プロローグ
夢というものは誰しも一度は見たことがあるだろう。
楽しい夢から怖い夢、種類の内容も様々で、僕たちは寝る前に見たい夢を定めることはできない。
だから夢とは儚く、どこか頼りない。
それでも色鮮やかでどこか不思議な体験をさせてくれる夢は、好きだ。
何故人が夢を見るかは諸説あるが、僕が信じるのは、
――「記憶」を整理するため。
しかし、僕が最も信じてきたこの説は、今、完全に否定された。
今、僕は見たことのない街に佇んでいる。
なぜこれが夢だと思ったのか、その理由は簡単だ。
僕は数分前、明日に迫る高校の入学式に微量の期待と多量の不安を抱え込みながら布団に潜ったのだ。
すぐに寝てしまう自分のことだ、入学式のことで心配になりながらもあっさりと寝てしまったのだろう。
そして今、僕は夢の中にいる。
「これが明晰夢か、初体験だな」
もう一つ、夢を夢たらしめた理由がある。
ビルが立ち並び、スーツを着た人々の雑踏や、交通量の多い道路の車の音、様々な環境音が混ざり合うこの、the都会とも言える場所で全身灰色統一のスウェットを装備した滑稽な人間。その姿は滑稽そのものだった。
「恥ずかしいな……」
頭を掻きながら辺りをキョロキョロする。これは夢だから僕のことを不思議がる人は誰もいない。もしかしてヤバいやつだと思われて無視られてるのか……。
まぁいい、そろそろ夢から覚めよう、そう思い、少し歩く。するとコンクリートジャングルの中に公園があった。引き寄せられるようにそこへ行くと、ベンチに二人の子供が座っていた。
――なぜだろう。目を離せなかった。目に焼き尽くせとでも言われてるように、否、目を離したくなかった。
「ねぇ、××君、君は何色になりたい?」
姉弟だろうか、6、7歳の背丈が少し高い少女が隣にちょこんと座っている少年に話しかける。
少年は質問の意味が分からない素振りをしている。
少女はその長い髪を靡かせながら、にこにこと答えを待っている。
一体、色とはなんなんだ、そもそもこの子たちは誰なんだ? という疑問が頭を過るが、僕もその少年の答えを待つかのように動けなかった。
「い、色」
「そ、色!」
か細い声で少年が呟くと、少女はこれ以上ないくらいの満遍の笑みを浮かべる。
「ぼ、僕は……」
戸惑いながらも、何かを吹っ切ったような、清々しい表情。少年が次に呟いた言葉は――。
その刹那、突如として奇怪な音が脳裏に響く。
金属音のようでいて、少し違う。人に苦痛を与えるのに特化したかのような音。
「うぐっ、うぁぁっ!!」
まるで、これ以上見てはいけないとでも言っているかのように頭の中で鳴り続ける。
立つことすらままならなくなり、その場に倒れる。
世界が一気に紅く染まる。夕焼けなんていう生温いものではない。恐怖心を掻き立てるような、くすんだ紅。
「な、なんなんだよっっ!!」
地面につっぷし、もがく、もがく。
頭が痛い。吐き気がする。頭が痛い。吐き気がする。
早く夢から覚めてくれっ!!
「……!! そうだ、あの二人は!!」
苦痛の中、頭をやっとの思いで上げ、ベンチを見る。
その瞬間、音が止んだ。息が出来なかった。
僕の視界に映っていたのは、血だらけになって倒れている少女の姿だった。
先ほどまであれほど可愛らしい笑顔をしていた少女の無残な姿だった。
どうして、どうして知らない人が目の前で死ぬ夢なんか見なきゃいけないんだ。
もう恐怖も絶望もない。残ったのは、儚さだけ。
眼が覚めると何事も無かったかのように1日が始まる。所詮は「夢」なのだから。
そこで意識は途絶えた。
涙が溢れていた。
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