悪役令嬢様と用務員さん
初めての作品です。よろしくお願いしますm(*_ _)m
「フローズ!貴様との婚約を破棄する。2度と俺達の前に姿を表すな!!」
折角のいい声が台無しになるような、怒鳴り声だった。
怒声を挙げたのは、この国の第一王子であるジョン王子。
彼は、自分の婚約者の前であるのにも関わらず、男爵家の令嬢であるアリアという少女の肩に、手を添えて優しく寄り添っている。
さらに、その周りには騎士団長の息子、教王の息子、さらに賢者の後継と言われる男達が侍っている。
対して、相対するのは王子の婚約者であり、公爵家の令嬢フローズ・イシュメルただ1人。
一体これはなんの茶番なんだろう?と、窓を拭いていた俺が思ったのは悪くない。
この間まで、優秀だと有名だった第一王子は、一体どこへ行ってしまったのだろう・・・?
よいしょと、隣の窓に移って再び掃除をし始めながら、俺はつらつらと考えた。
そして思い当たる。
あぁ、確か数ヶ月前に転校生がやってきてからかな?
数ヶ月前、つまり新学期が始まって一週間ほどしてからだった、時季外れの転校生がやって来たのは。
名前はアリア。平民で、その強い光属性の加護を見込まれて、推薦されてやってきたらしい。その手続きで、入学式に間に合わなかったと。
容姿端麗で、庇護欲をそそる顔立ちをしている。
ただ、性格に関して言うと、男たらしなのか、まず転校生のクラスのイケメンの学級委員から始まり、生徒会の人たちを次々虜にしていった。
そして、嫉妬に狂う婚約者達に気づかず、男達は転校生に夢中になった。
その中には、生徒会長であるジョン王子がいた。
転校生に虜にされた男達の中には、両想いで結ばれていた者もいた。
それなのに、なぜ。
女達は、嫉妬に狂いつつも、何とか平静を保とうとした。
内心はどうあっても、婚約者をフォローするのは自分しかいないというプライドがあったのだ。
しかし、それすら転校生は嘲るようにかき乱した。
そのせいでたった数ヶ月で、学園はめちゃくちゃになった。
俺は知っている。
現在の生徒会が仕事をしていないことを。
そして、それの尻拭いを、王子の婚約者であるフローズ・イシュメル公爵令嬢がしていたことを。
今の、一見平和に思える学園の生活があるのは、フローズ公爵令嬢が、全力でフォローしているからだ。
だから、もう1度言おう。
なんていう茶番なんだ。
正直、転校生に虜になっているごく一部のものを除いて、彼らのフォローをイシュメル公爵令嬢がしていたことは、皆が知っている。
そして、皆がこの状況を冷ややかな目で見ていることを気が付かないのは、本人たちばかり。
王子達は、自分が正しいと思いこんでおり、意気揚々とこれまでフローズ公爵令嬢がした悪事(笑)を話している。
正直、聞くに耐えない。
すると、イシュメル公爵令嬢が、この場で初めて口を開いた。
「それで、言いたいことはそれだけでしょうか?」
凛とした空気をまとった彼女は、真っ直ぐ彼らを見据えた。
その態度に、周りは尊敬と敬愛、安心、痛ましいなど、といった視線を向けていた。
それだけで、彼女がいかに慕われているのかということが感じられる。
自分を裏切った婚約者とそれを横取りした女と、自分たちと真摯に向き合い、救おうとしてくれた恩人。そのどちらに味方するかと聞かれれば、後者であることは当然の流れなのだ。
俺は、また隣の窓に移りながら、ことの成り行きを静観する。
「フローズ、お前がアリアを虐めていたことはわかっている。素直に認めるのなら、国外追放で許してやる」
明らかに、いろいろツッコミ所のある言葉をジョン王子は、当たり前のように吐き出した。
転校生がわざとらしく肩を震わし、王子にしがみついた。
明らかに、演技なのに何故これが分からないんだろう?
