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ロングピースになりたかった女

作者: Katz

はじめまして。

一、二年前に書いたショートショートに手を加えて投稿しました。“こと”をカタカナで表記したりしているところに昔あった謎のこだわりを感じます(笑) とりあえず何か投稿したかったので……お手柔らかに。近日に別の短編を連載予定です。

 煙草、ピースのフィルター部分に描かれている、オリーブの葉をくわえた鳩。この子は、旧約聖書のノアの方舟に登場する、救済と平和の象徴らしい。銘柄と相まっていいデザイン。


 そう、私はピース党なの。物好きなモデルなの。そこがセールスポイント。その甲斐もあってか、実は私、珍しいロングピースを一本持っていて、さっき話した鳩は、通常火が灯る方に頭を向けて印刷されているのだけど、私が持っているのは、口元の方に頭を向けたエラープリントなの。今まで大事に取っておいたけど、……最後の晩餐。


 私はそれを、昔の男を想うかのように大切にくわえ、椅子の上に立った。目の前には先端が輪になったひもが垂れ下がっている。椅子の高さの分だけ目線が高くなっただけなのに、自室にいるというのにさっきまでとはまったく別の世界を見ているようだ。いつもは部屋をあたたかく灯す橙の白熱灯も、今夜は仄暗くオレンジ、今から始まるショーをショッキングに演出していた。


 私はマッチを取り出して火を起こし、くわえたエラープリントのロングピースに火を点けようとして、逡巡した。

 別にセンチになったわけでも、吸ってしまうのが惜しくなったわけでもない。ただ、嬉しいの。そう思うと自然に口元が弛んだ。なぜかって? いつもピースを吸うときは思っていた、かわいそう、って。だって、私は煙草をフィルターぎりぎりまで吸う方なのだけど、そしたら例の鳩がいつも火の中に頭から墜ちているようなの。火をもみ消した後、鳩の頭まで燃えて吸い殻と一緒に灰にまみれていたら、吸う前よりも気分が悪くなったりする。


 ピースは、フレーバーも後味も強さも、どれも文句の付けどころがないけど、唯一これだけがネック。

こんな話を一度だけ、一夜を共にした男にピースを吸いながらふと言ったコトがあるのだけれど、「見かけによらず、かわいいコトゆうね」って言われた。私そんなキツイ顔しているのかな。私にもかわいいとこはある。


 こんどこそ煙草に火を点け、マッチ棒は片手のスナップで火を消し部屋のどこかに放り投げた。煙草の先端に火が微かに灯り、ゆっくりと吸い込んだ煙を口の中で吟味する。投げキッスをするような形で煙草をはさみ、口から煙草を離して紫煙をはいた。口の中に広がる芳醇なバージニアの香りと、その中にほのかに含まれたバニラのフレーバー。しかしノドに沁みる深いコクもちゃんとある。


 さいこう。


 唯一無二の吸い心地に心が落ち着く。……ピースを吸うと今でも思い出す。私がモデルになった日を。



 あれは私がまだ二十歳ぐらいの頃、今みたいにロングピースを吸っているときだった。どこかは忘れたけど喫煙所で独りだった。たぶんあのときもフィルターの鳩のコトを考えていてぼーっとしていた。そしたら当時の私と同じぐらいの年齢の若い男が話しかけてきたの。私は直観した、またナンパかって。

 でも彼は、セッターや赤マルを吸いながら、ロングピースを吸う私を物珍しそうに話しかけてくるヤツらとは違った。彼、若いのにハイライトを吸っていたの。どうりでそこらのヤツらとは違う匂いがすると思った。いや、ハイライト特有のラム酒の臭いのコトじゃないよ。雰囲気ね雰囲気。


 彼は私にモデルにならないかと言ってきた。スカウトだったみたい。そして彼はこう言った。「キミはそこらの女とは、違う匂いがする。あ、もちろん、ピースの匂いのコトを言ってるんじゃないよ。雰囲気だよ雰囲気」


 ふふっ。今思い出してもおかしいわ。何故だろう。そんな彼となら上手くいくと思ってしまった。だから私はオーケーの代わりに、「私をロングピースにしてよ」って言った。

もちろん、子供の「イチロー選手になりたいです!」みたいな物理的法則を無視したコトを言っているわけじゃないよ。ような、ね。


 数ある煙草の中でも一二を争うブランド力と、高級感。それを裏付ける確固たる質。その中に合わせ持った優しさ。私はコアな愛好家がつくタイプになりたかったの。

 聞いていて薄々感じたと思うけど、私、流行とか長いものに巻かれるのが大嫌いなの。でも、そんなヤツがモデルになるのもおかしな話だよね。


 彼の力もあってか私は雑誌の表紙を飾るぐらいになった。でも私から言わせてもらったら、目立ちすぎた。バラエティ番組にも出るようになって――その頃からかな。こんなに大好きなピースが、いくら吸っても苦さしか感じなくなったのは。

 どんなに注意してゆっくり穏やかに煙を吸っても、舌がヒリヒリして、まるで、パインを食べ過ぎたかのような後味が不快だった。

 生きがいを失った私は失意に呑まれた。前後不覚に陥って、そして、っツ。


 モデルだとしても、痩せすぎていささか骨が浮き出た、団扇の骨組みのような私の足の甲に煙草の灰が落ち、皮膚を紅く灯らせた。


 少々感傷に浸りすぎたかな。早く終わらせよう。立つ鳥あとを濁さず、だね。


 私は天井から垂れ下がったロープの輪に首を通した。最期に一回だけロングピースをふかして、煙草の火を人差し指と親指で握り消した。


「これで、あんたはたすかるよ。ハトくん」


 口の中に残る、蜂蜜に似た香り高き味。(私はそう思うのだけど、おかしいかな)

 私はロングピースになりたかったの。マールボロやマイセンやセッターになりたかったんじゃない。

 こんな死に方したら、往年のロックスターのようだけれど、私の死は彼らみたいなイデオロギーもなにも含んじゃいない。うん、……そう、疲れただけ。

 今から死に沈もうとしているのに、不思議とまったく怖くはなかった。たぶんそれは私の大切なモノがここにはもうないからだと思った。


 火が消えたエラープリントのロングピースをくわえたまま、ロープを首にかけた状態で目をつむった。

 その瞬間、もう香るはずのない彼のハイライトのラム酒の香りが、ふと、鼻孔に優しくタッチした。

 そう、私が今辿ろうとしている道を、結末を、先に逝ってしまった彼。私の大切な――

 私は目を見開き、何も無い虚空に手を伸ばし、椅子の上から一歩を踏み出す。

 首にロープが食い込み、ブレーカーの落ちたディスプレイみたいにプツンと意識が途切れ、ブラックアウト。



 しかし、淡く私の意識は残っていた。どうやら上手くいかなかったみたい。

 激しい痛みと、ぼやけた視界の中、私の口から零れ落ちたロングピースへ目がいった。

 フィルターに私がつけていたシャネルの真っ赤な口紅が付着し、鮮やかに燃えていた。そこへ頭から墜ちてゆくオリーブの葉をくわえた鳩。救済と平和の象徴。


 結局、あなたも救えなかったね。


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