いてあったリモコンを操作しテレビを消す。


「初めまして……だね。私は色府(カラーズ)所属、青の七ツ神(ななつがみ)のアクアです。よろしく」


 色府? 七ツ神? 知らない単語が頭の中を駆け回る。


 アクアと名乗る女性はどこかの軍服のようなものを身に纏っていた。胸には綺麗なバッジがついており、紺碧の髪は束ねてポニーテールにしている。20代前半だろうか。その軍服を着るにはまだ若さがある感じがした。

 アクアと言う名は本名だろうか。それにしても僕に用があると言っていた。なにかやらかしただろうか。


「あの、用って……」


「あ、そうそう、用ね。実は雨宮真咲君に、白崎学園への編入が認められたの」


「編入!? いやいやいや、全然身に覚えがないんですけど!?」


 編入だと? 確かに今通っている高校は居心地がいいとは言えないが、手続きも何もしていない。両親が勝手に話を進めていたのだろうか。

そうした疑問を察知したのか、アクアが口を開く。


「私が手続きもろもろしといたから! 感謝してね」


 おい。おいおいおい。


「な、何勝手に進めてるんですかー!? 初耳なんですけど!?」


「まぁまぁまぁ、しゃーないしゃーない」


 必死の抗議も虚しく、うなだれる僕の肩をとんとんと叩く。慰めているつもりかもしれないが、あんたが原因だからな。


「ぼ、僕はそんな怪しい所、行きませんよ」


「ふーん。じゃあ、今の生活に満足してるんだ」


 不敵な笑みでアクアは言った。

 どういう意味だ。編入の話が本当だったとして、高校を変えても果たして、何かが変わるだろうか。


「そんな名前も聞いたことがない、得体の知れない所に行ったって今の生活が変わるとは思えません」


 思わず、自分の足元を見ながら、聞き取れるであろう最低限の声で呟く。

 しめた、とでも言うように、またもアクアは笑みを浮かべる。


「真咲君、君には白崎学園で《カラー》と呼ばれる魔法を学んでもらいます。君がカラーを使いこなせるようになればきっと強くなれる。変われる。私が保証する」


 はっと顔を上げた。そこには真剣そのもののアクアの顔があった。

 きっぱりと言い切ったアクアの眼からは、強い、僕には決して想像できないような固い意志があった。


 その姿に戦くと、続けざまにいきなり僕の手を取り、頼み込んできた。近い近い。


「お願い、私たちにはあなたが必要なの」


 必要って。いきなりそんなこと言われても困る。


「も、もし断ったらどうするんですか」


 挑発するように探りを入れてみるが、目の前のアクアは、可愛らしい笑みを浮かべて即答した。


「その時は、実力行使です♪」


 こえーよ。


「親にはなんて話せば」


 そこまで喋りかけると、アクアは手を離し、こたつから距離を取り、僕に背中を向けるように直立した。何をするのかと思ったが、右手を広げ、ゆっくりと前に突き出した。

 質問に答えず、謎の行動に走った不法侵入女を、あっけらかんと見ている。


「……ゲート」


 アクアが呟くと、次の瞬間、手の先の、何もなかったリビングの空間から小さな塊のようなものが出現した。その塊は徐々に巨大化し、やがて大人一人が入れるくらいのブラックホールとなった。


「……!? ど、どうなってるんだ……!?」


 マジックか? いやでも完成度が高すぎるし、宙に浮いてる。

 眼の前で信じられないことが起こっても、意外と僕の頭は冷静だった。

 アクアは再びこちらを振り返ると先ほどの質問に答えてくれた。


「これは、白崎学園のある《カラフル》とこの現実世界を繋ぐ架け橋。片方の世界からもう片方の世界へとこのゲートをくぐれば、元いた世界の、その人に関する記憶や情報はすべて跡形もなく消え去るの。写真などもきれいさっぱりとね」


「記憶がなくなる……? それに片方の世界って」


 突飛な話と、それをさらっと口にするアクアにあっけにとられる。

 じゃあ、親からも、クラスメイトからも忘れ去られるのか。それでカラフルとか言う世界へと行くわけだ。

 まじまじとゲートを見つめる。時空が歪んでいるような、アクアの髪とお揃いの紺碧の色。

 どこまでも深く、一度入ったら二度と出てこれないような気持ちになる。

 額には汗が流れ、生唾を飲む。

 すると、その様子を察したのか、アクアが明るい声で顔を覗きこんできた。


「因みに私のカラーは青で、記憶操作と時空干渉。やろうと思えば、この世界に真咲君に関する記憶を残したままにもできるけど」


 そしたら雨宮真咲は突如行方不明として扱われるのだろうか。それは嫌だな。


 今まで、何をするわけでもなく、ただのうのうと生きてきた。それが嫌だったわけでもないし、進んで変えようとも思わない。しかし。

 しかし、あの時のアクアの眼。僕に、強くなれる、変われる、と言った時のアクアの眼。強く固い意志を感じた、僕には理解できない次元だと思った眼。


 もし、本当に変われるのなら、少しは賭けてもいいのではないだろうか。


 雨宮両親には感謝してもしきれない。しかし、今の弱い自分では別れの言葉も感謝の言葉も言えそうにない。

 この世界に思い残すことは何もない。


「いえ、記憶、僕に関する記憶消してください」


「お、行く気になったね」


「えぇ、だって。――実力行使が怖いから」


 その時、うまく笑えていただろうか。まだびびっていたかも知れない。

このまま朽ちていく自分に、変わろうとしない自分にびびっていたのかも知れない。また、それも綺麗事だ。

本当は、変わろうと行動に移しても変われなかった時のことを怖がっていたのだろう。


でも今、アクアは変われると言ってくれた。ただ、それだけで、やれば変われるような気にさえなった。


「……よし。じゃあ行こっか」


 そう言って手を握る。震えていた僕の手を、暖かな感触が包み込む。

 異性とこんなにも手を繋いだこともないので、コミュ障の僕が、えっ、とかあっ、とか言いながら挙動不審になっていると、


「こうしないと真咲君、ゲートの中で永遠と彷徨うことになっちゃうから」


 と、さらっと笑顔で怖いことを言ってきた。もうアクアの突飛な発言には慣れた自分がいた。

これをくぐれば、文字通り世界が変わる。信じているわけではないが、隣にアクアがいることで妙な安心感があった。ひょっとすると、安心させるために手を繋いだのかも知れない。


「……行きますか」


「うん」


 ――ゲートへと足を踏み入れる時、隣のアクアが、僕には聞き取れないほどの小さな声で独り言つ。


「――ごめん。ごめんね、真咲君」








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