ほんとに、呆れた。これが一国の王子なのだと、思いたくない。
イシュメル公爵令嬢もそう思ったのか、深々とため息をついた。
「私は、アリアさんを虐めていませんわ。証拠はありますの?私がやったと言う確固たる証拠が」
「ああ、ある」
そう言って、ジョン王子が取り出したのは1枚の紙だった。
その紙には、デカデカと『いなくなってしまえ』と書いてあった。
「その紙は何ですの?」
「とぼけるな!これはお前が書いたものだろう!これが、お前がアリアを虐めた証拠だ!!」
ジョン王子が、イシュメル公爵令嬢に突きつけるように紙を見せる。
イシュメル公爵令嬢は、その紙を受け取りマジマジと見て、再びため息をついた。
「この文字は、私の文字ではありませんわ。疑うのなら、筆跡鑑定をしていただいてもかまいませんわ」
そう言うと、紙を返す。
すると、ジョン王子は顔を真っ赤にして怒った。
その姿は、癇癪を起こした子供のようで、思い通りにイシュメル公爵令嬢が認めないのが、腹ただしいのだろう。
「そんなはずが無い!それにアリアが、お前に暴言をはかれたと言っていた。だから、お前がアリアを虐めたのだろ!」
「あら、私はアリアさんとお話しするのは今日が初めてですわよ?そもそもなぜ私が、アリアさんをいじめる必要があるのですか?」
「それは、貴様が、俺がアリアにかまってばかりで、嫉妬して・・・」
その瞬間、イシュメル公爵令嬢の周りの空気が凍った。
比喩ではなく、イシュメル公爵令嬢は、氷の魔術と相性がいい。
そのため、イシュメル公爵令嬢の感情に反応して、無意識に魔力が、凍ってしまったのだろう。
イシュメル公爵令嬢は、その瞳も冷ややかものにして、ゆっくりと口を開いた。
「それは、私があなたの事を好きだというふうに聞こえるのですが?」
「そうだろう」
当たり前のように頷くジョン王子は、自分に惚れない女はいないとばかりに、自信満々だ。
しかし、他人の気持ちなど、誰が理解できようか。
自分の気持ちが自分自身にしか理解できないように、他人の気持ちはどう足掻いても、理解できるはずもないのだ。
それを証拠に、イシュメル公爵令嬢からは、もはや殺気に似た怒気が漂っている。
うん、正直窓越しの俺もちょっとビビってる。
今どきの女子は恐いなー。俺も3歳くらいしか変わらないけど・・・。
「何を勘違いされているのかわかりませんが、私はあなたの事を好きだと思ったことはありませんわ」
「なっ!」
「私とあなたの婚約は、お互いの親が決めたもの。そこに私とあなたの気持ちなんて無いでしょう?現にあなたはいま、私と違う女性の肩を持ってそこに立ってらっしゃる。そんな方を何故好きになるのでしょう?」
「貴様、無礼だぞ!」
ジョン王子が、そう怒鳴ると、イシュメル公爵令嬢はさらに追い打ちをかけるように、口を開く。
「無礼?それならそれで構いませんわ」
「ならば、お前の家を、潰してやる!」
「あなたにそれが出来るかしら?優秀な家臣もいない、そしてたった今、この国の貴族の信頼を握りつぶしたあなたに」
イシュメル公爵令嬢は、艶やかに微笑むと、転校生に視線を向けた。
今まで、イシュメル公爵令嬢を嘲笑っていた転校生は、怪訝そうにイシュメル公爵令嬢を見ている。
その表情には、やや焦りの色が見える。
まるで、自分の思い描いていたシナリオから、外れていることに気がついたかのように。
その表情を確認すると、イシュメル公爵令嬢は興味がなくなったのか、転校生から目を背けた。
「もしあなたが、真実の愛とやらを貫いて、私との婚約を破棄されるのならば、甘んじて受け入れましよう」
