恐らく俺は犯罪者と認定される
……もはや悪夢……だよなぁ。
灰色の小部屋の中、無機質な机を挟んで目の前に、俺より少し幾分か年上の強面刑事が座す。さっきからこちらをじっと見つめ、否、睨んでいた。
顔を上げる事など出来やしないが、刑事の黒い顔に貼り付けた厳つい筋肉はいまだピクリとも動いていない事を俺は知っている。
黙秘権を行使して早五分が経過。
五分なんぞアニメの一話すら見れない塵のような短時間だったはずだが、そんな定理はもはや崩れ落ち、息の詰まる空間で窒息する寸前だった。
ほんの数時間前は同じ小部屋でも、もっといいとこにいた。
そう、自分の部屋。
ここが地獄だとすれば天国みたいな場所だったから比べる方がおこがましいかもしれない。
アニメ「マジカルリンプン☆キララちゃん」のポスターと美少女嫁のポスターに囲まれて、俺とキララちゃんは画面越しに向かい合って見つめ合い、愛を育んでいた。
いた。そう、いたんだ。つい、さっきまで。確かに。いつもどおり。なのに。なのに、なのに……。
「マジマジ意味わかんない☆」
キララちゃんの決め台詞を叫びたい衝動が体を駆け巡る。が、それは人目を避けて生きてきた俺にとって言葉にすることのできないシロモノだった。
で、結局黙秘権の行使は六分経過する事になる、と。
刑事は相変わらずこっちにレーザービーム並の視線を飛ばしている。
こいつ、ドラマでよく聞く「刑事のカンが言っている。コイツはクロ。落とせるヤマだ!」ってセリフ役の刑事なのかなぁ。諦める素ぶり一つしない。
一つ言ってやりたい。
「おい、そこのバカ。俺を捕まえれると思ってんのかバァーカ。俺はまっしろしろの無罪だよぉだ!」
って。
そんな勇気ないけどな。
だから最初「全部吐け」との威圧に
「……ぼ、僕は……無罪、で、ですます……」としか言えなかった。
そもそもバカとか言った時点で別の罪になりそうだから言う筈ない。
結局、アニメ「マジカルリンプン☆キララちゃん」のリアルタイム視聴できなかったなあとか、ゲームの周回も出来やしねぇとか、おっさんのオールバック一体どこのカタギの真似なんだとか、取り調べ室に電気スタンドってないんだなぁとか、無為に時間を過ごしていた。
「……なあ、皇睦悟郎さんよぉ。いい加減全部吐けよ」
刑事は痺れを切らしたように、最初と同様の質問をした。ただ、最初とはうって変わり、言葉の節々から苛立ちを隠しきれていない。
「さっさと全部吐いて楽になれ。そうすりゃここからも出れる」
「……ぼ、僕は……何もやってない」
「……はぁ。もしかしてお前、何でこんなとこに連れてこられたのかまぁだ分かってないのか?」
分からないかって?
当然だ。
俺が覚えてる限りでしてきた悪い事なんてそれこそどっかのサイトのコメントに「マジ草」と書いた事ぐらいしかない。
それより前はもう三十何年も前、小学校の時に女の子のスカートめくったことぐらい。間違いなく時効。
間違いなく俺は無罪。
「そうか。わかんねぇか。教えてあげるよ」
「……な、何なんですか」
「少女偏愛罪」
「……へ?」
「『少女偏愛罪』だ。証拠は部屋にたんまり置いてあっただろ」
真面目な顔してこの刑事は一体何を言っているんだ。理解しかねる。
「加えてお前には『社会不適合罪』の容疑もかかっている。その内お前が無職でゲームとアニメ三昧だった日々が明らかになる筈だ。だから証拠が出る前にさっさと親の脛かじって生きてきたことを認めろ。そうすれば罪も軽く」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて話を止める。
もし。もしもどっかの凶悪犯と勘違いされていたならまだ納得できた。が、いま宣告されたのは「少女偏愛罪」に「社会不適合罪」だと?
「な、何なんです?それ!」
「何って何が」
「その『少女偏愛罪』とか『社会不適合罪』とか……冗談なら……や、やめてください!」
「……お前本当に何も知らないのか?」
「し、知らない!」
「事件未然解決法のことも知らないと」
「知らない!」
「そうか……では『社会的無知罪』にあたるな」
「は、は?」
詳しく聞き返そうとしたが、それを遮るように刑事後方のドアが「ドカン」と大きな音で開かれる。息を荒げて入ってきたのは、糊のまだ効いたスーツを身にまとう青年刑事だった。
「先輩!皇睦悟郎の母親、皇すめ子さんから事情を聞いた結果、『社会不適合罪』の裏が取れました!」
「だそうだよ、睦悟郎君」
訳が分からない。今まで聞いたこともない種の罪状を突き付けられて、その罪を認めろ?意味が、意味がさっぱりわからない。納得できない。納得できない?違う、もはや罪が確定した?何がどうなってる?
「先輩!さらに皇睦悟郎のブログ日記を確認した結果、こんなものが」
青年刑事はノートパソコンを取り出し、俺のブログを表示した。
至って普通のブログだ。社会批判すら書いていない、陳腐なブログだ。アクセス数も少なかった。何か問題が……?
「5/17の記事です。『今日久々に散歩したら子猫ちゃんがいた。可愛いかったので、持ち帰って抱いて寝た』と書いてあります」
「……そ、それがどうしたってんだ!」
「すまん、俺にもわからない。詳しく説明を」
「あ、はい。この文章、『子猫ちゃん』を隠喩として捉えると『少女』と翻訳できます。『持ち帰り』は『拉致』と推測し、繋げると、『今日久々に散歩したら少女いた。可愛いかったので、拉致して」
「いい。それ以上は言わずとも分かる」
刑事は青年を制止し、再び俺と向き合うよう座り直した。
「さて、睦悟郎君。言い訳はあるか?」
「してない……そ、その日は普通に子猫を持ち帰っただけ。そ、そもそも拉致されたのが少女なら、ひ、被害者!被害者がいるはずだ!」
「そうか。『少女拉致容疑』は否認するが、『危険行為彷彿文章作成罪』は認めると」
「危険行為ほうふつ文作成罪……?」
「よし、取り調べはこれで十分だ。連れてけ」
掛け声に応じて、ドアの向こうからやってきたガタイのいい刑事二人。抜け殻と化した俺は両手を抱えられ、わけもわからず取り調べ室を後にした。
バタンと扉は閉まった。
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「先輩!流石です!」
「まあ、これくらい普通だ。覚えとけ」
「はい!」
「ところでお前、この『危険行為彷彿文章作成罪』の内容はお前が見つけたのか?」
「はい!」
「見つけて、気づいた?」
「はい!」
「そうか……」
短い沈黙の後、こう続けた。
「お前『危険行為思想罪』だ」