この言葉に、驚愕したのは俺だけではない。
それを証拠に、今まで大人しく見守っていた周りの生徒達もザワザワとざわめいた。
普通、貴族の令嬢は1度婚約破棄をされたら、結婚は絶望的になるため、婚約破棄を極端に嫌う。
それは、イシュメル公爵令嬢だとて例外ではないはずだ。
それなのに何故。
俺は、止まりそうになる手を必死で動かしながら、ことの成り行きを見守る。
「元々、こうなると思って、陛下や父上からは婚約破棄をされたら、好きにして良いと許可を貰ってます。特に結婚相手は、私が好きになった相手で良いと」
そう言って微笑むイシュメル公爵令嬢は、とても美しかった。
しかし、その前代未聞な言葉に会場はさらにざわつく。
裏を返せば、陛下やイシュメル公爵がそれを許すほど、イシュメル公爵令嬢には功績があったのだ。それほど、彼女は期待されてそれに応えてきたのだ。
イシュメル公爵令嬢の言葉が、みんなの頭に受け入れられ始めると、ジョン王子が真っ先に口を開いた。
「誰が、お前の様な女を好きになる?そのような負け惜しみの提案するとは、哀れだな」
そして、転校生と取り巻きと共に嘲るように、笑った。
嫌な空気だ。ほんとにこの王子は、いつからこんなにバカになったのだろう?
イシュメル公爵令嬢は、それに激昂することもなく、静かに口を開いた。
「私は想い人がいますの。あなたと婚約している身である為、諦めておりましたが、このようなことになったので、今からでもアプローチさせて頂きます」
「だから、誰が貴様のような・・・」
「ジョン、君こそ何様のつもりなんだい?」
唐突に、凛とした涼やかな声が会場に響いた。
そこを見ると、隣国から留学している、レオン王子がいた。
彼は、ジョン王子とは比べ物にならないほどの、覇気をだしながら、イシュメル公爵令嬢の隣に立った。
「私は、彼女のような素晴らしい女性を知らない。ジョンの婚約者だからと、諦めた恋だったが、彼女がこういうのなら、私も隠さないことにした。イシュメル公爵令嬢いや、フローズ。どうか私と共に、私の国へ来てくれないか?」
まさに女性から見たら、理想のプロポーズだろう。
それを証拠に、先程までギスギスしていた、令嬢達が顔を赤くして、黄色い悲鳴を上げた。
そう言えば、イシュメル公爵令嬢とレオン王子は、大変仲が良いと噂で聞いている。
きっとイシュメル公爵令嬢も、こうなることを望んでいただろう。
転校生は、ものすごい形相でイシュメル公爵令嬢を睨んでいるが、どうやら丸く、収まりそうだ。
安心して、最後の窓を拭き終わると、晴れ晴れとした気持ちのまま、道具を片付けた。
まあ、一応ニコには報告しておこうと、この後の計画を立てつつ、窓から離れた瞬間だった。
ガラリと音を立てて、今まで拭いていた窓が開いた。
つい反射的に、振り向くとそこに居たのは、イシュメル公爵令嬢だった。
もしかしたら俺はいま、いい場面の邪魔をしているのではないか。
そう思ってそそくさと立ち去ろうとしたら、イシュメル公爵令嬢に腕をガシッと掴まれた。
「!?」
なぜなのかわからず、焦る俺にイシュメル公爵令嬢は今日一番の笑顔を見せた。
「やっと捕まえましたわ。私の愛おしい人」
その言葉を処理するのに、数秒要した。
・・・ええっと、愛おしい人?誰が、誰の?
混乱する俺を置いて、イシュメル公爵令嬢はみんなに宣言した。
「この方が、わたしの想い人の用務員のゼン様です!」
会場に様々な悲鳴が轟いたのは、余談だろう。
お粗末さまでした